金木犀奇譚 7

〜はじめの一言〜
ちょっと不思議なお話を。

BGM:
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金色の総司がセイを途中で下すと、嬉しそうにセイが金色の総司にすり寄った。

「神谷さん!」
「沖田先生」

うっとりと総司にもたれかかったセイは、金色の総司が本物の総司だと思い込んでいるらしい。先生、とすっかりなついている。

『なんです?可愛いセイ』
「先生、だーい好きです」

セイを両腕で抱えて頬ずりしながら金色の総司は、総司の方をみて薄ら笑いを浮かべた。ますます金色の総司の方が実体に近くなっていく。

『わかっていますか?私はお前だと言ったでしょう。お前がこの子を想えば想うほど、私の力は強くなる。私はお前のこの子への愛執なのだから』

―― 愛執……?私の神谷さんへの想いが形になったというのか?

『そうだ』

―― 嘘だ!!

すうっと総司から何かが抜けていき、金色の総司の実態がより一層、実体化していく。

―― 何者なんです?

ふわりと笑う。片腕で抱き上げたセイをわざと見せつけるようにして総司はセイの首筋に唇を寄せた。

「やめろ!」

一瞬、怒りで我を忘れた総司の声が響いた。何かが心に触れたのか、それまで総司の存在が希薄だったのに急に存在感が増す。

「神谷さんを離しなさい」

ちゃき、と先ほどから手にしていた刀を握りしめた総司はセイと金色の総司の間に握りしめた刀を向けた。清水のような威力を持って総司の刀から清浄な気が流れ出してうっとりとしていたセイが徐々に正気に戻っていく。

「あれ……?先生?」

目の前にいる総司と背後にいる二人目の総司に初めて気づいたセイが驚いて目を丸くする。自分を抱えている総司と刀を構えた総司。どちらもセイには総司にしか見えない。

「こちらにおいでなさい。神谷さん」
「え?え?先生が二人?どういう?」
『大丈夫ですよ。セイ』

きょろきょろと総司を見比べて驚いているセイが困惑している。傍に立っている総司が両腕でセイを包み込んだ。

『どちらも同じ。沖田総司ですよ』
「違いますよ。神谷さん、私は私です。ほかの誰でもない」

困ったセイは少し考えてから、金色の総司の腕を振りほどいた。揺れる瞳の中でセイが金色の総司に疑いを持ったわけではない。

『セイ?』

「沖田先生」

金色の総司に向かってセイが口を開いた。じっとまっすぐに見つめながらゆっくりと距離を開ける。金色の総司が穏やかな笑顔でセイに手を差し出した。

『セイ?』

その総司からもう一歩後ろに下がったセイは、もう一度総司を呼んだ。

「沖田先生。先生と同じ顔をした先生は、誰ですか」

『……!』

ぱあん、と大きく金色の総司が手を叩いた。その瞬間彼らのいた暗闇の足元が崩れてどこともないところへとセイも総司も落ちていく。

「先生!」
「神谷さん!」

互いに手を差し出しあったが、その指先が揺れる前に総司とセイの意識はそれぞれ闇に飲み込まれた。残ったのはたった一人、金色の総司が暗闇の中でぼんやりと立っている。

『花が散る前に。急がなくては』

花が散る前に、熱を交わし、実を結ばなくてはまた次の花が咲くまで、たった一人、誰も知る者さえない地であとどのくらい続くかわからない時間を過ごさなければならなくなる。

『どんなことをしても』

俯いた総司はひどくさびしそうで、まるで置いてきぼりにされた子供のような顔でただ一人じっとその場に佇んでいた。

金木犀奇譚

 

珍しく起床の太鼓ぎりぎりの時間に目を覚ましたセイは、自分の中に残る、胸が締め付けられるような切なさに首を傾けた。切なくて、淋しくて、どうしようもない気持ちが、ひんやりと冷えた朝の空気をますます冷たく感じさせる。

「なんだろ、私。夕べは夢も見なかったのに……」

ここ数日、総司と一緒に甘味を巡ったり、一緒に稽古したりする夢が多くて、眠るのが楽しみだった。眠るまで総司の顔をみていられて、夢の中ではさらに二人っきりである。

毎朝、目が覚めるのがもったいないくらいの嬉しくて、楽しい夢が続いていたのに。

「おはようございます……。神谷さんどうかしたんですか?」

布団の上で両手を投げ出したままぼぅっとしているセイに、目を覚ました総司が声を掛けた。総司もひどく眠そうに眼を擦っている。
枕元の刀掛けには総司の刀が納められていた。

「あ……。沖田先生。なんだか……」

―― 先生が淋しくて

総司の顔をみたセイは、何かをその中に探して、見つけかねていた。総司は急に重く感じられる体に困惑しながら、こきっと首をならして起き上がった。

「うわー、なんか眠ったのに今日はずいぶん眠いなぁ」
「ああ、なんか本当に眠いですねぇ。やっぱり急に寒くなってきたからですかねぇ」

同じように目を擦ったセイは布団から出ると、自分の体温で温まった布団を名残惜しそうに畳んだ。

部屋だけでなく、表に漂っていた甘い香りが急に薄くなっていて、肌寒いなか少し強い風が木の枝を揺らした。

 

– 続き –