迷い路 40

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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「お前さん、知ってたな」

桜香の目を覗き込んだ土方は断定口調でそういった。

問いではない。確認だ。

「へぇ。何がでっしゃろ?」
「紅糸がお前さんのことを柴田に話していたことも、柴田がお前さんに未練たっぷりだったことも、お前さんの客を手にかけていたことも」

何もかも知っていたのだろうといった土方の目をまっすぐに見返した桜香は、笑みを浮かべたままだったが、その眼は少しも笑ってなどいなかった。

「さぁて、どないやったか……」
「惚けるなよ。お前は全部知っていて、止めなかったんだろう?」

もう一度問いかけた土方の白扇を片手をあげて外した桜香は、嫌悪の色を浮かべて桜香を見ていた総司に向かって真っすぐに顔を向けた。

「知っていて、止めへんかったらなんぞ罪になりますのやろか?」
「……それだけじゃならねぇな」
「ならなにもいけないことはありまへんなぁ」

にこりと笑う桜香に土方は盃を差し出す。それを受け取った桜香は、誰よりも毅然としてその場にいた。

「紅糸ねぇさんは愚かでしょう。副長はんのお気持ちを向けたければ妓として勝負したらええのに、想うだけで満足なんやったらそれで大人しゅうしてたらええのや。皆、未練がましいから無様な真似して……。うちは、手に入れたいなら誰の力も借りひん。誰も信じひん。自分の望みは自分しかわからへんやないですか?」
「……」

黙って酒を注いだ土方は、盃がいっぱいになっても酒を注ぎ続け、慌てた桜香が手を引ひくとそのまま、残りの酒を桜香に向かって全部あけてしまった。
桜香の帯と着物が酒に濡れてしまったが、最後の一滴までも桜香に向かって振りかけると土方は立ち上がる。

「総司。用は済んだ。戻るぞ」
「わかりました」

土方の行動を止めることなく見ていた総司は、立ち上がってさっさと部屋を出て行く土方の後に続く。部屋を出がけに、溢れんばかりの盃をじっと見たまま動かない桜香の背中に向かって振り返った。

「桜香さん。あなたは潔いのかもしれません。人を頼らず、己の力だけで進もうとする。ですが……」

そこまで言って、総司は無駄なことをしたと軽く首を振って再び廊下に向かう。今度は桜香が振り返った。

「ですが、なんどす?そこまで言うておいてなんどすの?」
「あなたには無用のことを申しました。失礼」

たん、と大きな音をさせて襖を閉めると、総司は急いで土方の後を追いかけた。

 

 

帰りがけに女将と話をしていた土方のとった行動は総司には何も言えなかった。正直に言うとしたら大人だと思う。

「お前もこのくらいできるようになれ」

帰り道で叱るようにそういった土方に総司は、苦笑いを浮かべた。

「私には無理ですよ。土方さんのように女修行を積んだわけでもありませんしね」
「ならやれ。修行しろ」
「また無茶を言う」
「そもそもお前の奥手をどうにかするってことからこうして通うようになったんだぞ?」

ぶらりと提灯もなしに男二人が歩く。仄明るい月明かりの下でも、まだ宵の口ということで歩く人も多い。
土方は、女将に桜香を自分の馴染みにするといって心付けを弾んでいたのだ。

「そういや、お前。結局、紅糸とは寝てないのか」

いきなり核心をついた土方の問いかけに、ざざっと総司の足が乱れた。やっぱりそうかと、土方が笑う。

「な、何を!こんな夜に不謹慎じゃないですか」
「こんな夜だからだろ。仮にも肌を合わせたことのある女が死んだら、お前ならもっと違う反応をしそうだったのに、さらっとしてやがったしな」
「……さらっとなんかしてませんよ」

深い、深い闇を抱えながら一筋に土方を想って逝った人。総司にだけは話してもいいといった意図は、なんだったんだろう。

総司に止めて欲しかったのか、癒しを求めていたのか。

「正しい答えをあげられなかった……」
「馬鹿。男と女のことに正しいなんかあるわけないだろ。あるとしたら、それはその男と女の一組ごとに何通りもあるってことだ」
「何通りも……?」

総司とセイ、斉藤とセイ、中村とセイ。
セイにとっての正解が誰なのか、それともそれぞれに解があるのか。

「馬鹿だな。お前」

黙り込んだ総司の肩を土方は自分の肩先でとん、と突いた。

「惚れた女がいるならその相手とちゃんと向き合え。お前とその相手にもちゃんと答えはあるはずだ」
「そんな相手、いませんよ」
「ほんっとに馬鹿だな。嘘でも浅葱の娘がいるとかいっとけ」

方便につかった娘のことを言われた総司は、はは、そうでしたね、と頭を掻いた。奥深くに、根付いた感情についた傷は、少しのことでは表からは見えず、奥深くで少しずつ広がっていく。

門限よりはだいぶ早く屯所に帰り着いた土方は、よく休め、といって自室に戻っていった。

隊部屋で着替えて、風呂を使った総司はしばらく隊部屋の前の廊下にごろりと横になる。いくら考えても、確かに答えはでなかった。紅糸の想い人だった土方に答えはあったのだろうか。

いくら考えても答えが出ないことに嫌になった総司は、起き上がって胡坐をかくとそういえばこんな時にいつもならセイがいつの間にか傍に来ていたなとおもう。あれこれ話しかけられるうちにいつもなんとなく答えがでてきて。

―― そういえば、戻ってから神谷さんのところに行ってなかったな

床に手をついて立ち上がった総司は、庭下駄をつっかけると中庭を横切って、蔵へと向かった。

– 続く –