花守 1

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland

BGM:Whitney Houston Jesus Loves Me
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「神谷さん、北野天満宮に行きませんか?」
「はい?どうしたんですか?」
「御茶壷奉献祭というお祭りをやってるんですよ。お菓子の振舞いがあるんですよねぇ」

ああ、そういうことか、とセイは笑いながら頷いた。

「分かりました。お時間、まだ大丈夫ですか?」
「ええ。かなりかかります?」

嬉しそうに言う総司にセイは手にしていた雑巾や桶を見せて、少しです、と応じた。どれだけ古参になっても面倒がる隊士達の代わりに、セイはこまめに掃除や洗濯を買って出るのだ。

「もう少しで終わりですから、お待ちいただければ」
「分かりました」

急いでセイは残りの拭き掃除を済ませると、桶や雑巾を片づけた。お祭りのお菓子となれば滅多にお目にかかれない物のことが多い。総司に誘われたからだけでなく、セイは楽しみになって羽織を手にすると門に急いだ。

門脇で待っていた総司の所にセイが駆け寄る。

「お待たせしてすみません」
「いえ。急に誘った私の方がごめんなさい。行きましょうか」

少し距離があるので、あれこれと話しながら向かうとすでに大分手前からたくさんの店が開いていた。

「賑やかでいいですね。楽しい」
「本当に」

境内に近づくにつれ、露店の数も増えていき、楽しげに眼を向けながら二人は歩いて行く。本当に様々な店が立ち並び、中には筵をひいた上に品を並べただけの店からしっかりした屋台まで様々に人々を楽しませている。
その並びに、刀を並べている者がいた。

総司とセイは顔を見合せて少し笑うとその筵の前にしゃがみこんだ。総司が店主らしき者に話しかける。

「見てもよろしいですか?」

編み笠をかぶった男が無言で頷いた。僅かに笠に手を添えて、顔をのぞかせた男はその商いや仕草から感じたよりももっと若く見えた。

総司は刀を手に取ると、鞘から引き抜いて波紋を眺めた。こんな露天にでているとは思えないようなよい品が多い。総司も斎藤にはさすがに及ばないが刀を見る。
セイは、さらにその足もとにも及ばないが、総司が手にしているのを見ているだけでも楽しかった。

並べてあるものは、ほとんどが新身だったが、中には銘が切られていなくても名のあるような品が並んでいる。

「こちらを……」

二人が刀を眺めているのを見ていた店主が、ゆるりと動いた。どうみても刀を眺めていたのは総司の方だったが、背後の刀袋の中から一本の刀を差し出したのはセイにだった。
思いがけないことにセイはちらっと総司の顔を見たが、頷きが返ってきたので素直に、その刀を受取った。
長さも重さもまるで誂えたような感じで、しっくりくる。樋が入っているようには見えないのに重さもちょうど良いものだった。

「すごい……」

まるでセイのために造られたような刀に、驚いたセイが思わず声を上げると、手にしていた刀を置いて総司もそれに目を向けた。

「ほお。確かにすごいですね」

セイの手から刀を受け取ると、総司が刃を返して眺めた。見事な波紋と、手にした感触がまるで生き物を手にしているようだ。それまでほとんど口を開かずにその場に座っていた男が、その様子をみて急に並べていた刀を仕舞い始めた。
何か気に障ることでもあったのかとセイが困惑した顔を向けると、こちらには目を向けることなく男が口を開いた。

「よろしければ、すぐ近くに私の住まいがございます。ここに並べた物は一握り。是非、お立ち寄りください」

総司とセイが顔を見合わせていると、セイに見せた一振りの刀の他は、さっさと刀袋に刀を仕舞い込んでしまった。刀を鞘に戻した総司はそれを店主に差し出しながら、問いかけた。

「なぜですか?私たちにはこんなすごい刀を買うだけのお金はありませんが……」
「刀を買っていただくためではありません。ただ、その刀が呼んでいますので」
「刀が呼ぶ?」

店主の変わった物言いをセイが繰り返した。面白いと思った総司は、セイに頷くとついて行くことにした。

二人が立ち上がると、店主は筵を仕舞い立ち上がった。こちらへ、と案内するについて歩いて行くと、すぐ近くの竹藪の間に小さな庵が見えてきた。こざっぱりとした生垣に囲まれた一軒家に、男が招き入れた。

「何もございませぬが、どうぞお上がりください」

そういって総司とセイを招き入れた男は売り物にしていた刀を置くと、茶を出してきた。いくらもたたずに出された茶がこの上もなく上等なもので、セイが驚く。

「お茶のお祭りでございましたので、ちょうど新しいものを開けたばかりでございます」

セイの顔を見て男が穏やかに事もなく言った。なるほど、と頷いて総司とセイは甘露ともいえる味を楽しむ。
その間に、男は先ほどの刀を再び差し出した。

「どうぞ。お手にとってくださいませ」
「あのう……」

セイが再び差し出された刀を前に、先ほどの疑問を口にした。

「先ほど、刀が呼んでいる、とおっしゃいましたが…」
「ええ。私にはお二方が何処のどなた様であるかは存じません。ただ刀がお二人を気に入ったようでしたので、こちらにお連れした次第です」
「はぁ……」

やはりよく分からない。刀が呼ぶとはどういうことなのか。

総司もセイも不思議そうな顔をしながら、再び刀を手にとった。セイが刀を手に取ると、先ほどと同じ様に見えた刀が急に重さを増したように感じた。

「えっ……」

刀を手にして、鞘を引き抜く前に急に手に感じる重さが増してセイが驚いた声を上げた。
ずしっと重さを増した刀に持ち上げていた手が下がり、それを見ていた総司が手を伸ばすと、さらに刀は重さを増した。
二人が手を添えていても持っていられないほどの重さに総司とセイが驚いていると、男が言ったように、何かに呼ばれた気がした。

次の瞬間、ぐらりと体が揺れて、刀を握ったまま二人が倒れ込むと総司とセイをそのままにして男は奥の部屋に消えた。

 

 

– 続く –