迷い路 36

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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「まあいいさ」

立ち上がって、もうこれまでとばかりに背を向けた柴田に向かってセイは叫んだ。

「原田先生は!」
「原田隊長?」

それがどうしたといわんばかりに振り返った柴田は、不思議そうな顔で問い返す。

「そうだ!あれだけ柴田さんのことも心配してくれた原田先生や十番隊のみんなのことは?!」
「……関係ないな。すべては隊に身を置くための方便だ」
「嘘だ!毎日、毎日毎日だよ!?毎日一緒にいて、朝から晩まで一緒にいて、何とも思わなかったはずない!」

子供の言い分だといわんばかりに首を振った柴田は、何も答えずに立ち上がった。

「もうすぐここにも誰かが来るだろう。その誰かに助けてもらうといい」

玄関ではなく、庭に降りようとした柴田がぎくりとして足を止めた。
セイがその様子に気づいて庭の方へと顔を向けると、全身から湯気が立ちそうな総司が立っている。

「柴田さん。腕の傷は大したことないようですね」
「沖田先生。やっぱり神谷を助けに来るのは沖田先生ですか」
「神谷さんを離してください」

走り通してきた総司の体からは汗が吹き出して、頬を伝う汗が不快だったが指先にまで神経がびりびりと張りつめているだけに、それを拭うことはできない。

「困るなぁ。沖田先生。登場が早いんじゃありませんか。神谷ならここにいますし、腰紐は私がここから出て行ったらほどいてやればいい」
「いいえ。柴田さん。あなたがほどくんです。今すぐに!」
「そんな時間稼ぎは無駄ですよ」

このままセイを縛ったものを解いて、なんだかんだと話をしていたら結局は足止めされて捕まってしまう。その手には乗らないと、柴田はじりじりと後ろに下がった。

ゆっくりと間合いを変えないように庭から草履のままで部屋に上がった総司はほんの少しも柴田から目を逸らさずに、ゆっくりと刀を抜くと、セイの傍へと近づく。

「お、沖田先生!」

セイの目の前に立った総司がセイに向かって刀を差し向けると、自分も斬られるのかと動揺したセイは、総司の顔をみあげた。全身から吹き出す汗と同じように殺気が吹き出している総司はセイに目もくれない。

だが、向けられた切っ先を見ているうちに、セイはその意味を理解して自分からその刀に近寄った。

「ひどいですね。神谷も沖田先生からすれば捨て駒ですか」
「違いますよ」
「ええ!違います!」

セイがそういうと、自分から総司の刀に体を寄せて腰紐を切った。気を付けてはいたが、腕がわずかに切れる。腰紐から自由になったセイは切れた左腕を押さえて総司の傍に移動する。

「柴田さん。もう終わりです」
「いや、まだだ。まだ終わっちゃいない。剣術の腕は沖田先生にかなわないですけどね」

腰に差した刀を抜く気配もなくじりじりと後ろに下がっていく。それにつられてじりっと足を踏み出した総司を見てわずかに柴田の口角が上がった。

「沖田先生!」

とっさに総司の踏み出した足をセイは両手で掴んだ。本来、落ちるはずの場所からはるかに手前に足をついた総司は、つま先の妙に柔らかな感覚に踏み出していた足を戻す。
そして、今度は確かめるようにつま先で畳の真ん中を幾度か踏みつけた。

ふわふわと沈み込む畳に眉を顰めている間に、ぱっと柴田が身をひるがえした。

「まっ!」

手をついて立ち上がったセイと総司が走り出した柴田の後を追って、総司とセイが走り出す。脇差しか持っていないセイは、それを抜いて家の外に走り出る。

上等な着物に似合って、刀を抜く気配もない。ただ走って表に出た柴田の後を追った総司は、もやもやとした不安を覚えながら入ってきた庭を回って表に出た。

「ひゃあっ!!」

セイの声がした方向に向かった総司は、落とし穴に片足だけはまっている姿を見つけた。駆け寄ってセイを引き起こすとすぐに走り出した。

「神谷さんはここにいなさい!」
「沖田先生!」

叫ぶセイを置いて駆け出した総司はほどなく柴田に追いついた。山に向かって走り出した柴田を追った総司は、足を止めた柴田と向き合う。

「困った人ですね。どうして放っておいてくれないんでしょう」
「それを承知の上で隊に入られたのでしょう。どうです?最後くらい、お好きな剣術を極めてみては」
「どこまで行っても、下手の横好き以上にはならないことをご存知なのに沖田先生も酷なことを」

皮肉だといいながらもすらりと柴田は刀を引き抜いた。

「いい刀でしょう?備中藤原正永のようですが、少し私には重めなのがまたいい」
「それも誰かから奪ったものですか」

柴田の剣は、邪剣に近い。まっすぐに見せて、小手先で相手を打倒そうとするのがほの見えてしまう。だからこそ、ある程度になる前に、小細工を身に着けてしまった柴田の剣は、それ以上には伸びないと思う。

今の、総司と向き合って、正眼に構えでもすればまだしも、総司と向かい合っているにもかかわらず、切っ先を下に向けて右脇に側めた。

知らず、身の内の怒りが沸きあがってきて、総司は抜き身で追いかけてきた刀を横にすると、柄を口元に寄せる。
それだけの相手であるか否かではなく、そうでもしなければ怒りの行先がなかったのだ。

柄尻を握る方の手に跡が付きそうなほど強く握りしめた総司は一度手を緩めた瞬間、弾かれたように間合いを詰めた。

柴田の左の肩先に向かって、振るった刀と斬りあげられた刀は、切り結ぶことなくすぐに互いに離れ、再び八の字を描く様に互いに向かって繰り出される。
小手先の技には長けているだけあって、刃を痛めることなく、なんとかかわしていく柴田に、不意に総司が間合いを広げた。

二歩ほど下がり、総司の間合いにすればぎりぎりのところまで下がったところで、珍しく上段に構える。

「沖田先生に本気を出させるなんて光栄ですよ」

にやり、と笑った柴田に向かって総司が動いた。

– 続く –