金木犀奇譚 1

〜はじめの一言〜
ちょっと不思議なお話を。

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まだ暑い、と思っていたのにある日、目が覚めたらセイは空気が変わったのを知った。部屋の誰よりも先に隊部屋から廊下に出た瞬間、ひやっと空気が違う。

「うわ、寒っ」

口に出したほど寒いわけではないのだが、夏物の浴衣地の寝間着ではひんやりと感じる。肩のあたりをさすって、鳥肌を押さえる。これから一気に冬へ向けて、一日ごとに空気が変わっていくのだ。
だが、セイは寒くなることは嫌いではない。背筋が伸びて、身が引き締まる気がするからだ。

よし、と気合を入れたセイが井戸端へと向かう。今日も一日が始まる。

セイが顔を洗って、身支度を整えた頃、起床の太鼓と供に皆が起き出してくる。朝餉と、朝礼、そして全体稽古を済ませると、一番隊は昼前の巡察に回った。

どこに行っても総司と町役の挨拶は寒くなったというところから始まる。

「先生方もお寒くなるのに大変どすなぁ」
「いえいえ。皆さんこそ大変ですよ。急に冷えたから体、壊さないようにしてくださいね」

にこにこと受け答えしている総司を見ながら、セイ達は休憩に熱い茶を飲んでいる。今までは巡察の間の一休みも暑さから逃れる一瞬だったが、今日は表にいて爽やかな風を受けていたい気分だ。

「沖田先生もお茶いただきませんか?」
「ああ、ありがとう。神谷さん」

セイの隣に腰を下ろして矢立でさらさらと書き記した総司は、懐にしまうと湯呑に手を伸ばした。隣に総司が座っただけでほんのりとセイは温かさを感じる。

「へへ」
「どうかしましたか?」
「いえ。少し涼しくなって巡察もまわりやすくなりましたね」
「そうですねぇ。私達が回りやすいっていうことは……」

ふっとそれ以上は何も言わずに黙って笑う。総司が何を言いかけたのかわかったセイはきりっと顔を引き締めて頷いた。
茶を飲み終えると、総司は一番隊を率いて立ち上がった。

市中を回っていてもようやく暑さから解放された町の者達がいつにもまして出歩いている。徐々に人通りが少なくなるあたりで、男とすれ違った瞬間、総司が足を止めた。

「すみません」

遊び人風の、髷を崩して尻っぱしょりの男に声をかけた。懐に手を差し入れた男が怪訝な顔で振り返る。ジワリと男の首筋には汗が滲んだ。それが新選組の巡察だということは、わかる者が見ればすぐわかる。

「ちょっとお話をきかせていただいてもいいですか?」

隊士達がわずかに身構える中で総司が近づいていくと、相手が総司の間合いに入る一歩手前で身を翻した。それを予期していた隊士達がぱっと駆け出して、男を捕えると縄をかける。

「畜生!!なんでわかったんだ?!」

喚き散らす男を一足先に屯所へと引きずって行く隊士達を見ながら、総司は隊列を整える。男には、なぜわかったのかと疑問だっただろうが、総司やその傍にいるセイには全く疑問ではない。

「あれだけぷんぷんと怪しい気配をまき散らしていたら、わかりますよねぇ」

隣で自信満々な顔をしているセイをちらっと見て、ぴしゃりと言う。

「そんな風に言っていると足元をすくわれますよ」
「はい!申し訳ありません」

気を引き締めて、隊列は再び歩き出した。雲の向こうに晴れ渡った空が広がっている。

 

それから何日かは同じような日が続いて、隊士達もやはり暑さから解放された心地よさに、稽古や巡察にも精を出していた。

「今日の夜の巡察ですが、私は局長のお供で不在になります。後のことは山口さんにお任せしますのでよろしくお願いしますね」
「承知」

夕刻、隊士達にそんな指示を出していると藤堂が隊部屋の前を通りかかった。藤堂も他の隊士同様にこのところ力を持て余していた。

「あれ?総司。今日いないの?」
「藤堂さん。ええ、今日は局長のお供に出るんですよ」
「そっかぁ。じゃあさ、俺、今日暇だから一緒に行こうかな。構わないよね?」
「そりゃあ構いませんけど、いいんですか?」
「うん。たまにはいいだろ?」

藤堂が後ろにいる隊士達に声を掛けると、皆否やはない。皆が頷くと、じゃあそういうことで、と行って藤堂は機嫌よく戻って行った。
ひょこっと総司の影から顔をだしたセイが藤堂の後姿を眺める。

「……よろしいんですか?」
「なにがです?」
「他の組長に巡察をお願いするなんて珍しいなぁと思って」

総司の腕の下から顔をだしたような格好のセイを見下ろして総司がくすっと笑った。

「藤堂さんも退屈なんでしょう。たまにはいいじゃないですか」
「……そうですけど」
「けど?」

ばらけた隊士達が三々五々と支度や、時間までの間の暇つぶしにと動く中、くしゃっとセイの頭を総司が撫でた。

「仕事は仕事ですからね。神谷さん、お願いしますよ」
「はぁい」

総司は、羽織を着換えて幹部棟へと向かい、セイは巡察の支度を始めた。
夕刻になって、近藤と共に総司は外出していった。

それを見送った後、一番隊の隊士達は夕餉を終えて支度を始める。刻限より前に藤堂は一番隊の隊部屋へと現れた。

「やあ。よろしくね」
「藤堂先生!よろしくお願いします」
「うん。じゃあいこうか」

藤堂と一番隊の隊士達は、隊列を整えて巡察へと出発した。

夜になって秋風が少し強くなって、昼間の熱を下げていく。どこからともなく甘い風が吹いてくる。

「あ~あ。俺らにもいい夜は不逞浪士にもいい夜なんだよなぁ」
「それは確かにねぇ。まあ、奴らには悪い夜にしてやろうぜ」

決して気が緩んでいるわけではないが、総司とは明らかに彼らの空気も違う。まるで八番隊のような雰囲気に包まれた彼らは、夜の闇の中へと歩き出した。

 

 

– 続き –