金木犀奇譚 2

〜はじめの一言〜
ちょっと不思議なお話を。

BGM:
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ゆっくりと、花開く香りに乗せて、意識が彷徨い始める。

はっきりと目覚めているわけではない。ただ、夢うつつの境を漂うというのが正しい。
異国の国へ流れ着き、彼の使命はこの地に根を張り、命を繋ぐことだった。強く、甘い芳香に人々を酔わせ、差し木として運ばれる枝が地方へと流れていき、彼の使命は着実に果たされていく。

だが、彼らは孤独だった。

同類の者がいても、決して彼らとは交わることはない。同種、同族の者には決して巡り合うことはないのだ。

彼から枝分かれした彼しかいない。似た者達がいくらいても、決して実を結ぶことがない。使命を果たすためとはいえ、寄り添う者のない、終わりのない孤独。

焦がれても焦がれても、どれほど待ち望んでも彼には未来が閉ざされているようで。

 

―― 誰か、この焦がれる思いを。寄り添う者を……!

 

芳香に乗って、彼の思いは広がる。切なさとともにその甘い香りは京の町を染めて行った。

 

 

「やっぱり涼しくなると、夜歩きの人も増えますねぇ」

暗い道を動く提灯の灯りが、夏よりも歩きやすいのか増えた気がする。隊列の揺れる灯りを見て人がよけていくのも軽やかで。

町人に紛れた者達の鋭い視線も暑さに気を取られない分、彼らも敏感に感じ取ることができる。

「藤堂先生」

密かに山口が声をかける。近くの暗闇に潜む鋭い気配に皆の足取りも微妙に変わってくる。腰に差した刀に手を添えた藤堂がわずかに振り返った。

「皆、いつもどんな感じ?俺、先に行っちゃってもいい?」
「藤堂先生は先乗り派ですか?」
「うん。いつもはちょっとだけ気を遣うけどさ。今日は一番隊の皆なら突っ込んでもいけそうじゃない?」

―― 皆ならいけるでしょ?

にこっと笑う藤堂に言われては、彼らも否とは言えない。伊達に一番隊の看板を背負っているわけではないのだ。

「しょうがないっすね。任されますか」
「魁先生の邪魔をしたなんて言われちゃ、あとで堪りませんからね」

やはり、いつもと違う雰囲気にさざ波のように笑いが広がり、藤堂がするすると先頭まで移動すると、それに合わせるように、暗闇の中の重苦しい気配も移動してきた。

「じゃあ、行くよ!」

たっ、と踏み出した藤堂は軽やかに走り出して、物陰に潜んでいた気配へと迫った。

「そこ!いるなら出てきなよ」
「ちっ」

ひらりと刀を抜いた藤堂に舌打ちが聞こえてきて、はじかれるように総髪の男が刀を繰り出してくる。往来の灯りがある道の方へと藤堂が身を引いて誘い込むと、それに合わせたように反対側の路地からも黒い影が飛び出してきた。

「たぁっ!」
「刃向えば斬るぞ!新選組だ!!」

名乗りを上げた声に、近くにいた町人たちが悲鳴を上げて駆け出していく。流れるようにそれぞれ、幾人かに分かれた隊士達は刀を抜いて不逞浪士を取り囲んだ。

セイは、素早さを生かして相手を追い込んでいく藤堂の補佐に回った。わざと、灯りのある道から反対側の人家が少ないあたりへと刀を構えるだけ構えて誘い込む。

「へっ!ちっさい奴め!ちょこまかと逃げ回りやがって!」

まんまとセイの誘導にかかった男は、藤堂が強いとみると、セイの方へと矛先を変えて追いかけた。駆け込んだ先は、行き止まりらしく、どこかの町屋の庭先に続いていた。

濃密な甘い香りが漂っていて、その香りに一瞬気を取られると、踵を返したセイに向かって男が刀を振り上げてきた。

「神谷!」

頃合いを図ったように藤堂が軽々と飛び上ると、振りかぶったところから白刃が振り下ろされた。

―― 速い!!

総司とは違う間合いで飛び込んでくる藤堂の動きに一瞬遅れたセイが、腰を落とすのと同時に左足をひいて頭を下げた。

「ぐあっ!!」

肩口を斬られた男の返り血と、セイの頬を掠めた刃が浅く、赤い糸のような線を残した。地面に倒れた男の刀を蹴り飛ばしてからセイは懐の捕縛縄を出す。

「いい加減に諦めろ!」

手早く縄をかけたセイに男の刀を拾った藤堂が手を伸ばした。

「神谷、大丈夫?」

派手に飛んだ血を手の甲で拭ったセイは頷いた。このくらいなんでもない。
頬の切り傷もほんの浅手で紙で切ったような程度だ。

「このくらいいつもの事です!それより、ここ、すごい匂いですねl」
「ほんとだ。どの木だろ?」

駆けてきた隊士に捕まえた男の縄を渡したセイと一緒に、藤堂が周囲の木を見渡した。わずかだがぼんやりとした月明かりもあり、木の姿位は夜目に慣れた目で造作もなく見ることができる。

「あ!これですよ、これ。小さい花なのに、すごく強い匂いですねぇ」

セイは、隅の方へ植えられた金木犀の木へと近づいた。まだ色を付け始めたばかりなのに、その香だけは強くあたりに漂い、風に乗ってどこからともなく甘い香りを運んでいた。それほど太いわけでもない幹にセイは何気なく両手を添えた。

―― ! どくん。

触れた瞬間、両手で握れる位の幹が脈打った気がした。

―― 血!私に血を通わせる者

「えっ?」

驚いたセイがぱっと手を離した。ただの木と思っていたが、なぜか生々しい気配に思わず触れていた手を話してしまったのだ。

「神谷?」
「あ、いえ。なんでもないです」

傍に来た藤堂になんでもないと言うと、セイはすぐ皆の方へと戻っていく。その肩に乗った小さな花を藤堂が拾い上げた。

「ほら!匂い付きだよ。返り血の匂いよりはましだね」
「わ、ほんとだ。こんな小さい花ひとつなのに」

隊列に戻ったセイの周囲からは、金木犀の香りが移ったように甘い香が漂っていた。

 

 

– 続き –