迷い路 34

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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用心棒をしていたこともあって、十番隊の中でも柴田は市中に詳しかった。

「柴田!待て!」

すぐ近くを走り抜けていく原田の声を聞きながら隠れた柴田はばたばたと走り抜けていく追捕の足音が去るのを待った。
頭も悪いわけではない。あのままでは長く逃げ切れないことはわかっていた柴田は、屯所を出てすぐにセイの首筋を刀の柄で思い切り強く打った。

呆気なく気を失って倒れこんだセイを担ぎ上げると、追いかけてくる原田たちの目を誤魔化しておいて物陰に身をひそめた。

―― 俺は、あんたに捕まって、腹を切るなんて御免なんだ。原田隊長

物のようにぐったりしたセイの体を押し込んで、物陰で彼らをやり過ごした柴田は、様子をみながらセイを担ぎ上げると再び逃げ始めた。

いつか発覚した時のことも考えなかったわけではない。というより、用意周到に逃げる先、道中をどうするかなど考えてあったのだ。

予定外だったのはセイに見つかったことと、こんな成り行きで逃げる羽目になったことである。金がないといい続けていたが、こういう時のために、襲った相手から奪った金は全部隠してあった。

それを取りに行くために、柴田は人目を避けて次の隠れ家へと走っていった。

 

 

「畜生!あの野郎、どこ行った?!」

わざと、原田たちを引き付けるようにちらりと姿を見せては、また見えなくなる。そうこうしている間に、すっかり見失ってしまった。

十字路で立ち止った原田がいらいらとすべての方向を見渡すのを隊士達は、流れる汗を拭いながら心配そうな顔で見ている。

「おい!!」

八つ当たりだとは分かっていたが、怒鳴る以外に何ができるというのだろう。
隊士達に走りまわらせても仕方がないとわかっていても、目を血走らせた原田は周りについてきた隊士達を怒鳴りつけて周囲を探し回らせた。

「原田さん!」
「総司!」

駆け付けてきた総司の姿を見て原田が悔しそうな顔で頭を下げる。

「すまねえ!総司」
「何を言ってるんです、原田さん」
「俺にも何が何だかわからねぇが、とにかく、あいつが神谷を連れて行っちまったのは確かなんだ」

逃げ去る姿を原田も見ている。
原田が一番訳が分からないまま、こんなことに巻き込まれていたのだろう。

ちっと鋭い舌打ちをした総司は、周りにいた隊士達をそれぞれ四つに割って、原田の周囲の道を探すように言った。そして、残った原田の目の前に立つ。

「時間がないので手短に話します。柴田さんにはずっと想う人がいたんです」
「知ってるよ!んなこたぁ!……そんなの、とうの昔に知ってたってんだよ!俺たち幹部は、隊士達の身上書には必ず目を通す。だが、柴田の話は身上書に書かれてあったこととはどうも違う。わかってたよ。そんな奴は、隊の中でも多いってこともな。間者じゃないことは俺が自分で調べたんだ」

飲み歩く柴田が心配で、密かに原田は一人で探った。紅糸との逢瀬を見たわけではない。夜中に抜け出した姿を見たわけではないが、柴田が生まれた家や、どうして一度浪人になったのか。

それを調べたからこそ、間者ではないなら、少しのことは目をつぶろうと思った。

総司とにらみ合った原田に総司は表情も変えず、その先を続ける。

「ご存知なら話は早いです。柴田さんはその方ではなく、違う方から頼まれて辻斬りを」
「!……やったのか。……本当にあいつはやったのか」
「私と神谷さんを二人連れと勘違いして斬りかかってきました」

ぐっと握りしめた拳を自分の太ももに叩きつけて原田は悔しさを滲ませた。

「だから!!あれだけ、言ったじゃねぇか……」
「私が、二の腕を軽く斬ったので神谷さんはその傷でも見かけたんでしょう。でも、柴田さんはいつまでも神谷さんを連れて逃げられるはずがない」
「……だな」

連れて逃げるには邪魔だろう。
邪魔になれば斬るしかない。

散っていた隊士達が再び集まってくるのを待つのも焦れてくる。
原田を置いてでも駆け出したいと思ったが、闇雲に探し回ってもらちが明かない気がした。

「原田さん……。柴田さんが逃げるなら、金を持たないってことはありませんよね?」
「ああ。そうだな。だが、あいつの行李の中にゃたいして残っちゃいねぇ」
「でも、柴田さんはこれを予想していなかったはずはない……」

左手を口元に持って行った総司は、少ししかない白い爪の先をきり、と噛みしめた。

「あっ!……原田さん!原田さん、さっき、柴田さんが住んでいた家を調べたって言いましたね?!」
「あ、ああ」
「今はどうなっているんです?!」
「隣だった家はもう潰されてない。柴田の家はそのままで誰も住んでないぞ」

どくん、と心臓が跳ねた。

「場所は?!」
「東九条のあたりだ」

柴田を追ってきた方向とは全く方向が違う。四条の方向に出張っていた総司は身をひるがえすと、屯所の方向に向かって走り出した。今いるところからは直角に進んだ先に柴田の家があることになる。

走り出した総司の後を追って、呼子を吹いた原田はそれに反応して戻ってきた隊士達と共に、総司の向かった方向へと追いかけ始めた。

柴田が屯所を飛び出してからどのくらい時間が過ぎたのかわからないが、朝の巡察を終えてからの出来事だ。昼に差し掛かる頃合いだけに、人通りもある。セイを抱えて目立たずに移動ができるはずもない。

それに、屯所の周辺ではこの騒ぎで人の目が集まっている。

―― まだ、間に合うはずだ!

セイのことも柴田のことも、紅糸のことも。
止められるなら止めたかった。まだ間に合うはずだと願いながら、総司は夢中になって走った。

 

– 続く –