夜更かし 1

夜更かしはちょうど去年の今ごろからまるで屯所のように激務に襲われた私がぶーたれてなかなか帰れない間に、nito様サイトでアップされていた落書き絵をもとにしています。

仕事の合間の深夜休憩に眺めて癒されていたのを・・・おもい・・・いや、あのころのことは思い出したくないかw

そんなわけで、nito様の落書きにお話を書いてみました。

夜更かし 1話

 

ぐすっ。

「そんなに意地を張ることもないでしょうに」
「先生には関係ありませんから!お先にお休みになってください」
「……そんなわけにいきませんよ」

ぐすぐすと半べそをかきながらセイが手を動かしている。その手にあるのは懐紙である。懐紙と言っても、いわゆる大きさになる前のものだ。
それを半分にして折り目を付けると、小柄できれいに切ってさらに二つに折りたたむ。

先ほどから総司が手を出そうとすると、意地になったセイが止める、と繰り返していた。

事の起こりは、来客があり土方が対面していたところに呼ばれて総司も同席していた。茶を運んで現れたセイは、客人の分と土方の分、総司の分、と茶と茶菓子を目の前にそれぞれ差し出した。

その日の茶菓子は葛餅に黄な粉をまぶし、黒蜜をかけたもので総司が気に入っているもののひとつである。目を輝かせた総司の目の前に葛餅を差し出したセイが、部屋から出ようと障子をあけた瞬間、春の風がいたずらに舞い込んだ。

ちょうど、葛餅に手を伸ばしていた土方の鼻先で舞い上がった風はまんまと粉物を舞い上げた。

「ふわっくしょい!!」

盛大なくしゃみとともに、だらっと鼻水が飛び出した。

「ぷ」

客人は大店の主人だけにさりげなく見なかったふりをして手元に顔を落としたが、そこは年若い未熟者であるセイが、うっかりと一言漏らしてしまった。
慌てた総司がセイを睨みつけたがもう遅い。

懐紙を出そうとした土方は、真っ赤になって頭から湯気がでそうな有様で懐に手を入れて再び固まってしまった。
いつもなら、忘れずに手にしているところだが、そういえば副長室を出る前に切らしているとセイに言って買い求めに行くように言いつけていたところだった。

状況を察した総司が懐から懐紙を取り出して、土方の菓子受けの下に滑り込ませると、軽く頭を振ってセイに下がるように合図をする。
どす黒いほど赤くなった土方が無表情で鼻を拭うと、手にしていた葛餅は置いて茶をすすりこんだ。

客人が帰った後、副長室に呼ばれたセイは、土方から半刻も油を搾られる始末である。

「お前ってやつは!!俺に!!恥を!!」
「でも、私が風を吹かせたわけじゃ」
「神谷さん!貴女は隊の面目も潰すところだったんですよ?それをきちんと理解しなさい!」

ぶつぶつと言い訳をするセイを土方だけでなく、総司も叱りつけて二人に雷を落とされたセイは、だんだん意地になり始めた。

「懐紙一つ整えられんとはそれでもお前は小姓をやってたのか?!たかがそんなこともできんようで」
「お言葉ですけど!幹部の皆様の小物類はきちんとした場のための店で買い求めた物と、普段使い用のものと分けて買い求めてあります!副長だって、普段使いのものでもお持ちになればよかったんです」
「なんだと!?……いいだろう。ならお前にこれからすぐにやってもらおう。普段使いってやつを幹部全員の分、向こう半年は困らないように整えろ」

あまりに嫌がらせにセイがぐっと口を真一文字に引き結んだ。
正式な場に出るときの懐紙は、店屋で整えた高級和紙であるが、普段使いにはそんなものは使っていられない。刀を拭うことも多いだけに、質の悪いものではだめだが、懐紙になったものを店で買い求めるよりも、問屋から和紙を買い求めてきて、小さく懐紙の大きさに切りそろえていく方がはるかに安いのである。

普段は小者達の仕事だが、今回はそれをセイにやらせようというのだ。しかも、幹部全員分を向こう半年持つように、である。

「土方さん。それは、ちょっといくらなんでも。私がよく叱っておきますから」
「いいえ!沖田先生。それには及びません!神谷がその仕事させていただきます」
「よおし!なら、いつまでに終わらせるんだ?」
「い。いつまで?!」

どこまで底意地が悪いのかと目を剥いたセイは、すっかり意地を張っていたので、大声で怒鳴り返した。

「このような雑事に何日もかけていられますか!二日で終わらせます!」

勢いに任せてそう怒鳴ったセイは、それから幹部棟の小部屋に買い置きの和紙をすべて運びこむと延々切っては折り、切っては折りを繰り返しているのだ。

「いい加減あきらめなさいな。貴女、夕餉も食べてないじゃないですか」

悔しくて延々ぐすぐすと涙ぐみながらもやめようとしないセイに、しばらく離れてはまた戻り、今は風呂に入って、着流し姿の総司が心配そうに傍についていた。

「放っておいてください!どうしても明日にはこれ、終わらせなくちゃいけないんですから」

部屋の中には、まだまだ山と積まれた和紙がある。ずいぶん切ったように思えても、丁寧に切っていくにはどうしても時間がかかるのだ。
それに、いくら小柄を使っているとはいえ、折る時には手を使う。何度も紙に擦られた手がだんだん痛んできていた。

少しずつ折る早さが遅くなってきて、痛むので、セイはしばらく二つに切ることに専念し始める。
どうしても言うことを聞かないセイにため息をついた総司は、セイの傍から立ち上がると小部屋を出て行った。

とうに消灯の時刻を過ぎている。先に休んでくれと何度も言ったが、総司がそばにいてくれることはセイにはありがたかったのだ。それが、いつまでも意地を張るセイを置いて部屋を出て行ってしまうと今度こそ愛想を尽かされて、総司は隊部屋に戻ってしまったのかと思う。それは寂しくて、悲しくて仕方がなかったが、これも自業自得と落ち込んだセイは、再びぐすぐすと半べそをかきながら折り続けた。