花守 2

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland

BGM:Whitney Houston Jesus Loves Me
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「え?え?」

それは、一瞬の間に思えた。
眠さに負けて瞼が落ちるとき、その暗さも瞼を閉じたことも意識できないように、セイは自分が瞼を閉じたことに気がつかなかった。
たった今、刀を手にしてその重さに驚いたと思ったはずなのに、気がつけば座ったままで目を閉じている。目を開けて周りを見ると、先ほどと同じ部屋だとは思ったが、開け放った障子の向こうに見える景色が違った。

「うっ……そ」

そこには春の盛りのように白い花がたくさん咲いていた。
セイが目を開けたのとほぼ同時に、隣に座っていた総司も目を開けている。総司は目の前に座っている男とまっすぐに目を合わせて向き合っていた。

目の前の男はつい先ほどまで、能面のような白い顔で話もぽつぽつと無愛想であったが、今はそんな空気は微塵もない。色白なのは変わらないが、穏やかな笑みを浮かべて目の前に端座しており、二人が目を男に向かって向き直ったのをみて、口を開いた。

「この庵へようこそおいでくださいました。私はこちらで花守をしております」
「花守……ですか」

総司が繰り返すと男は頷いた。

「ここは、あの刀が気に入って呼んだ者か、魂が彷徨っている者が訪れる場所なのです。どこをお歩きになっていただいても構いません。約束事はひとつだけ、あの花を手折らず、傷つけずにいてくださることだけです」

ここはどこですか、と問いかける前に答えを与えられたのだが、言っている意味が半分しかわからない。
どうやら現実のようで現実ではないらしい雰囲気はわかるが、自分自身もこの家も物も、常日頃の感覚と変わらないために、俄かには信じがたい。
しかし、何かふっと違和感を感じて総司は隣に座っているセイを見て驚いた。

「か、神谷さん?」

ついさっきまで、そこにいたはずの神谷清三郎の姿はなく、月代のない長い総髪と女物の着物に女物の袴を身に着けた女がそこに座っていた。

「はい?え……っ。えぇぇぇぇ?!」

横合いから呼ばれて、総司の驚きにセイは自分の姿をみて自分で驚いた。
急に伸びた髪も、着物も着替えた記憶などもまったくないのに身につけているものが違う。変わらないのは腰に挿している刀だけである。なぜ、と顔を上げたセイは再び驚きの声を上げた。

「お、沖田先生?隊服……」
「あっ、えぇ?!」

今度は総司が驚く番である。
羽織に袴は変わらないが、普段着で出てきたはずなのに真っ黒な隊服を身に着けていた。目の前に座っていた男がその疑問に答えを出した。

「ここは現実であって、現実ではない。魂の姿がそのまま、姿に映し出されるのです。こちら様はお立場によるお召し物でしょうか。貴方様のほうは、失礼ながら女子の気質をお持ちなのでしょう」
「現実……、じゃないんですか?」

ようやく情況を理解し始めたセイが恐々と問いかけた。自分が夢を見ているだけなのか、総司と共にこの空間にいるというのに、現実ではないのだろうか。

「現実であって、現実ではありません。ここは本来の体を伴っているわけではなく、魂が訪れる場所なのです」
「た、魂だけって私達は死んだのですか?!」
「いえいえ。違いますよ。お二方とも生きていらっしゃいます。あの刀がお二人の魂だけをこちらに呼び寄せたのです」

そういえば、手にしていたはずの刀がない。セイだけでなく総司も手を触れていたはずなのに目の前には影も形もなくなっている。
今の自分が魂だけの存在だといわれても、どうにも実感がわかず、困惑した二人は顔を見合わせた。

「どうぞ、お好きなように、お好きなだけお過ごしください。お戻りになっても現実の時は変わりませんから安心していくらでもおいでになってください」
「えーと……つまり」

魂だけが肉体から離れてこの世界に来ているが、戻ろうと思えば元の時間に戻れるということらしい。悩みながらひねりだした総司の問いかけに、男が頷いた。

「お分かりいただけたようですね。どうぞ、外も中もいくらでもお歩きください。これがありますから迷うことはありますまい」

そういって、男が壁から額に入った碁盤の目の絵図らしきものを外して見せてくれた。中心が赤くなっており、刀と書かれている。

「この周辺にはいくつも同じような庵があり、私と同じ姿形の者がおります」

二人の前にそれを差し出すと、指差して説明をはじめた。

「庵の中には必ずこれがありますから、赤くなっているところが今いらっしゃるところになります。迷われたらそれを確かめて下さればお分かりいただけるでしょう。ちなみに、私は在人といいます」

それだけを言われても、どうしていいかわからない。セイが困った顔で総司を見ると、腹を括ったらしい総司が立ち上がった。

「せっかくですから、色々見て歩いてみましょうよ。外はお天気もいいようだし、きれいな花も咲いていますしね」
「沖田先生……。よく情況が飲み込めますね」
「飲み込めてなんかいませんけど、在人さんが教えてくださったし、後は自分の目で見て確かめるしかないじゃないですか。こうして触れば自分の隊服にも触れるのが不思議ですけどねえ。神谷さんはどうです?」
「まあ、そういわれてみれば……。あっ、髪っ」

セイは自分の頭に触って驚きの声を上げた。自分で月代がないことにようやく気がついたらしい。総司がいつもするように前髪から髪に触れると、いつもとは違って、さらさらとした髪が手に触れる。

「自分の髪、触れますけど……、なんか変な感じです」

月代の代わりにさらりとした髪が手に触れるのが不思議で、女髪でもなく、総髪なところがまたおかしい。結い上げた髪の長さが肩の辺りまであるのも普段とは違う重さで揺れる髪に違和感を覚えた。
あるはずのない感覚にセイが頭を振ると、総司がおかしそうにその垂れた髪を触った。

「神谷さんが髪を伸ばしたらこんな風になるんですね」

柔らかな髪が手に触れて、いつもよりも女らしい姿に総司が目を細めた。在人と名乗った男が、立ちあがる。

「私達には仕事がありますので、お構いできませんが何かあればいつでもお声をおかけください」
「分かりました。それじゃあ私達は外に出てみましょう。神谷さん」

総司に言われてセイは頷くと立ち上がった。共に表に出たセイは、その不思議な光景に目を奪われる。

「へぇ。晴れているというより、花霞のような空ですね」

明るく晴れているように見えるが、その空は青空ではなく雲に包まれていて、どこからともなく柔らかな光が差している。そこに、区切られて真っ白な花がずーっと向こうまで咲いていた。
所々に赤い色が混じっていて、それは茎であったり、花びらであったりするようだ。

「変わった花ですね。見たこともない……」

つらつらと歩きながら花畑の間の道を進むと、ざわざわとなんとも言えない雰囲気に心が騒いだ。後を歩いていた総司が、はぐれそうになったわけでもないのにセイの手を掴んだ。

「沖田先生?」
「なんだか、急に神谷さんがどこかに消えてしまいそうな気がして……」
「どこに行けるって言うんですか。こんなところで一人にされたらその方が怖いですよ」

屈託なく笑ったセイに、総司がほっと息をついた。ざわざわと不安が押し寄せてきて、強く掴んだ手に力を入れる。
だが、総司と同じように、セイも言い様のない不安に襲われていた。魂が女子だと言われ、こんな姿になり、総司が呆れはしないかと、やはり貴女は女子なのだといわれてしまいそうで、恐ろしかった。

手を繋いだまま、二人はどこを目指しているともなく歩いた。どこまでも見渡せるように思えたのに、歩いて行くと上り下りがあって、右の方に庵が見えてきた。

花畑の中に人影が見える。手に花を摘んで身を起こしたその顔が先ほどの在人と全く同じだった。

「ようこそ、おいでなさいました。私は迷人と申します。どうぞ庵にお立ちよりくださいませ」

にこやかに呼びかけられてセイと総司は再び庵に呼ばれることにした。
花畑から歩み出た男について庵に向かうと、今度は縁側に案内された。茶の代わりに、小鉢に花の砂糖漬けが出された。

「ここではこれしか食べ物がございません。お嫌でなければどうぞ」

 

– 続く –