先生の大事なもの 3
「……!!」
背後で主人が離れの引き戸を閉めて母屋へと戻っていった。
そんな気配もわからなくなるほど、総司は驚いていた。目の前の部屋の中央には一つだけ布団が敷かれていてそこにはどうやらセイが寝かされているらしいが、顔が見えない。
白い布をかぶせられている姿を目にした瞬間、総司の全身から音を立てて血が引いた。
「神谷さん!!」
目の前がくらりと回る気がして、セイの傍に駆け寄った総司が布を掴んだ。
「むーーっ!!」
「?!」
総司が覆いを取り去ると、何とそこには猿轡をかまされて身動きできないセイが唸っていた。
「か、神谷さん?!貴女!一体、怪我は?!」
「ううううう」
必死に首を振ったセイに、はっと我に返った総司は急いでセイの猿轡を外そうとしたが、かなりきつく縛られているらしくなかなかほどくことができない。
「むがーむがーっ!」
「ちょ、ちょっと待ってください。そんなに言わなくても、今、ほどきますから」
「うううう」
「え?ちがうんですか?」
セイの首の後ろの結び目をほどこうとしていた総司に、セイが何かを伝えようとして唸っている。もちろん、猿轡も外してほしいのだろうが、どうやら先に何かを知らせたいらしい。
ほとんど動けないセイが首を振って知らせたのは、セイが寝かされた枕の下に何か文が挟まれているのを知らせたかったらしい。それに気づいた総司は、先にその文を手に取った。
総司が問題の文に気づいたことで、ひとまずセイも大人しくなる。
猿轡よりも先に文を開いた総司はそれを読んでがっくりと畳に手をついた。
そこには斉藤、原田、藤堂、永倉、それに土方や幾人かの隊士の連名で、日頃の総司の悪行でひどい目に合っていること、そしてそのお返しに仕組んだということが書かれていた。
「仕返しって……」
「ふがー、ふがー」
「あ、ああ。すみません。今外しますね」
きつい結び目を何とかほどいたところで、セイがぷはっと大きく息をついた。
「ふわっ!苦しかった!」
「神谷さん。これはいったい……」
どういうことなのか全く状況のわからない総司にぎっとセイは下から睨みつけた。
「もう、沖田先生が悪いんですよ!なんで私まで巻き込まれなくちゃいけないんですかっ!!」
そういうと、セイは憤慨しながら説明を始めた。
原田や藤堂達は総司に仕返しをとたくらんだ挙句に、土方を引き込んだ。ちょうど、伊東から逃げようとした土方の邪魔をした総司を恨んでいた土方は、にやりと笑ってそれに乗った。
それに幾人か、総司の悪戯にあったことのある隊士を巻き込んでこんな計画がすすめられたのだ。
「ちゃんと、その文、読まれました?!お題を解決しないと屯所に帰ったら沖田先生も私もひどい目に合うんですよ?!」
全く、なんで私まで、と憤慨するセイに言われて、もう一度よく文を読み返した総司は、愕然としてしまった。
お題は一人につき一つ、それを解決しないと総司は向こうひと月の甘味禁止、セイは女装したうえで、酒席の接待とある。
「なっ、えええぇぇぇ!なんですか、これ」
「もうっ!!」
叫んだ総司にセイが、横になったまま叫んだ。そういえば、猿轡を外したにも関わらずセイがなぜ、横になったままなのかとようやくそこに気づいた総司は、布団をめくりあげた。
「?!」
「よーやく気づいてくださいましたか!!」
「はぁ?!」
「だから!!文!」
がばっと文を掴むと、先ほどの続きがまだあった。
問題は、セイの体のあちこちに仕込ませたので、それを頭を下げて見せてもらい解くように、とある。
「かっ、神谷さん、貴女まさか!」
「そんなわけ、ないでしょう!!もう、やらされたんですよ!とにかく、これほどいてください!」
叫んだセイは、捕縛縄できっちりと足の先まで羽織を着たいつもの姿の上から縛り上げられていた。
いちいち、結び目を解くのも面倒で、総司は小柄を出すと足元から縄を切った。
それも、ご丁寧に足を縛った縄、上体を縛った縄と、それぞれ分かれている。
「なんでこんな……、貴女、よくこんなの黙ってされてましたねぇ」
「黙ってされてるわけないじゃないですか!」
初めに猿轡をかまされて、斉藤に手首を縛りあげられ、原田や永倉に縛り上げられれば、セイが抵抗などできるはずもない。