雷雲の走る時 13

〜はじめの一言〜
伸びる―伸びる―おれーたーち・・・・・
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「私は、また後で様子を見に行きますが、夜は巡察があるのでしばらくは神谷さんは松本法眼のところに預けようと思います」

総司は、近々の巡察予定を思い出しながら、土方に告げた。松本の所に預けている限りは大丈夫だろう。

「いや。明日、熱が下がって動けるようだったら連れて帰ってこい。また囮に出てもらう」
「土方さん……!」
「いや、神谷も分かってるはずだ。お前は、今日明日、隊務は伍長に任せて神谷についていろ。そして熱が下がって身動きが利くようなら連れて帰ってこい。いいな?」

あれほど心配していたのに、なぜか無理にセイを連れて帰ってこいという土方は、思いのほかセイを気遣う様子がない。ふっと、探るような目で総司は土方を見た。正面から受け止めた土方は、ぴくりとも表情を変えなかった。

「土方さん?どういうことですか?」
「神谷は分かってる」

土方は早くいけ、と言ってすでに手にしていたものに目を落としている。じっと隊務表を見ている土方に、これ以上聞いても無駄なことがわかると、総司は一礼して副長室を後にした。

隊部屋に行って、伍長に今日明日の隊務をまかせなければならない。

“セイが知っている”

総司には答えなかった土方がそういうなら、早く松本の元へ戻って聞くのが一番早い。隊部屋に行くと、伍長を呼んで、今日明日の仕事をまかせると、ついでに斎藤への伝言を頼んだ。

『手がすいたら松本のところへ来てほしい』

そう言付けると総司は再び松本の元へ向かった。

 

「松本法眼、痛み止めを飲んだら私、動けますか?」
「ん?どういうこった」

総司が屯所に戻ってから、セイは朝餉に粥を口にしたあと、松本の診察を受けていた。セイは、ひどく真剣な顔でどこかを見つめながら体を起こした痛みにじっと耐えていた。

「日をおかずに仕事に戻りたいんです」
「そいつはどんなわけだ」
「今、私は特命の任務についてます。だから戻りたいんです」

松本は黙ったまま、セイの背中を強く押した。飛び上りそうなくらい押された場所から痛みが全身に広がって、セイは喉の奥で小さくうめいた。

「どうだ。これで自分が動けると思うか」

ジワリ、と頭の芯まで痛みが広がる。セイは、一度、強く目を閉じてから払いのけるように目を見開いた。

「痛み止めはどのくらい効きますか?」
「わからん。こればっかりは当人じゃねぇとな。ただ、動かなきゃほとんど痛むことはないだろう」
「起きてみてもいいですか?」

松本はセイに手を貸して起き上がるところを注意深く見ている。どこに力を入れればどこが痛むのか、確かめるように、セイはゆっくりと体を動かして立ち上がる。かろうじて立ちあがって、背中を伸ばそうとした瞬間、ずるっとセイの体は崩れ落ちた。

「どうだ」
「まだ駄目ですね。でも、もう少ししたら動けると思います」
「いってぇなにやってんだ?おめぇは」

松本の問いかけにセイは、少し考えてから松本の目を見返した。

「隊務です」
「……ったく。馬鹿だな」

松本はそう言うと、セイに薬を渡して横になるように言った。セイは、素直にものすごく苦い薬を飲み下した。

 

 

その間に、少しだけ時間は戻る。

セイが川に落ちて運ばれた後、三番隊と一番隊は屯所に戻っていた。夜間のため、最低限の対応だけで後始末は翌日に持ち越されることになった。

ようやく、短い夜が静まった頃。
そっと三番隊の隊部屋から人影が滲み出てくる。

牧野正二郎。
捕縛された浪士を押しこめている蔵の前にその影は忍び込んだ。鍵は土方の元に保管されている。しかし、牧野は細い金具を手に、しばらくかちゃ、かちゃ、と弄ると思いのほか簡単に鍵が開いた。

牧野は、鍵はそのまま下に置いて、ほんのわずかに入口の隙間を開けた。そのまま、中を見ることなく、誰かに見られないうちに素早く隊部屋に戻って行く。
そこから捕えた者たちが逃げようと、そのまま残ろうと自分には関わりがないとばかりの姿だった。

 

再び松本に与えられた、とびきり苦い薬のおかげで痛みからは解放されたセイは、床の中で考えていた。

自分を狙えば逃げられる。そんな噂がでていたのは未熟者故に仕方がないと思う。しかし、本当にそれだけの理由だろうか。
巡察は少なくとも七隊で順繰りにまわっていく交代制だ。
一番隊の中の突破口としてだけならわかるが、七分の一の確率でそんな話がでるだろうか。

そして、その狙われ方だ。
不逞浪士達に命を狙われるならわかる。刀ではなくても、せめて匕首や短刀などならば。

しかし、今のセイの襲われ方はどちらかというと、少しずつ動けなくしていっているように思える。そんなことをして、誰が、何に、どうだというのだろう。

土方との密談の際に、ここまで話をしたわけではない。ただ、おかしいことはおかしいとは言った。襲われる機会を図るには、巡察にでている他の隊とも、同行しなければわからない。

少なくとも、一番隊との巡察は襲われる。
三番隊と一緒にいても襲われる。これはセイの予想通り、話が決まった後、どこかに知らせが行ったとしたら間に合うのは夜の巡察だと思った。それは合っていたらしい。
案の定、十番隊との巡察は襲われなかった。

残りは、五隊である。

もし、自分が狙われて、怪我の蓄積で身動きが取れなくなったら。それが噂として耳に入ったらどうなるだろう。
新撰組としては、巡察を強化するだろうか。
だとしても、不逞浪士達の活発化で怪我人が増えていることが根本で、不逞浪士達にとっては自分達の首をしめることにしかならない。

自分が知らない何かがあるのだろうか。

 

 

– 続く –