小さな背中 3

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。

BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

セイの様子がわざとらしくも視線を外して動いているのをみて、確信した総司はあえてセイには近づかなかった。

止めようと思えば止めることができるが、セイの考えたことを思うと仕方がないと思う。後は成り行きを見守るしかないとため息をついた総司は消灯の後、む くっと起き上がると静かに廊下に出た。いつものように道場に足を向ける気にならなかったのは、そこを離れがたかったからだ。

誰にでも気安く語りかけ、打ち解けるセイ。
誰もがその笑顔を見て、知っている。

「何なんでしょうね。私……」

どうしてセイの背中に手を伸ばしたのか。もぞもぞと心のどこかで落ち着かない自分がいる。今更、セイの事を女子として見ているなどあるわけもないのにこのすわりの悪い気持ちはなんだろう。
しかも、いつもなら道場で一人汗を流せば、もやもやした気持ちもどこかへ行ってしまうのはわかっているのに、それができない。

深いため息をついたものの、どこかでその落ち着かなさは不快ではなかった。

 

翌日、午前中の仕事が終わったセイは、昼餉もそこそこに屯所を飛び出した。総司にではなく、伍長に外出することを告げたセイは、総司の姿がないことが気になったが急いでいたので、深く考えずにお里のもとへと急いだ。

「ごめん!お里さん」

駆け込んできたセイに、待ち構えていたお里はすぐに出てきた。朝早くに正坊を八木家に預けに行ったお里は、今か今かとセイを待っていたのだ。

「おセイちゃん!もう、なんやの急に」
「ごめん!!着替えながら話すよ。もう自分でも駄目だと思うんだけど」

慌てて駆け込んだセイが部屋に上がると急いで刀を預けて羽織を脱いだ。ばさばさと着物を脱ぎ始めたセイが慌ただしく事情を話し出した。

セイが脱ぎ捨てていく着物を片っ端から畳み始めたお里は、うんうん、と相槌を打って話を聞く。

「だからって……。何もおセイちゃん、女子やて疑ってる人の前で女子の姿になるなんて……」

―― 人が良すぎるにもほどがあるわ

あきれ返った口調でお里が言うと、セイも天井を仰いで唸った。

「言わないで!もう自分でもよくわかってるんだから~!」
「それがおセイちゃんやけどね。さ、これでええ?あの着物じゃ嫌やていうから急いで探してきたんよ」

淡い藤色に小花が散った柄の着物を広げたお里に頷いた。あまり派手やかでなく、落ち着いて見える物を選んでいてくれた。

「うん。いいと思う。ありがと」

脱いだ端から女子の着物を身に着けて行ったセイは、襦袢を羽織ると襟を付けた着物をお里に着せかけてもらった。セイはお里よりは少しだけ背が高い。
着物に合わせた帯をセイに着つけたお里は、仕上げに帯留めを付けた。

「あ、これ可愛い」

帯留めに手を当てたセイがつぶやいた。小槌を彫った細工物でかわいらしいものだ。おはしょりを整えたお里がぽん、と帯をたたいた。

「さ、髪も」
「うん」

本当なら髪が先だが、慌てたセイが着物を先に脱ぎだしてしまったので後先になってしまったのだ。髢を用意してセイの元結をほどくと、髪に櫛を通し始めた。

きりりと結い上げたお里は少しだけきつめに見えるようにしたのは、お里なりの気遣いだった。下手によい相手だと思って気に入られてはそれこそ後に引けなくなる。

「お、お里さん、まだ?急ぐんだよ~。戻って着替えて帰る時間も考えないと」

その時間も少しでも短くしてやろうと思っていたお里は諦めて仕上げの元結の端をぱちん、と切った。

「はいはい。おまたせさん。十分、気を付けてや?」

小物をセイの胸元に押し込みながら諦め半分にお里が言い聞かせる。小さな巾着を持たせると、慌ただしくセイが草履を履いて家を出て行った。
見送ったお里が頬に手をあててため息をついた。

「なんや心配やわ……」

そうしてお里の心配はなかなかいいところをつくことになる。

待ち合わせの甘味処に駆けつけたセイは、店に入る手前で立ち止まるとすっかりあがってしまった息を整えた。いつもの着物なら急ぎ足で済むが、女物の着物では小走りにならざるを得ない。

汗ばんだ首元を押さえて、落ち着かせると周囲へ目を向けた。店の中にいるのか、まだ来ていないのかと視線を走らせるとセイと同じように遅れた中村が駆けつけてきた。

「……!か、かっ、神谷っ……だよな?」
「あったり……前だろ」
「お、おう……。やっぱ可愛いなぁ、お前」

思わずセイに見とれた中村の足をがすっとセイが蹴り飛ばした。

向う脛のあたりを蹴られた中村がうわっ!と叫ぶ。歯を噛みしめたままのせいが、馬鹿っ!と声を潜めて怒鳴りつけると、頭を掻いた中村がへこへこと頭を下げる。今はそんなことを言っている場合ではないのだ。

「いいから早く済ませようぜ。誰かにこんな姿見られたら……」

焦るセイを連れて中村は店に入った。

店の小上がりからも見える座敷に座っていた年配の女性の後姿を見て、店の暖簾をくぐった中村がセイの手を掴むとそちらの方へと近づいた。御簾をよけて座敷に上がる。

「待たせたな、母ちゃん」
「五郎!あんた、いきなり出て行って、いっくら文を送ってもめったに便りも寄越さないでたまに寄越したと思えばとんでもないことばっかり書いてきてから に!昨日だって、ろくに話もきかんで、宿に放り出していって。お母ちゃん、あんたの事が心配でわざわざこうして京まで旅してきたってのに、よくもまあ!少 しはお母ちゃんの気持ちも考えられんのかい」
「母ちゃん。……よく息継ぎしないでそこまでしゃべれるなぁ」

年配の、というか中年の婦人が中村の顔を見るなりまくしたてた。どうやら昔かららしい母の勢いに気圧された中村がぽりぽりと頭を掻いた。
話から察すると、昨日もとにかく迎えには出たものの宿に母を放り込むとすぐに屯所に戻ったらしい。この勢いで顔を合わせた瞬間から捲し立てられたので逃げ帰ったというべきだろうか。

「息継ぎなんかしなくてもあんたの事ならいくらでもしゃべれるわ。だいたい、武士になるって言ってたくせに、許嫁なんか……。あらっ?!」

それまでは親子だけの話に没頭していたが、中村が繋いでいた手をみてはたとセイの存在に気付いたらしい。
中村の後ろに立っていたセイを見て慌てて腰を上げかけた。

– 続く –