雷雲の走る時 11

〜はじめの一言〜
伸びる―伸びる―おれーたーち・・・・・
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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狭い橋の上で斬り合いになった三番隊は、思いのほか苦戦していた。
橋の上は幅が狭く、前後から敵に挟まれているために囲い込まれた格好になってしまっている。

いち早く、前方の敵の只中に切り込んだ斉藤は、あっという間に三人を斬り倒し、前方への血路を切り開いていた。前方の敵の後ろ側に回り込んで、名乗りを上げる。

「三番隊組長、斉藤一!俺を斬れば名を上げられるかも知れんぞ!!」

その一声で、腕に覚えのある者たちは一斉に無敵の剣といわれる斉藤に向った。その浪士達に列の前半分にいた隊士たちは後ろから襲い掛かる。

橋の半分まで斬り込んできていた者達は、それによって前後二つに完全に分かたれた。後半にいた者たちは後ろから迫ってくるものたちを、橋の際で押し戻していた。

この時点では、セイもかろうじて刀を抜いて、奮闘していた。
痛む肩は左側である。右の腕に比重を置いて、押し合いにならないように上手く立ち回っている。伊達に一番隊組長の愛弟子ではない。

セイがすばしこい動きで敵の間をかく乱し、その隙に次々に三番隊の者が斬り倒していく。そこまでは上手い連携に見えた。
後ろ半分の方は、斬り合いももう終わりという段になって、皆の気もほんの僅かに緩んだ。

セイは、橋の低い欄干近くにいて、刀を構えていた立っていた。
残っていた敵に斬りつけた、と自分自身で思った瞬間、セイの体は急に寄る辺ないものになっていた。

足元がなくなり、上下が逆さまになる。

思い切り誰かに突き飛ばされた、と思ったのは後のことで、セイは水深の浅い川面に叩きつけられていた。

「神谷?!」

派手にあがった水音と誰かの叫び声で、その場にいた者達にセイが川に落ちたことが知れた。
生き残ったものに次々と縄をかける者と、セイが落ちた川面を目指して橋を渡って船着きから駆け下りる者とに分かれていく。前方に離れていた斉藤たちが後方の動きと水音に駆けて来る。

「斉藤先生!神谷が川に!」
「何!」

斉藤は、振り返って伍長に生きている者の捕縛を指示しながら、船着きに駆け下りた。
すでに、隊士数人が川に入り、水面に叩きつけられて気を失ったセイを引き上げている所だった。落ちた瞬間に握っていたはずの刀も拾い上げられてきちんと鞘に収められた。

橋の高さを見上げてから川を見れば、男の彼らが入って腰のあたりまで来るかどうかという水の深さである。あまりに浅いように思えた。

そこに、全力で駆けつけた一番隊が現れた。ばたばたと橋のあちこちで縄をかけている者たちにすぐ、手を貸し始める。
橋の袂で隊士から事情を聞いた総司はすぐに斉藤の傍に駆け下りてきた。

「斉藤さん!」
「一応、無事だ。ただ、ここは水嵩がない。橋の上から叩きつけられたのでは、今は気を失っているが何処を怪我しているのか分からん」

びっしょりと濡れて意識のないセイの姿に、総司は胸の奥が引き絞られるような痛みを感じた。無理やり意識の外へそれを追いやると、引き上げた隊士からセイの体を引き受けた。

「松本法眼のところへ」
「頼めるか」
「もちろんです」

斉藤と総司の会話がそれぞれの焦りを表しているように思えて、周りにいる隊士達はせめて自分達ができることを、と走り出した。川に下りた者のうち、二人ばかりが戸板を担いでくる。
一度、腕に抱えたばかりのセイをぎゅっと抱きしめると、総司はその上に静かに寝かせた。そのまま、運んできた二人を斉藤から借り受けて総司は木屋町にある松本の元へ急いだ。

斉藤は、残った一番隊と三番隊をまとめて、屯所へ引き上げられるように次々と指示を出した。

 

 

結局のところ、十数名の捕縛という大きな捕り物になり、怪我人は軽傷者数名と川に落ちたセイだけだった。
報告に来た斉藤は土方の前に座っている。

「神谷の具合はどうなんだ」
「川から引き上げて息があるのは確認しましたが、あの高さから水嵩の少ない川に落ちたので、頭を打ったのかどうかも分かりません。松本法眼のところへ沖田さんが連れていっています」
「そうか。総司が戻ったら俺のところに寄越してくれ」
「分かりました」

疲れ切った声の斉藤が部屋を出ようと立ち上がったところに、土方が疑問を投げかけた。

「斉藤」
「は……」
「あいつは落ちたのか?落とされたのか?」

問われた疑問は斉藤自身も思っていたことだ。
落とされた、というには敵と対時していたはずである。真横に突き飛ばされるのはおかしいのではないだろうか。
とはいえ、落ちたのだとしたら、いくらなんでも足をとられて落ちるなどということはあるまい。

ならば、なぜどうやって落ちたのか。

「分かりません。その瞬間を見ておりませんし、見た者もおりませんでした」
「そうか。分かった。もういい。ご苦労だったな」
「失礼します」

斎藤が副長室をでて、その足音が遠ざかると、土方は予想より早い展開に唸った。そしてぽつりと、誰もいない部屋の中で呟いた。

「こりゃあ、まだ囮は続毛てもらうことになるな。神谷」

今は、容体もわからないセイに向かってその呟きは向けられていた。

 

 

松本の仮寓にセイを運び込んだ総司は、運んでくれた三番隊の隊士達に礼を言って、そのまま屯所に戻らせていた。
セイは、すぐに松本と南部の手によって奥の部屋へ運びこまれて、総司は通された部屋ではなく、奥の部屋の前に座り込んだ。

部屋の中の慌しい気配はしばらくして収まり、それからまた時間がたってようやく総司は奥の部屋へ通された。南部が手当の際の残骸を始末しに部屋から出て行くと、松本が渋い顔をしている。
座ることもできず、震える声で総司は問いかけた。

「松本法眼、神谷さんは……」
「橋から落ちたって言うから肝を冷やしたぜ。どうやらよほど上手く落ちたようで、ひでぇ打ち身はあるが、骨に障りはねぇようだな。後は身の内の臓物だが、潰れたりなんかしてりゃすぐに具合が悪くなってるだろう。恐らく今は、叩きつけられた衝撃で気を失ってるってぇところだ」

松本が見立てを伝えると、総司はセイのすぐ横にどさりと座り込んだ。

「よかった〜……」

思わず、溜息と共に安堵の声を上げた総司を、松本が苦笑いを浮かべて見ている。半分、泣きそうにも見える顔で総司はセイの顔を間近から覗き込んだ。

「ほんっとに……。この人にかかると心配ばっかりですよ」

総司は疲れ切ったように、けれどその顔には安堵の笑みを浮かべて松本の顔を見た。

それだけセイが大事だからだろう、とは、喉元まで出掛かって松本は言わなかった。セイの今の状態は、言うほど軽傷なわけではない。何処の骨が折れていてもおかしくないくらいの状態だったのだ。

そのまま付き添うという総司に任せて、松本は立ち上がると部屋を出て行った。

– 続く –