金木犀奇譚 6

〜はじめの一言〜
ちょっと不思議なお話を。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

その夜。

再び皆が深く眠りについた夜中に総司は、ゆらりと目覚めた。

―― 香る……。眩暈がしそうなほどに

夢の中でさえ濃い香りに総司は眩暈がしそうなほどで、深くため息をついて目を開けた。皆は感じないというが、自分には強く、甘く感じられてならない。

ふと隣をみると、セイが健やかに眠っていた。

「う…、せん……」

微かに総司を呼んだセイに、ざわりと波立った心がますます濃い香りを漂わせる。耐え切れずに総司は起き上がると廊下に出た。濡れ縁の端に腰掛けると、いくらか流れる風が濃い香りを払いのけてくれる。

「はぁ……」

大きく息を吸い込んでため息をつくと、ひたひたと足音が聞こえて総司の背後に人影が立った。

「何をしている」
「……斉藤さん」

くん、と近づいた斉藤が鼻を動かした。総司からなぜか濃い香りがしている。セイから甘い香りがするならばわかるが、なぜこの男から、と足を止めた。

途方に暮れた子供のような顔で斉藤を見上げた総司に、斉藤が首を傾げた。

「なんだその顔は」

しゅん、とした顔で俯いた総司に呆れた声を出した斉藤は、その隣に腰を下ろした。顔を見ればこの野暮天がどうしてこんな顔をしているかすぐ分かる。

「なんなんでしょうね……」
「なにがだ」
「こう……。なんていうのか……」
「誰かを想って眠れないか」

かっと頬に差した赤みが見えなければいいと思いながら、総司は唇を噛み締めた。その瞬間、膨れ上がったものが一気に吹き出したように、総司から金木犀の香りが強く香った。

流石にそれには総司も気が付いた。

「?!」
「なんだ?」

湧き上がるように、セイへの想いを自覚したのと同時にそれが香りになって溢れだしたような感じがした。思わず自分の両腕を見る。

「今……何か、おこりましたよね」
「……ああ。あんた何をしたんだ?」
「さぁ……。自分でもよくわからないんですが、何かこう私の中からぶわっと……」

手振りで自分の体から溢れた気を表現しようとした総司に斉藤が、もう一度、くん、と鼻を鳴らした。

「斉藤さん?」
「アンタの体からものすごく甘い匂いがする」
「え?」

先ほど、自分でもそう感じたが、斉藤がそれを客観的に認めた。
確かに、総司の体から濃く甘い匂いがする。総司の顔をじっと見つめた斉藤は不意に脇差を抜いた。抜いたといっても、総司に向かってというよりは、片手を峰に添えて総司の方へと光らせる。

不可思議なものが総司の周囲に取りついているならば、真剣は魔を払う。だが、気休めに抜いては見たものの、総司自身、毎日剣を身に着けている。
月明かりを反射させられて、まぶしさに目を細めた総司をみて、斉藤は眉間に皺を寄せた。

「よく……わからんが、どうもいつものあんたとは違う気配がする」
「たとえばどんな?」
「……」

たとえばと聞かれて、これこれこうだと答えられたらすぐにその理由もわかる。わかるわけがないと首を振った斉藤はすっと離れて脇差を納めると、隊部屋の方へと引き上げていく。

振り返りざまに警告を口にした。

「悪いものがついているのかはわからんが、今のあんたは少しおかしい。せいぜい気を付けることだな」

何も言えずに斉藤の後姿を見送った総司は、もう一度、思い出そうと目を閉じた。さっきは一瞬、斉藤に問いかけられて見透かされそうだと思ったのと同時に、セイへの想いが吹きだしたように思えた。

―― 神谷さん

「……っ!」

自分自身から何かがずるりと這い出した気がした。自分から出て行った何かわからないものが、金色の軌跡を残して隊部屋の方へと向かっていく。
驚いた総司が目を見張ると、障子の前でその何かが振り返ったような気がした。

ゆっくりと形をとるそれが徐々に人形になり、その姿は総司に瓜二つだった。

『お前は私だ』

「……私?」

『そうだ。あれを求める者、だ』

振り返った金色の総司がにぃ、と笑った。そして障子の中へとするりと溶け込んでいった。

はっと総司は立ち上がると、隊部屋へと向かう。寝静まった隊部屋の中は暗くて、異常に静かな中に先ほどの金色の総司がセイの横になっている上に屈みこんでいた。

「何を……」

『何と聞くか。お前が?』

微笑むその頬は冷ややかに冴えていて、ゆっくりと眠るセイの顔の上に近づいていく。とっさに、総司は自分の枕元に掛けてある刀を抜いた。ひゅっと金色の影に向かって刀を向けると、金色の総司は顔を上げて嗤った。

『そんなもので私は払うことができないぞ。魔物ではないからな』
「ではなんです?」
『言っただろう。私はお前だ』

自分と睨み合った総司はぎり、と金色の姿の自分を睨みつけた。それに対して金色の総司の答えはふわりと首を振って室内を暗く包み込んだ。
金色の総司がゆっくりと目の前に横になっているセイを抱え上げた。

『欲しいものは指をくわえてみているだけでは手に入らないからな』
「なにを……っ」

暗闇の中で金色の姿だけがセイを抱えて歩いていく。刀を握ったまま、総司はそのあとを追った。

 

 

– 続き –