花守 3

〜はじめの一言〜
テキスト50000ヒット御礼~。 沖セイ in wonderland

BGM:Whitney Houston Jesus Loves Me
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「わっ、ありがとうございます」

手を出しかけたセイを総司は手を掴んで止めた。迷人がどうしたというわけではなかったが、総司はその言い方が気になった。

「嫌じゃなければ、といいましたね?」

総司の問いかけに迷人がそう言えば、と含み笑いをした。

「申し訳ありません。ここに客人が来るのは本当に久しぶりなのです。彷徨ってくる人には案内は不要ですから」

そう言って、迷人は二人の後ろから茶を総司とセイに差し出した。先ほど初めて庵に行った時に出されたものと同じよい香りがする。
迷人が二人の間に座って、穏やかに微笑んだ。

「在人は、この地の説明しかしなかったでしょう。だから客人のほとんどは私の元にやってくるのです。ここが魂の訪れる場所だということは在人が説明しましたでしょう?」
「ええ」
「私たちはこの花を管理しているのです。花が終われば摘んで、種になるのを待ちます。そして種になればきまった場所に種をまきます」

ぼんやりと話を聞いていると、迷人が先ほど摘んでいた花を手にした。摘んだ花は、枯れたわけでもなく花びらが散ったわけでもない。花が終わったと言っている意味が分からずに、セイは尋ねた。

「あのう、花が終わったっておっしゃいましたけど、まだ全然散ってないじゃないですか?」
「いいえ。これは散ってしまった花なのです。ほら、ごらんなさい?」

セイの前に差し出された白い花をみてもよく分からない。そこに迷人が指さした。

「赤い色がなくなっているでしょう?」
「はい……、そう言えば。でも、赤い模様のない花だって」
「赤いところは人の命なのです」
「……!!」

ばっと立ち上がったセイを庇うように総司も立ちあがった。縁側から立ち上がった総司が迷人を正面から見つめる。正座したままの迷人はにっこりと微笑んで、総司の視線を受け止めた。

「怖がることはありませんよ。命の抜けた花は単なる抜け殻です。私達はこの終わった花を糧にしているのです」

総司の後ろにいるセイは、花を糧にしていると言った迷人が恐ろしくて総司の羽織をぎゅっと掴んだ。背後に咲き誇っている花の一つ一つが一人一人の命の花だと思うと畏怖のような思いがこみあげてくる。

「恐れなくてもよいのです。ここは魂の訪れる場所ですから当たり前でしょう?この花は命の器でしかありません。現実の世界では肉体が器であり、この場所においては花が器ということです。私たちは、命の終わった器である花をこうして集めて、生まれ変わるべく種になった命を決められた場所に播いて次の転生を見守るのです」

迷人は在るがままに淡々と説明をする。それを聞いた総司はセイを守るように挙げていた手を徐々に下ろした。警戒を解いたわけではないが、迷人の説明に嘘はないと感じたからだ。
セイも総司の羽織を掴んでいるのは変わらないが、しがみつくような感じではなくなっている。

「あの……、そのような大事な場所に私たちが来ていいんでしょうか」

セイが、総司の後ろから問いかけると迷人が先ほどの花の砂糖漬けを下げて、手招きした。

「貴女方のような人がたまにこの地に訪れるんですよ。刀に呼ばれてね。呼んだのは刀ですからよいのです」

セイが後ろから総司の顔を見ると、総司も振り返ってセイを見た。どうやら恐れることはないらしい。
ゆっくりと総司は縁側に向かって歩き、それについてセイも近づいた。 総司は、先ほどとは違い、セイを迷人から離して縁側に腰を下ろす。

二人が落ち着いたのをみて、迷人が再び口を開いた。

「ここにくるまで、平坦な道でしたか?」
「いえ、平だと思っていたんですが、いつの間にか上り下りがあって……」

総司が答えると、迷人がさもありなん、と頷いた。手を差しだすと、総司達が来た方角を指差した。

「初め、この地に来た時は平かでどこまでも見渡せたはずです。それは見渡せないと、ここがどこか不安だったからです。そして今は、ここがどういう場所か興味があり、先が見えなくても進んでみようという心が上り下りや道を曲げて、先まで見渡せないようにしているのです」
「それはつまり、思うこと、感じることによって変わってくるということですか?」
「そうです。このように、説明しても飲み込めない方はここには来られません。不思議だと思いながらも話をなんとなくは理解されていますでしょう?そういう方々しかここには来られないのですよ」

迷人の説明に、有り得ないとか不思議だと思いながらも総司もセイもその理屈を飲み込みかけていた。だからここに来れたのだと聞くと、不思議に納得できる。

「じゃあ……。あの……」
「いいんですよ。ゆっくりなさってください。私だけでなく、他にも花守はいますから」

じゃあ、といって迷人は再び花の中に入っていった。時折、手を動かして花を摘んでいる。しばらくセイと総司はその姿をぼんやりと眺めながら黙っていた。

「私や沖田先生の花もどこかにあるんでしょうか」

ぽつりとセイが呟いた。小さなその呟きに総司は頷いた。迷人の言う通りならば自分の花もセイの花も、そして近藤や土方の花もあるのだろう。

「不思議な所ですね。ここは……」

セイは、総司の着物を掴んだまま立ちあがった。心のどこかで寂寥感を自覚しながら、それでもセイは微笑んだ。

「探してみましょうか。自分の花」
「見つけられるんですかね?」
「さあ…わかりませんけど。なんとなく、何かに迷っているなら進んでみるのも手かな、と思って。ただここに座っていても仕方ないじゃないですか」

セイらしい考えに、総司は笑いながら立ちあがった。目の前に立っているセイの姿は、先ほどからまた少し変わっていて、髪が少しだけ短くなっている。本人は全く気づいていないのだろうが、セイの中で何かが少しだけ変化した証なのだろう。

総司はセイの頭に手をのばして、さらりと撫ぜた。

「そうですね。行ってみましょうか」
「迷人さん。お邪魔しました!」

セイが迷人に声をかけると花の中から迷人が手を振った。在人よりはくだけた人物だったらしい。
再び花畑の間の道を進んで二人はどこへともなく歩いて行く。今度は総司が先を歩き、セイが後ろからついて歩いた。

「神谷さん。こうしてみると本当に貴女は女子でありながら武士なんですねぇ」
「えぇ?どういう……って、この格好のことですか。そうですよね。あはは、なんだか中途半端みたいですよね」
「そんなことないですよ。なんだか大人っぽくてきれいで、神谷さんは本当にきれいな人だったんだなぁって思うんですよ」

後ろを歩くセイを振り返らずに、ゆっくりと歩きながら話す姿が、まるで眩しすぎてセイを見られないようだ。セイは、普段ならばその先に隊を出なさいと続きそうな言葉に、どこかで不安を抱えながら総司の後をついて行く。

「でも……」

言いかけた言葉を飲み込んだ総司が一瞬振り返りかけて、すぐぱっと前を向いた。セイは少しだけ足を進めて総司に並んでみる。

「でも、なんですか?」
「いや、その……」

セイに顔を覗きこまれて、口元を押さえた総司の耳が赤くなっている。くいっと総司の羽織をセイが掴むと、仕方なく総司は立ち止まった。
セイから視線をそらして、そっぽを向きながらぼそぼそと何かを呟いた。

「……え?」

セイが聞き取れずに問い返すと、少しだけ聞こえるようにもう一度総司が繰り返した。

「魂だけで姿が変わるというなら、女子姿でもいいのに……、と思って。……現実では女子姿の神谷さんと一緒にいることなんて、有り得ませんから」
「あ、ああ……ええ。そりゃそうですね……」

真っ赤になった総司の顔を見て、セイはただ、つられてなんとなく赤くなってから、ぼけっと何を言われたのかもう一度考える。それから本当に真っ赤になった。

いつもより華奢に感じたセイの姿が、より女らしく思えて総司はまともにセイの方を向けなかった。

「あ、あの。歩きましょう……か」

再び総司が先に立って歩き出した。振り返らずに、歩きだした総司は、ぱっと片方の手を後ろに差し出した。それを見て、くすっと笑ったセイはその手を掴んで歩きだした。

– 続く –