雷雲の走る時 15

〜はじめの一言〜
伸びる―伸びる―おれーたーち・・・・・
BGM:ヴァン・ヘイレン Ain’t Talkin’ ‘Bout Love
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「沖田先生。あの……」
「まだ、他にも何か?」
「その……、屯所に、戻っていいですか」

セイは、これ以上総司にこんなことを考えさせたくはなかった。そもそも、一番隊にも三番隊にもそんな疑わしいものがいると思わせるのが嫌だった。昨日今日、補充された隊士がいたわけではない。
一番隊も、三番隊も、このところ新しい者が増えているわけではないのだから、以前からいて、総司や斎藤が信頼している人だったらと思うと、間違いであってほしかった。

それでも、もう疑いは形をとり始めている。これ以上黙っていて、事態が最悪の形を取ってからでは遅いのだ。

セイは、自分自身ではまだ屯所に戻れる体だと思ってはいなかった。それでも、こんなことを総司に話してしまったからには、一刻も早く事態を掴むために、自分が囮になることでわかることがあるなら、と思ってしまう。

「貴女、自分の状態を分かっていて言ってます?」
「もちろん……きゃっ、いっ………………っっ!!!」

セイの間近にいた総司は、セイの体に両腕を回すと、なるべく倒れた衝撃が伝わらないように気を遣いながら、セイの体を布団に押し倒した。
抱きかかえられた瞬間、悲鳴を上げたセイはそのすぐ後に、横にされた痛みで飛び上がりそうになる。かろうじて呻き声を飲み込んだセイは、涙目になったまま、しばらくはその痛みが収まるのを待った。

総司は、セイの体からなるべくそっと両腕を離して、セイの顔を真上から見下ろした。

「これでもまだ屯所に帰りたいといいますか?」
「沖田先生、問いかけばかりでずるいです……。どうせなら、いつもみたいなお仕事口調で言って下さればいいのに……」

他に答えようがなくてぶつぶつとセイは不満を漏らした。確かに、ここしばらくの総司は、セイに問いかけばかりで返答や必要な答えを導き出している。いつもの年上の者からの紋切型でだめだというような言い方ではない。

「私だって学習しますもん。貴女にどういえば納得させられるかとか……」

 

「アンタなにしてるんだ、沖田さん」

その声にはっと気がつくと、総司は自分の姿に飛び上がった。
セイの体を横にした腕をそのままセイの両脇に置いていて、見ようによってはセイの上に圧し掛かっているように見える。
静かに襖をあけて部屋に入ってきた斎藤は、ぼそりと総司に向かって投げかけながらも、こめかみがぴくぴくと震えていた。

がばっとはね起きた総司と、その腕の下からでて、起き上がろうとしたセイは、二人揃って真っ赤になった。

「あっ!!いやっ、これはですね!神谷さんを寝かせていて」
「あたたたたっ。そっ、そうですよ、いつまでも私が起き上がっていたから」
「寝かせようとするとあの体勢か」

―― どうすれば一体そんな体勢で寝かしつけるやつがいるんだ!!

そんな斎藤の内心の声が、別の言葉で総司にぶつけられる。

「アンタ、人に来いと言っておいて、そうやって楽しんでいるとは何事だ」
「さ、斎藤さん!!私は楽しんでなんか!!」

―― だったらその赤い顔はなんだ!!

総司が動揺すればするほど、斎藤は苛立ちを感じる。これ以上総司をいじめてもますます自分が面白くないだけだと自分を納得させた斎藤はようやく話を切り換えた。

「まったくもって冗談だ。それで?なんで俺を呼んだんだ?」

ふん、と腰を下ろした斉藤に動揺していたセイと総司も改めて顔を見合わせて頷いた。

「神谷さん、斎藤さんにも聞いてもらいますよ?」

それまでの総司とは一瞬で顔が変わる。セイは、横になったまま頷いた。

「実は……」

総司は、セイが話したことを同じように斎藤に話して聞かせた。話を聞いた斎藤は、腕を組んで黙然と黙り込む。
しばらく黙りこんだ後、斎藤はその表情のまま二人に向けて口を開いた。

「アンタ達はまだ知らないと思うが……。夕べ、捕まえた不逞浪士達を閉じ込めている蔵の錠前が破られた」
「いつですか?」
「えぇっ!!」

総司とセイの声が重なる。調べは明日、ということになって、皆が寝静まった頃に明らかに外側から誰かが開けたものだった。
縛られていた不逞浪士達は、そこから如何様にしてか、逃げだした。おそらく手引きした者がいたのかもしれない。そうでなければ、それだけ手際よく逃げられはしない。

「沖田さんが屯所を出た頃に数人は捕縛できて屯所に戻った」

だが、逃げ延びた者もいる。

斎藤は、自分の考えたことが現実になったことに青ざめているセイの顔を見た。

「神谷。俺も、副長と同じ意見だな。動けるようなったら屯所に戻ってくれるか」
「斎藤さん!」
「沖田さん。あんた、最悪の事態になってから神谷を戻すのか?それとも、その前にできることをやらせるのかどっちなんだ」

総司は、反論することができなくてただ俯いた。

―― 確かにそうだ

今、セイをここに置いておきたい。今のひどい状態のまま無理をさせたくない。
だが、何か起こってしまえばそんなことも言っていられなくなる。そうなってからセイを戻すのか、と言われれば否と答えてしまう。
だけど、今のセイはほんの数日で回復するような怪我ではないはずなのだ。それを仕事といえば、また無理をしてしまう。

「沖田先生」

セイが下から総司を見上げた。いつもよりもさらに低い位置だけに、俯いた総司の顔が見える。

「そんな顔なさらないででください、先生。私だって、身動きがとれもしないのに無茶なことはしません。熱が下がったらということは、今日はまだ動けないのと一緒です。熱が下がれば、腫れも収まってきているということで、痛みも減ります。そうしたら動けますよ」
「……神谷さん」

総司は何と言うこともできずに、セイを見た。

―― 二対一では敵いませんね

「分かりました。斎藤さんは、この話を土方さんに伝えてもらえますか?私は、神谷さんについているように言われてるんです。少なくとも明日まではね」
「……よかろう」

―― ちっともよくはない!!

総司以上に、斎藤は仕事に忠実だったといえる。

 

 

– 続く –