饅頭可愛い 後編

〜はじめのつぶやき〜
有名なあの話の間逆になるおちゃめな話です。

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「できましたね」
「いやぁ、饅頭もこれだけ並ぶと壮観ですねぇ」

賄いの調理台いっぱいに並んでいる蒸かしあがった饅頭を皆が満足げに見ている。確かに見事な眺めになっている。セイが一つをとって小者の手に乗せた。

「味見、してみてください。手伝ってくださった特権ですよ」

代表して、一人の手の上に乗せられた饅頭を小者が二つに割った。餡を包み込む白い断面がきれいな二層の丸を描いている。

目の前で割られた断面に満足そうに目を向けているセイに半分の饅頭を差し出した。

「一番初めの味見は神谷さんもですよ」
「えっ、いいんですか?」
「何おっしゃってるんですか。さ、一緒に」

二人揃ってぱくっと口に入れると、丁寧に炊いた餡としっとりした皮の風味が広がって、何とも言えない。

「うわぁ……。神谷さん、これ最高です」
「美味し~い!」

数は十分にあったため、小者達もそれぞれに口に入れた。そして、皆が口々に満足の声を上げた。

「よし、皆さんには膳に乗せてお出ししましょう」

昼の膳に一つずつ乗せられた饅頭が配られると、賄いの騒ぎを聞いていた隊士達が一番に口に入れ始めた。しかし、土方に呼ばれて副長室に行っていた総司が遅れて膳を取りに向かうと、賄いの小者達がにやにやと総司の膳を渡した。

「はいっ!沖田先生」
「どうもあり……って、私の膳にだけお饅頭がないんですけど」

顔にはっきりと動揺が浮かんだ総司に、小者達がきっぱりと言った。

「沖田先生は、お饅頭と神谷さん、どっちが可愛いと思いますか?」
「はぁ?そりゃ神谷さん……あっ!!」
「じゃあ、可愛くないお饅頭は沖田先生は要りませんよね」

しまったと思ったがもう遅い。
なぜ饅頭とセイが同等に比べられるのかもわからなかったが、うっかり口を滑らせた総司の反応に賄いの全員が頷いたのを見て、ハメられたことだけはわかった。

「どうしても食べたかったら、どなたかから分けていただいてくださいね!こちらにはもう残っていませんから」

そういうと、小者達が近藤と土方の分として運んで行く膳には饅頭が乗っている。おまけに桜の花の塩漬けが添えられていて、何とも言えずにうまそうに見える。つい、ふらふらとその膳に視線が釘付けになってしまう。

「えぇ~……。ひどいですよ、皆さん。何で私だけなんですよぅ~」

半べそをかきながらとぼとぼと膳を抱えて隊部屋にむかった総司は、皆に声をかけようとするがすでにそこには空になった膳がずらりと並んでいた。

「あれ?沖田先生遅いですね。これからですか?」
「はぁ……」

山口がちょうど膳をもって立ち上がったところで、入れ替わりに座った総司ににこにこと感想を告げた。

「饅頭美味しかったですよ!!沖田先生は食べ飽きたから要らないっておっしゃったって聞きましたけど」
「もったいなかったですね。食べ飽きてても絶対これは美味かったと思いますよ。なんたって神谷が作ったんですからね」

追い打ちをかけるように相田がいい、皆もその味を反芻しているのか、間の抜けた顔で口元を緩めた。涙目の総司には誰一人気付かずに、口々に感想を言いだすと、耐えられなくなった総司は膳をもって副長室へと駆けこんだ。

「土方さん、こっちで一緒に……っ」

副長室の障子を開けた瞬間、まさに昼飯より先に噂の饅頭を口に入れた土方と目があった。手にしたままの膳を置いて土方の目の前に崩れるように座り込んだ総司に、土方が不思議そうな顔で饅頭を飲み込むと茶を口にした。

「おう、お前饅頭だけ先に食ったのか?確かに美味かったけど……っておい?!」

うるうると涙をにじませた総司がふるふると首を振ると、自分だけ饅頭をもらえなかったと土方に泣きながら告げた。

「うっうっ、こんなに甘味好きな私が食べ飽きるわけないじゃないですか!絶対、作ってるときに覗きに行ったから神谷さんが怒っちゃったんですよ!」
「お前……、子どもじゃあるまいし、饅頭一個で泣きながら飯食うなよ」

呆れた土方が弟分の情けない姿に、白々とした顔を向けながらさっさと昼を食べてしまい、ぶつぶつと文句を言い続ける総司を放って、さっさと仕事に戻った。
絶対、意地悪ですよ等々、昼を食べながら散々文句を言い散らした総司が、食べ終えると土方の分の膳を下げに来た小者に、自分の分も下げてもらいながらセイの行方を聞いた。

「それで、神谷さんの姿がありませんけどどこに行ったんですか?」
「ああ、良くできたのでといって、芋をわけてくれた妓のところと、南部医師のところに残りをもって行きましたよ」
「残り?!全部ですかっ?!」
「ええ」

がっくり。

そんな吹き出しがつきそうなくらいどんよりと落ち込んだ総司に、小者も土方も呆気にとられた後、見かねた土方が貰い物の落雁を与えて部屋から総司を追い出してしまった。

夕刻、お裾わけの帰りにあれこれと所用を済ませたセイが戻ると、一番隊の隊部屋の前の廊下には、妖気が吹き出しそうな怪しげな塊が廊下に根を張っていた。通る者全てに饅頭の感想を聞いては怨みを零し、相手が逃げだすと再び誰かが通るまでどんよりとその場に居座っている。

たまりかねた一番隊の隊士たちは他の隊部屋に避難し、知らずに被害にあった隊士達は皆、怯えて幹部等へ向かう廊下には誰も近寄らなくなっていた。戻ってすぐ、山口と相田に捕まったセイは、状況を言われてすぐに隊部屋の前の廊下に向かってきた。

「何なさってるんですか?沖田先生」

セイの姿を見かけると真っ黒に凝り固まった怨みの塊のような総司がじぃっと黙ってセイを振り返った。

その目の前にセイが盆に載ったものを運んできていた。

「はい。どうぞ」

総司の目の前に差しだされたのは、薯蕷饅頭の山と熱い茶だった。しかも、総司の目の前にある饅頭は、皆に配られた白くまん丸の上に桜の塩漬けが乗った、簡素なものではなくて、可愛らしく花開いたものや、兎になっているものなど、趣向が凝らされている。

「?!」
「なんか、行き違いがあったみたいですけど、沖田先生はどうせ一つ食べたくらいじゃ満足されないだろうなぁと思って、別に用意していたんです。だからお膳には出さなくてもそれを伝えてくださいって言っておいたんだけどなぁ」

目の前に山と積まれた饅頭を前に、驚いた顔をしていた総司が、がばっとセイに抱きついた。

「神谷さんっ!!やっぱり、一番可愛いですっ!!」
「はぁっ?!何をトチ狂ったことを!!」

ぎゅうぎゅうと抱きついた総司に、セイが目を白黒させながら必死に逃れようとしてもがく。
物陰からそっと二人の様子をうかがっていた隊士達がざわざわとどよめくのを全く気にもとめないのか、そもそも視界に入っていないのか、ぐりぐりとセイを胸元に押し付けている総司に、セイが悲鳴を上げた。

「ちょっと、沖田先生!!」
「だって、だって、嬉しいんですもん!!お饅頭より神谷さんが一番可愛いですっ」

再三、可愛いと繰り返されたセイが耳まで赤くなりながら総司の腕から逃れると、ぜいぜいと荒い息をつきながらびしっと総司を指差した。

「なんで私が饅頭と比べられるんですかっ!」
「だって、ほら、可愛いでしょう~?」

大皿の上に盛ってある饅頭を示してそういうと、再びセイを抱き締めようとして動いた総司の傍にどどどっと隊士達が現れた。
散々目の前でセイを抱き締めても殴られもせずににこにことしている総司に、普段から可愛いとうっかり言った一言で殴られる面々はこの時ばかりは総司に優しくなかった。

「沖田先生!饅頭より神谷のほうが可愛いですよね!」
「じゃっ、この饅頭は俺達がいただきますからっ!!」

そう言うが早いか、密かにセイを溺愛している一番隊だけでなく多くの隊士達が大皿をすばやく総司達の傍からかっさらって走り去っていった。

「あっ!!」

意識がセイに向かっていた総司は反応が遅れて、まんまと大皿が目の前から消えるのを見届けてしまった。慌てて後を追いかけると、次々と大皿は隊士達の手を渡り、一個、また一個と減っていき、総司が取り返した時には最後の一個しか残っていなかった。

「い、一個だけ~……」
「なんだ、沖田さん。食べ残しか」

皿の上の一個を涙に暮れながら眺めていた処に、通りかかった斎藤がひょいっと最後の一個を手にした。セイの手作りだというのは聞いていて、昼も食べてはいたが、目の前の総司がその一個を眺めているなら当然頂くとばかりに、瞬時に口に放り込まれた。

「ああああっ!!」

総司の悲鳴をよそに、全ての饅頭は総司を除いた皆の腹に収まってしまった。
泣きながらもう一度作ってくれるように頼んだ総司を、わけがわからないまま可愛いといわれて皆の前で抱きつかれたセイは、恥ずかしさのあまり大声で宣言した。

「もう絶対作りません!!」
「神谷さ~ん」

総司にとっては何よりの好物が二つも重なった薯蕷饅頭は幻の饅頭として語り継がれることになる。

– 終わり –