迷い路 8

〜はじめのお詫び〜
闇月庵、拍手でぽちぽち更新
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屯所に戻った総司は、帰営に気付いたセイが隊部屋まで迎えに行くと、途端に嫌そうな顔になる。

「報告だけじゃすみませんかねぇ」
「はぁ……。今回は邪魔をするなと釘を刺されてしまいましたので」

まさか、見ていたわけでもないだろうが、しっかりと先手を押さえられてしまったために、何かしらの理由をつけることもできそうにない。
申し訳なさそうなセイを前に、ぐずぐずとしていた総司も着替えを終えてしまえば後はどうしようもなくなって、仕方ないと腹を決めると隊部屋から足を踏み出した。

「あなたは来なくていいですから」

報告の内容が内容でもあるだけに、セイには来るなと念を押して総司は副長室へ向かう。

「おう。待ってたぞ」

まさに、刀を手にすればすぐにもでかけられるという姿の土方に、片眉を上げた総司は部屋に入りかけたところですっと半身を引いた。
半分開いた障子は、土方が通るためのものだ。

「まだ早いんじゃありませんか?」
「たまにはいいだろ。妓達はもっと後に呼んであるしな」

逢状を出したのはもっと遅い時間だが、早々と屯所を出るという土方が刀を掴むと、総司の目の前を廊下に出て、二人は連れだって歩き出した。

「で?わかったのか?」
「たぶん、としか。存外、難しいですね」
「ふ、む」

短い言葉を交わすと、揃って屯所を出ていく。屯所の中で交わすよりはよほど安全だと言うことらしく、そぞろ歩きを装いながらひそひそと囁き続ける。

「山崎さんから報告があった、柴田さんですが」

柴田はここ数年での募集に呼応して参加した隊士の一人で、大きな手柄こそないが、まじめな働き振りであった。剣の腕はそこそこで上達の見込みがさほどあるわけではないが、隊の中ではその明るい気性から皆を引っ張っていく役まわりでもある。
そんな柴田が、徐々にではあっても頻繁に飲み歩くようになれば当然、諸士監察の耳にも入ってくる。

「なかなか、難しいのは座敷に上がることがほとんどないんです。私も監察も随分探って入るんですが、ほとんどが原田さんや隊の仲間と飲み歩くことが多いので、これといった不審はなくてどうにも」

監察方だけでなく、総司や斉藤のような組長が動くこともままある。だが、そんな場合にこうしてなかなかネタが上がってこないというのは珍しい。

「神谷は、悪いのに引っかかってるみたいだと言っていたが?」
「それもちょっとあやふやですね。神谷さんが何を知っていてそう言ったのか、後で問いただしてみますが、その敵娼らしい方のところに足を運んだ形跡はここ三月はありません」
「三月も座敷に上がらず、か」

馴染がいてはまり込んでいるのであれば、三月も足を運ばぬというのはまずないだろう。座敷に上がる代わりに飲み歩いているなら、飲み代を花代に回す方がまだわかるがそれもないとなると、妓に入れ込んでいるというのは誤った話にも思えてくる。

腕を組んで歩く土方は、ふむ、と唸ったきり黙り込んだ。
確かに、飲み歩く飲み代も隊士から借り受けることもあると聞けば、単に何かの憂さを晴らすためなのかと思いもする。だが、おかしいと言えばおかしい。

「待てよ。さっき、たぶん、といったな?」
「ええ。もしかしたら、そうではないか、という程度の話なんですが」

相手の名を聞いた土方は、一瞬足を止めて総司の方へと向きかける。だが、結局何も言わずに再び歩き出すと、唐突にその話はそこで終りを告げた。それは、いくらゆっくり歩いていても二人の足では早々に花街へと近づいてきたからだ。

艶やかな色に染め抜いた通りにまだ灯りが入るかどうかという時刻だが、早い見世には格子の前に妓達が並び始めている。その前をゆったりと歩きながら揚屋に向かう。

暖簾をくぐると、すぐに女将が現れて土方と総司からそれぞれ刀を預かると、二人を座敷へと案内した。腰を下ろした二人に、手を付いた女将は愛想よく応じた。

「おこしやす。今日もお早い時間からおみえどすなぁ」
「ああ。むさくるしい男の顔ばかり見て飯を食ってもうまくないからな。早いが膳を頼む」
「おおきに」

丁寧に頭を下げると、すぐに部屋を出ていく。入れ替わる様に先にまずはと酒が運ばれてきて、土方の盃に酌をする。
お前も飲め、と勧められた総司は、初めの一杯だけは酒を受けた。

「仕方ねぇな。お前、今日は、もう一度、紅糸を呼んで艶文の一つももらってみろ」

んぷっ、と酒を吹き出しそうになった総司が手の甲で口元を拭う。

「どういう話ですか。別に文なんか関係ないでしょう。それに、紅糸さんは私なんかより、土方さんの方がお好みだと思いますよ」

どんな妓でも練れていない総司の方がいいという者もいれば、ひとしきり遊びを心得た、金払いもよく、後腐れもない土方の様な男の方がいいという者もいる。

私は野暮天ですから、と頭を掻いた総司に情けねぇ、と土方が呟いた。

「近藤さんでさえそこそこ遊びは心得てるってのにお前はいつになっても世話かける奴だなぁ」
「そんな世話なんか、それこそいい年をして余計なお世話なんですよ」
「だったらなんでお前は妓の一人もいねぇんだよ」

ぐっと言葉に詰まった総司は、手酌でぐいっと酒を煽った。
まさか、不犯の誓いを口にするわけにもいかないし、見合いの際の一目惚れというのも今更、嘘くさい。それでも、セイを想っていることだけは確かなので、我ながら情けない話だとは思ったがそれを渋々告白する羽目になる。

「私はいつぞやの浅葱の娘さんがまだ忘れられないんです。自分がいいんですから放っておいてください」
「馬鹿。未練がましいやつだな。だったら、その娘を探すなり似た女を探すなりすりゃいいじゃねぇか」
「未練がましかろうが、ほかの人じゃ駄目なんですよ」

いくら情けないといわれようと口にできることとできないことがある。土方には散々呆れられもしたが、なんとかやり過ごして、次々と運ばれてくる膳を楽しむことにした。

しばらくして、今日も艶やかな姿の紅糸と桜香が現れた。

「おまちどおさまです」
「きたな」

今日は桜香を隣に座らせた土方は、紅糸を総司の傍に座らせてしばらくは酒を飲んでいたが、今日は部屋を出るのも早かった。
桜香を連れて部屋出ると、紅糸がほろ苦い笑みを浮かべて総司の手を取った。

「また、こないなふられ妓どすけど、よろしおすか?」
「……すみません。紅糸さん。何の役にも立てなくて」
「いいえ。そないなことあらしまへん。沖田先生は、副長はんをつれてきとくれやした」

せめて、その顔を見られただけでもいいのだと微笑んだ紅糸に連れられて、再び部屋へと向かうことになった。

 

– つづく –