小さな背中 6

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。

BGM:
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「あたしが、祝言の話を持ち出したら初めてあの人が顔を向けたんだよ。悲しそうな顔でね」

それからセイが逃げ出そうとして処へやってきて、セイを連れて出て行った。
中村の母が手を伸ばして中村の手を取った。

「あんた、本当にあのおセイさんの事が好きなんだねぇ。でも、それなら余計に……」

武士だろう?と言われた中村は、母の手に包み込まれた手をぐっと握りこんだ。

「わかってんだよ。でも、簡単に諦め切れるようなんじゃないんだよ!俺、武士として、隊士としてこの国のために命かけてんだよ!……それと同じくらい、命がけなんだよ」

微かに震えた中村の拳を母は、ぽんぽん、と軽く叩いた。

「あんた、馬鹿だねぇ」

―― いつの間にいっぱしの男の顔するようになったんだろうねぇ

項垂れた息子を前に、中村の母は、しっかりしなさいよ!と喝を入れた。

 

 

着替えを終えたセイが、奥の部屋から出てきたが、総司はセイの姿を見ようとはしなかった。その総司の前に膝をついたセイはがばっと伏せた。

「申し訳ありませんでした!」
「おセイちゃん……」

後ろで心配そうに見ているお里に構うことなく、セイは必死だった。

「絶対にやらないって言ったのに、つい……」
「……つい、中村さんに同情したんですか」
「……はい」

頭を下げたまま、セイが苦しげに答えた。軽率に中村の母に同情した自分を歯噛みしたいくらい後悔していたのだ。
だが、総司にはそれが違う答えに聞こえてしまう。

「同情ではなかったのでは?本当に中村さんと」
「違います!!」

何があったのかはわからないが、その後ろではらはらとお里が気を揉んでいると総司が立ち上がった。いくらセイが違うと言っても、今は穏やかに聞いてやる気になれない。

「屯所に帰ります。貴女は少し頭を冷やすべきですね」

涙目で総司を見上げるセイに向かって冷ややかに言った総司は、足音も高くお里の家を出て行った。

後ろを振り返りもせずに、大股で歩きだした総司は、自分自身にひどく腹を立てていた。

―― 頭を冷やすべきは私じゃないか

ぐっと噛み締めた奥歯が嫌な音を立てる。何が勝手に手が動くだ、と吐き捨てるように思った。

―― これは、他愛ないただの悋気じゃないか

自分が何を思って、何をしたいのか、総司には全く分からなくなっていた。

 

ぶつけようのない苛立ちのままにお里の家を出て行った総司は、結局、セイに着せかけていた羽織も置いて行ってしまった。
畳に突っ伏して泣いているセイにどう声をかけていいのかわからなかったお里は、セイの着ていた着物を丁寧に畳んで始末をつけた。
風呂敷に、総司の羽織を包むと、そっと部屋の中へ持ってきて、セイの傍へ置く。

「おセイちゃん。何があったん?」

涙でぐしゃぐしゃになった顔を上げたセイが、深く息を吐いて、泣きすぎてすっかり痛くなった頭を両手で押さえた。

「わからないの。そんなに先生を怒らせるような事したのかな」

時折、泣きすぎて咳き込みながらセイが、事の次第をお里に話し始めた。店でのやり取りまで話し、ここまで連れてこられたことの次第を話すと呆然として座り込んでいる。

「なんて言っていいか……」

話を聞くだけ聞き取ったお里は、呆気にとられてしまった。
何のことはない。

中村とセイが行くはずの店まで探り出して、そこに先回りしていることも、窮地を救ったと言っても、結局自分が許せなくてセイを連れ出したことも総司の悋気ではないか。

それをお里が指摘することは簡単にできる。でもそれではこの二人の間の問題は何も解決しないのだ。しかも、中村という存在も絡んでいて、総司が何をどう思って中村の元からセイを連れ出したのかもわからない。

「なぁ、おセイちゃん。気を落ち着けて、気分変えたら屯所に戻って直接、沖田センセに聞いてみたらどうやろか」
「そんなの!きっと、もう呆れられて話もしてくれないよ……」
「そんなのわからへん。中村さんのこともあるやろし、顔洗って、気ぃ落ち着けたらそれぞれ、話してみたら?」

セイ本人にはわからないだろうが、傍観するお里にはそれが一番いいことが明白である。混乱していようがどうだろうが、自分で確かめない事には何も動かないのだ。

怖いと思うセイの気持ちもよくわかるが、お里は手拭いを濡らしてくるとセイに差し出した。

「大丈夫。うちを信じてみて」

中村がうっかり本音を漏らしたことも、総司が自分の気持ちに自覚なく行動していることも。
結局のところ、当事者のセイが動いて確かめなければどうにもならない。

落ち込みきったセイを慰めて、気を落ち着けさせたお里は、その間に一度は畳んだ総司の羽織を広げなおした。どうするのかとセイが見ていると、いつもセイに焚き染める香を羽織にうつしている。

「このままお借りしたものをお返しするのも無粋やろ?」

―― でも、先生は私と同じ香なんて嫌がるんじゃないかな

喉元まで出かかった言葉を飲み込んだセイはぼんやりとお里がしていることを眺めていた。夕方までには屯所にもどらなければならない。門限はもっと遅いが、それでは話をする時間も取れないことを考えると、夕餉までには遅くとも戻らなければ、本当に戻れなくなってしまう。

ようやく泣きすぎて腫れぼったくなっていた顔も落ち着いてきたところで、お里が丁寧に総司の羽織を包みなおした。

「はい。これ」
「お里さん……」
「大丈夫。ね?いつでもうちは話ならなんぼでも聞くし」

不安に揺れるセイを精一杯励ましてお里は送り出した。総司も、セイもこれだけ互いの事を想っているのに、素直になれないどころか野暮天同士だけに、てんでの方角を向いて互いに悩んでいる。

「ほんのすこおし、自分にも素直になればわかりそうなもんやけどなぁ……」

深い深いため息をつく。正坊でさえ相手を想うこと、自分の気持ちに素直だというのに、いい年をした大人がどうして色恋にだけは子供のように右往左往している。それが歯がゆくて仕方がなかった。

– 続く –