野暮天の気遣い 2

〜はじめの一言〜

BGM:
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むんず、と足を掴んだ総司は足首を持つと、先に桶に手を入れて温さを確かめた。少し温いくらいだったが傷口を洗うつもりだったのは見ればわかる。

「あ、あのっ!」

尻餅をついたような格好で片足を掴まれたセイがあたふたと慌てるのも構わず、白い脛を露わにして桶の中に左足を突っ込んだ。

「いっ!!」

ちゃぷ、と足を沈めると傷口に染みるのかセイが声を上げた。苦笑いを浮かべた総司が構わずに片腕で袖口をまくり上げると、セイの足を丁寧に湯で流す。

「なんですよ、このくらい。ここまで我慢して歩いていたならそれよりはこのくらいましでしょう?」

指の間を一本一本、湯の中で擦り、傷のある親指の間は指で押し開いてそうっと人差し指の腹で撫でた。

「うわっ」
「我慢しなさい」

ぐちゃっと張り付いていた皮と砂をきれいにすると乾いた手拭いで足をまるっと包み込んで叩くように拭いた。その振動がまた傷に響いてセイが涙目になる。

「せ、先生」
「罰ですよ。さ、右足も」

今度は自分で湯に入れろと言われると、セイは袴を少しだけたくし上げて右足を桶に入れた。今度は、あまり染みないのか大人しくしているセイの足を同じように丁寧に洗う。今度はセイが自分で手拭いを使って足を拭う。

「はぁ……」
「まったく……。さ、薬を塗りますから足を出して」
「自分でしますから」
「いいから!ほら足を出して」

セイは手当てに慣れているのはまだしも、総司も試衛館時代も含めれば打ち身や切り傷の手当など慣れたものだ。

ぐいっとセイの足を引っ張ると左足を膝の上に載せた。先に湯からあげていたので、表面が乾き始めていた。そこに軟膏を指先に掬い取った総司が左足の一番ひどいあたりに塗り始める。少し乾かさないと巻きつける包帯がくっついてしまう。

「うっ、くっ」
「染みるくらい我慢しなさいって。いつも貴女だってみんなの手当をしているときに同じこと言ってるでしょう?」
「それ、は!わかってますけどっ、痛いものはっ」
「はいはい。痛いんですよねぇ」

べったりと塗り付けた総司は、右足にも軟膏を塗り付けると指先を拭って、もう一枚の手拭いを手に取った。ひらりと広げると、ん?とセイに向かって首 を傾けた。頷くセイに苦笑いして、手拭いの端に歯を当てるとぐっと力を入れた。細く手拭いを裂くと、一本だけでなくもう一本、裂いた。

左足を引き寄せた総司が、乾きかけの傷口に向かってふぅーっ、と息を吹きかける。両足を総司の膝の上に抱え込まれて、セイは後ろ手に手をついた。

「ちょっ!先生っ」
「貴女ねぇ……。少しうるさいですよ?それに、こんな恰好をしていて誰かが帰ってきたらどうするつもりだったんですか」
「それはっ、だから、先生なら京屋のご主人とお酒を飲まれていたので、先生のお部屋なら誰かがもし帰ってきても見られないですむと思ってっ。あっつ!!」

四の五のと言っているセイの足に裂いた手拭いを傷口に巻きつけた。きつめに巻きつけていくとセイが思わず悲鳴を上げた。構わず、右足に手拭いを包帯代わりに巻きつけた総司は、最後に足首で結わえるとぽん、と手を離した。

「さ、最後ですからね」

そういうと左足に残った手拭いを巻きつけた。何重にも巻いてしまうと今度は草履が履けなくなる。普段使いの物ならばこんなことにはならなかっただろうが、隊服を着用した際に履くための良いものと履きなれたものでは作りも何もかも違う。
鼻緒もよいものを使っているしその分指の挟みこむ部分がきつめにできていた。

それでも慣らしていれば、いくらかましだろうが買ってすぐだというのでは仕方がない。足を引きかけていたセイが恨めしい顔で頷いた。

「そもそも、貴女の足は男物を履くには小さいんですからね。ちゃんと合わせてもらいなさいよ」
「それは、合わせていただいたんですけど、やっぱり慣れないと。それに今回足袋も新しいものを出したばかりだったんです」
「そんなことを言って、これで新しく下ろしたばかりの足袋も駄目にしたんでしょう?」

うぐ、と言葉に詰まったセイはしょんぼりと肩を落とす。確かに片足は血の跡がべったりとついてしまったので普段使いに下ろすしかない。

口ではあれこれと言いながらもそうっと足の間に手拭いを巻きつけた総司は足首まで巻き上げると端を結わえた。

「これで手当てはできましたけど、巻いた手拭いで今度は豆ができないように気を付けてくださいね」
「……すみません」
「いいえ」

手拭いの切れ端で手についた軟膏を拭うと総司が桶ともろもろと手に立ち上がった。

「あ、先生!私が片付けます!」
「いいからゆっくり座っていなさい。どうせ皆が戻ってきたら酔っ払いの集団ですからね」

そういうと素早く部屋を出て行った総司に恐縮したセイが、お礼にと布団を敷いた。戻ってきた総司が大人しくしておけばいいものを、というのにこのくらいなんでもないといったセイは、頭を下げて総司の部屋から出て行こうとする。

「じゃあ、すみませんでした。勝手にお部屋をお借りして」
「あれ?もういっちゃうんですか?向こうの部屋だって誰もまだ帰ってきてませんよ?」
「そりゃそうですけど、みんなの分の布団も敷いてあげたいですし、それに、その……お邪魔でしょうし」

徐々に歯切れの悪くなったセイに総司がきょとんとする。今更、どんな遠慮をすればそうなるのだと思うのだ。

「あのねぇ……」

往生際の悪いセイの手を掴むとじっとセイの顔を覗き込む。黙ってただ見つめられるとどうしていいかわからなくなって、セイはうっすらと頬を染めて俯くとくっと腕ごと引き寄せられる。
すっぽりと総司の腕の中に抱き寄せられたセイが慌て逃れようと腕をばたつかせた。

「ちょ、沖田先生!誰かが帰ってきたら」
「帰ってきたらすぐにわかりますよ。酔っ払いはうるさいですから」

目を閉じてセイを腕に抱えている総司からは酔ってはいないものの酒気が漂う。深くそんな息を吐きだす総司に暴れるのをやめたセイが気遣うように声をかけた。

「……先生?お疲れなんじゃありませんか?」

たった一泊での大阪往復くらいどうということもない。ただ慌ただしく歩き回った後に、いつもよりも大目に酒を飲んだことが急に体を重く感じさせる。

「疲れてませんよ?ただちょっと、……役得だったなぁと思ってるだけです」
「役得?」
「ええ。貴女の足、堪能させていただきましたから」
「!!」

かぁっと一気で真っ赤になったセイが総司の胸元に拳を当てた。稽古をしていたり、屯所の中で暴れていれば膝下など露わになることも多い。それでも、男ならまだしも女ならば手首足首より上はみだりに人目に触れさせるようなものではないのだ。

「せっ」
「せ?」
「……先生」
「何ですか?」

負けず嫌いなところは総司に負けないセイが、悔し紛れに思い切り総司の体を両腕で抱きしめた。

「ひえっ!」

思わず声を上げた総司の腕が緩んだ隙をついてにこっとわらったセイが総司の顔を見上げる。

「へへ。私も役得です」

ぽっと赤くなった総司が苦虫を噛み潰した顔で天井を仰いだ。

―― この子ってば……

何かを言おうとして総司が口を開きかけたところに、階下をにぎやかな声が響き始める。ほかの隊士達が帰ってきたことがわかると、今度こそセイが総司から離れようとすると離れる間際に一瞬セイの額に総司が触れた。

「さ、みなさん帰ってきたみたいですね」
「そう、ですね」

総司は障子を大きく開けて隊士達が帰ってきたのを待ち受けるように廊下に出た。一足遅れたセイの耳の中には総司の一言が残っていて、赤くなった頬を押さえながら後に続いた。

―― 神谷さんだけこちらで一緒に寝てくれても構いませんけどね

 

– 終わり –