金木犀奇譚 13

〜はじめの一言〜
まあ、何事も夢ですからね。

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まだ明るくなる前の時間。起床の太鼓よりも早く目が覚めるのはセイのいつものことだ。

「……ん」

布団の中で伸びをしたセイは自分の異常にはたと気が付いた。

「え……?」

違和感を感じたのが下帯の中で、さすがに隊部屋でそれを確かめるわけにもいかない。いつものように起き出したセイはドキドキする胸を押さえて、手拭とひそかに替えの下帯を持つと急いで厠に駆け込んだ。

外す前からもうわかるほど、下帯がぐっしょりと濡れていて、セイは厠の中で一人真っ赤になった。

「やだ、何?これ……」

それが何かわからないわけではないが、自慰行為をするわけでもないセイが寝ている間にこんな有様になるなんて、自分で自分がわからない。
とにかく、濡れた下帯をしているわけにはいかないし、ぐっしょり濡れた下帯を外すと、みす紙できれいに拭った。一度では済まないほどぬるぬると濡れている自分の秘所に、誰かが見ているわけでもないのに、恥ずかしさでいっぱいになる。

「どうしちゃったの?私……」

ぐっしょりと濡れた下帯を丸めて、厠から出ると、井戸端に急いだ。顔を洗うために汲んだ水で手早く顔を洗ってから、誰かに見られない様に下帯を急いで洗う。

そちらも軽く洗う程度では済まないくらい、ぬるぬるとたっぷりの愛液にまみれていた。恥ずかしくて恥ずかしくて仕方がなかったために、洗い終えた下帯もそのまま干すことができず、顔を洗った手拭を上からかけて物干しに干した。

夢の中には総司が出てきたような気がするが、それはそれで、ますます恥ずかしくなる。総司を夢に見てこんなはしたないことになってしまったとは。

とても総司と顔を合わせるなど恥ずかしくてできそうにない。急いで隊部屋に戻ると皆を起こさない様に布団を畳んで、着替えを持つと、そそくさと隊部屋を後にした。

一方、セイが起きたときの様子がいつもと違うので、薄らと目覚めた総司はセイが隊部屋から出ていくと、むくっと起き上がった。

「……?」

特に変わった様子もなかったのに、と思いかけて、セイだけではなく総司も驚いた。
そこはセイとは違って、さすがに男だけに、全くあり得ない話ではないのだが、濡れた感覚の様子に驚いた。

「……な、ん……」

セイがいないことが幸いに思える。セイと同じように誰かに見咎められる前にと、下帯の替えを手にすると厠に急いだ。慌てて外した下帯の様子に天を仰ぎそうになる。
そこには、一度ならずも吐き出した欲望がべっとりとついていた。男ならばそういうこともないわけではないが、こんなことになるのは初めてである。

「どうしちゃったんでしょうね?私ってば……」

顔を顰めて自分自身に呆れながらとにかく、下帯を外してみす紙でとりあえず拭った。なんでこんなことに、と思い返すと夢の中にセイが出てきた気がする。

「うわっ……」

そう思うと耳まで真っ赤になった総司は慌てて厠から飛び出すと、井戸端に急いだ。夜着を脱ぐと、冷たい水を頭からざぶざぶとかぶる。

セイを相手にこんなにも……と思うだけで恥ずかしさに真っ赤になってしまう。汚れた下帯を濯いでから夜着を犠牲にして濡れた体を拭い、替えの下帯を締めた。

とてもセイに合わせる顔がないと思いながら、洗った下帯を物干しに干す。本人達は気づかないが、同じ夢を見て同じことが起きて、それぞれの下帯がいま、並んで物干しにぶら下がっている。

とにかくセイが戻る前に着替えと始末をつけてしまおうと、急いで総司は隊部屋に戻って着替えを済ませた。

互いに恥ずかしくて、恥ずかしくて仕方がなかったために避け合った甲斐があって、朝餉の時は総司とセイは顔を合わせずに済んだ。そのあとも、なんとか時間差をつけて顔を合わせずにすんでいたのだが、午後は巡察があってどうしてもそれは避けられない。

大階段の前に集まった時点で、セイはなるべく総司の傍から離れた場所にいた。なるべく視線を合わせないようにして、支度をしていると、不思議そうに相田が声をかける。

「おい、神谷」
「はい?」
「お前、まさか沖田先生と喧嘩してるわけじゃないよな?」

普段の二人を見知っていれば朝からの二人の様子に当然違和感を感じる。それが喧嘩なのかと聞かれればそうではないのだ。
単に、互いに不埒な夢を見たということが恥ずかしいだけで。

「そんなことないですよ」
「そうか?なんかお前も沖田先生もおかしい気がしてさ」

ぎく、と思ったが、さりげなく首を振って隊列に並んだ。いつも、総司の隣に並ぶはずだが、それも山口の隣に立った。総司も何も言わずにそのまま巡察に出たが、ざわっと心の中に芽生えた欲望と、悋気がないまぜになる。

巡察の途中であの金木犀の咲いていた場所に差し掛かった。

「ああ、あの花終わったんだなぁ」
「そういや、沖田先生。ずっとあの花の匂いがするっていってましたよねぇ」

隊士達が木の根元に橙色の花を散らした金木犀を見ながらそう言った。つられてそちらを向いた総司がセイと目が合う。

その瞬間。

互いの中に夢の中の出来事がまざまざと蘇った。
あの腕にしがみ付いて啼いた事。
あの細い体を抱き寄せた事。
感覚までも鮮明に蘇ってきて、かあっと赤くなったセイは視線を逸らした。

今にも心の臓が飛び出しそうなくらいどきどきして、顔を伏せたセイはなんとか平静を保とうとする。

一方で、視線を逸らしたセイを総司はじっと見つめていた。
言葉にできなくらいの幸福感と快感を覚えている。あれが夢なら朝の出来事も妙に納得してしまう。
無自覚にも夢の中でセイを抱いていたのならば。

「沖田先生?どうかしました?」
「あ?いえ、何でも。ただ、金木犀の花に魅せられたのかもしれませんね」

揺れる小さな花をほしがる自分の想いに重なりあった想いが見せた夢。

ざっと踵を返して総司は隊列を振り返った。

「さあ、行きますよ」

歩き出した総司に続いて、隊士達も歩き始める。

それがセイの夢だったのか、総司の夢だったのかはわからない。
だが、いつかは覚める夢でもこの胸に芽吹いた想いは……。

それぞれに、溢れそうな思いを自覚したまま複雑な思いを抱えて、秋風の中歩いて行った。

 

 

– 終わり -