雷雲の走る時 14

〜はじめの一言〜
伸びる―伸びる―おれーたーち・・・・・
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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答えの出ない考えに悩み疲れた頃、総司が現れた。

土方に疑問と、囮作戦について話をしてもセイが総司にこのことを言わなかったのは、理由があった。土方にここまで言わなかったのは単純にどこまでも確証らしいものがなかったからなのだが、総司はそうではない。
もし、セイの懸念が当たった時、総司がどう思うかが怖かった。

少なくとも総司に確証もないことは言いたくなかったのだ。

「神谷さん、具合はどうですか?」

そう言って現れた総司を見て、セイは総司に黙ってはいられなくなってきたことを知った。土方が漏らしたのか、何かあったのかはわからないにせよ、総司の雰囲気が微妙に違う。

「今はものすごく苦い薬のおかげで痛くないです」
「それはよかった」

そういって、懐から何かを取り出してセイの口にぽん、と放り込んだ。しゃべりかけた口に、固いものと総司の指を感じて、セイがほんのり赤くなりながらこふっと軽く息を吐いた。

「甘い……」
「本当は金平糖でも買ってきてあげたかったんですけど、急いでいたので干菓子にしちゃいました」

申し訳なさそうに総司が言う。セイの口の中では、甘いのにどこかでひんやりとした涼やかな甘さが広がって、飲んでずいぶん経つのに、いまだに苦い喉の奥から苦さを取り除いた。

「ありがとうございます。おいしいです」
「よかった。もうひとつ食べますか?」
「後でに取っておきます。また苦いの飲まなくちゃ」

苦さを思い出して顔を顰めたセイに、総司がじゃあ、また後で、と言って枕元に包みを置いた。

「沖田先生」
「神谷さん」

二人の声が同時に重なった。セイが小さく詫びて、沖田先生からどうぞ、と呟いた。

「私は明日まで、貴女についていて様子を見るように土方さんに言われてきました。熱が下がってもし……」

途中まで言って、止まった総司にセイが続きを言う。

「動けるなら屯所に連れて帰れ、ですよね?」
「それから、理由は神谷さんが知っている、とも」

セイの枕元で、きっちりと姿勢を正して座った総司がセイを見つめる。嘘や、誤魔化しは通じないとばかりに。

セイは総司から視線をはずすと、痛む腕をついて、呻きながら半身を起した。いくら痛み止めが効いているにしても、痛む動きだったが、きちんと目線を合わせて話したかった。

「どうしたんです?横になったままでいいのに」
「いいえ、沖田先生。聞いてくださいますか?私の憶測にすぎない考えですが」

セイは、正面から総司を見た。その目には覚悟を決めた意思があった。

「話してくれますか?」

総司は、セイのまっすぐな目をみてその続きを待った。斎藤に来てくれるように声をかけてはあったが、それを待つべきだとは思っていなかった。

「沖田先生。近いうちに、屯所が襲撃されると思います」

あまりに静かにセイが口にしたので、総司は自分の耳が聞いたことを理解するのに間が空いた。

「は?」

総司は驚く、というより、一番隊組長としての顔付きに変わった。セイは、その変化を見ながら、筋道をたてて話し始める。

「まず、私の怪我と噂ですが、狙われるにしてはおかしいんです。突破口としてだけなら各隊に一人ずついるような人、たとえば組長を狙うならわかります。でもそうじゃない。巡察にでて不逞浪士が捕まるにしても、七分の一の確率のためだけに襲われるのはおかしいです。そして、その襲われ方です」

浪士に本当に狙われるなら、とっくに斬り殺されるか、刺殺されるかしていてもおかしくない。だが、どこまで行っても怪我は打撲や打ち身である。

なぜその程度で済むのか?
すなわち、襲われている、という事実と身動きができない程度の怪我でいいから。

それではなぜそれでいいのか?
年若の隊士が襲われる的になっている、となれば巡察の強化はもとより、隊内にも動揺が出るだろう。そして、いくばくかは、セイを守るために割かれるだろう。そして、次々と巡察や捕縛の度に誰かが怪我をして稼働状況が下がれば、何が起こるか。

新撰組の目が巡察という形で市中にのみ向けられているなら、その間に屯所を襲う。屯所に残るのは病人やけが人と、疲れきった当番以外の者たちがいくばくか。

そして、局長の近藤は出張中。

そこにすべての符号がそろった気がした。セイは総司にその理由を並べたのだ。

「そうは言っても……ちょっと話が飛躍している気がしますが」
「飛躍なんかしてません」
「だって、隊内のそんな瑣末な現状など、そこまで細かくわかりますか?」
「分かります」

いささか疑念に満ちた総司に、セイは一瞬目を下に落としてから再び顔を上げた。

「たぶん、隊内に」

そこまで言ってセイは言葉を切った。
それだけで十分だからだ。総司は、今、不審な行動で疑いをもたれている者を思い浮かべる。低い声で、総司はセイに近寄った。たとえ、そこが松本たちの仮寓だとしても、大きな声で話せることではない。

「……わかりますか?」

セイは首を振った。誰が、までは特定できていない。セイは近づいた総司を見上げた。

「私が勝手に考えているだけかもしれません。ここまで結論付けたのも今が初めてです。副長にお話したのは、怪我がこの程度なのはおかしい、ということだけです。それがなぜなのか、確かめるための罠を張るためにも囮として各隊に同行させてほしい、とお願いしたんです」
「それが、神谷は分かっている、ですか」

総司は、腕を組むとそのまま考えこんでしまった。
思った以上に複雑な話になっている。初めは単に、不逞浪士達に、セイのことが知れたのか、または、童と侮られて的になったのかと思っていた。
しかし、その裏があるとなれば、どういうことだろう。

隊内に間者。

土方や監察方の目を誤魔化してまでこれだけの真似ができるものがいるのだろうか。自分たち組長以上の幹部は常にその可能性は頭に入れている。だから、どんなに僅かな異常も見逃さないはずだった。

―― いや……。セイの怪我を見抜けなかった時点で、自分はすでに何かを見逃しているのかもしれない。

 

 

– 続く –