雷雲の走る時 3
〜はじめの一言〜
おっちゃんって意外といい味ですね
BGM:Kalafina Kalafina_oblivious ~ 俯瞰風景
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奥の部屋の前で、気配を殺して総司は立ち止まった。中の話し声は続いている。
「そう言われても、これだけ忙しくて怪我をする人は元々増えてるんですよ?私だって、これだけ出動していて、こんな程度ですんでることを褒めてくださいよ!絶対、大丈夫です!」
言い返す声と共に、しゅる、と衣擦れの音がする。診察を受けたセイが着物を身に着けているのだろう。身支度が済んだ頃合を見計らって、すらりと障子を開いた。
「それで?何を私が知らないんです?神谷さん」
はっきりとしたその声音には、組長としての厳しさが滲む。振り返ったセイの顔には、はっきりと顔にまずい、と書いてあった。
「いえ、その怪我がなかなか治らないなぁと……」
「神谷さん?」
総司がその肩口に手を置いて軽く引いただけなのに、一瞬、電流が走ったような痛みに、苦しげな色が走った。腕を組んで様子を見ている松本の前で、総司はセイの手を掴んだ。
そのまま今、引き寄せた肩口までセイの袖を捲り上げる。
「!!神谷さん、貴女、どうしたんですか!」
捲り上げた左腕から肩にかけて、どす黒い痣と打ち身の跡がある。稽古や出動の際に付いたにしても、かなりひどいもので相当痛むはずだ。
「私はこんな報告など聞いていませんよ?」
今度は、はっきりとその声に怒りが含まれている。セイは慌てて腕を隠しながらなんでもないのだと言おうとした所に、腕を組んでみていた松本が割って入った。
「それだけじゃねえぞ。背中にも反対の腕にも足にもいたるところにありやがる。まるで、どこかで捕まって責め問いでも受けたのかってぇくらいだ」
「神谷さん!!」
余計なことを言う、と松本に言いかけたセイは、総司に叱りつけられて、ひぇっと首を竦めた。
総司にしてみれば、いつの間に、である。出動の際は自分も共にいるし、稽古だとてこのところの多忙でそんなに荒稽古をしているわけでもない。
「申し訳ありません。沖田先生。こんなの、私が未熟だからなんです。お気になさらないでください」
「気にしないわけにいかないでしょう。そんな有様でまともに刀が握れますか?きちんと報告もできない人は私の下に必要ありませんよ」
「沖田先生!!」
驚いて顔を上げたセイが観念したのか、ぽつぽつと語り始めた。
「初めは、いつだったかも覚えていないんですけど、忙しくなり始めた頃だと思います」
巡察から帰ると、何処で打ち付けたかはっきり覚えていないものの、二の腕に痣ができていた。
それが始まりで、御用改めの最中や出動の最中に細かい怪我が増え始めたのだ。とはいえ、通常でも捕り物の最中は慌しく、腕をぶつけたり膝を付いたりということが当たり前におこる。
だから、一々報告していなかったのだ。
自分の体を抱くように腕を回したセイを、痛ましい顔が見つめる。だからといって、新撰組の隊士として名を連ねるならば、特別扱いなどはできないのだが、何とかしたいと思ってしまう。
「だからって……。これはどう見てもおかしいでしょう?」
「でも、本当に、こんな打ち身なんて出動したらいくつできるかわからないじゃないですか。そう思ったら私が未熟だからですし……」
眉間に皺を刻んだ総司には、わかったと素直に頷けはしなかった。厳しい目がセイに向けられる。
「神谷さん。貴女、巡察や出動から外れなさい」
「沖田先生!」
「一番隊から外れろとは言いません。ただ、怪我がすべて治りきるまでは怪我人の看護ということで屯所に残りなさい」
「嫌です!」
涙目になったセイが、総司の胸元に縋りついた。
今は、どの隊も人数がぎりぎりのところで回している。一番隊はその中でも出動回数が多い分、怪我人も多く、すでに他の隊から何人か出動の際には必ず借り出している状況だ。
そんなところで自分が留守居に回ればますます人数が足りなくなってしまう。
だがこればかりは総司も譲るわけにはいかなかった。
「こんな状態でついてこられても足手まといです。貴女を庇うために他の人が危険にさらされてもいいのですか」
突き付けられた言葉に、ぐっとセイは答えられなかった。今日も、山口と相田が庇ってくれなければもっとひどい怪我か、悪くすれば今頃、冷たくなっていたかもしれない。それを思えば、反論しにくくなる。
「怪我を治すことも隊務です。神谷さん、これは組長としての命令です。貴女は当分怪我が治るまで屯所に残って他の怪我人の面倒を見なさい」
「……わかりました」
総司の言葉に、渋々、鉛を呑み込んだような気持ちでセイは頷いた。
首には今日の傷口を押さえるために包帯が捲かれている。痛々しい傷に総司が眉を顰めたまま、ふいっと顔を逸らした。
その様子を見ていた松本は、セイに山盛りの膏薬と飲み薬を渡した。二人を送って玄関先まで出てきた松本は、総司にひっそりとセイを頼む、とだけ囁いた。
総司は小さく頷きを返して、セイと共に屯所に戻った総司は、隊部屋に戻っているようにセイには言い置いて、土方の部屋へ向った。
「屯所全体で怪我人が増えているのもそうですし、神谷さん自身も巡察や捕り物のたびに怪我をしているので、しばらく屯所に置きたいと思います」
しばらくの間、増えた怪我人の面倒を見ることをかねて屯所に留守居させておきたい、と総司は土方に願い出た。ただでさえ、人員のやりくりで頭を抱えているところにさらにセイを残すといわれれば、土方の渋面が深くなる。
「あいつの怪我が多いってのは、そりゃ、あの豆鉄砲が突っ込みすぎなんじゃねぇのか?」
「いえ、極力自分の傍にいるようにさせていますし、突っ込みすぎているということはないんです。それに大きな怪我ではないものがほとんどなので、そういう話ではありません」
「お前が過保護すぎるんじゃないのか?神谷だって、一番隊の中でそんなに弱いわけでもないだろう。打ち身くらいで休ませてられねぇぞ」
確かに、最近のセイは隊内でも精鋭中の精鋭を集めた一番隊の中でも、総司の愛弟子だけあってそうそう引けをとるものではない。
今は、他の隊士もそれなりに怪我や傷が耐えないのも出動回数の最も多い一番隊だけに仕方が無い話だ。
「それはわかってます。とにかく、怪我人の看護もかねてしばらく神谷さんは留守居させます!」
「ああ、もういい。分かった。それよりもこの状況を何とかする方法でも考えやがれ」
疲れ切ったように、土方が書類を投げ出した。そこには、このところで捕縛した人数や出動した回数などを会津藩に報告するためにまとめたもので、通常の倍以上になっている。
初めは新撰組の存在を強調するためにも、激をとばしていたのだが、これだけ続き、隊内にも怪我人や病人が増えていくと通常の隊務にも支障が出てきてしまう。
「そうはいっても、お上の方ではこれといった動きは今のところありませんし、その隙を狙って動く者が出てくるのは仕方ないんじゃないですか」
「分かりきったこと言うんじゃねぇよ。それでも何か一発、かましてやれれば少しは落ち着くんだろうけどな」
言っても仕方が無い、とばかりに土方は総司を追い払うように投げ出した書類を取り上げて、片手を払った。とにかく、土方の許可を取り付ける事には成功したので、総司は副長室を後にした。
– 続く –
るーさん こちらこそ、年単位のお願いをかなえてくださってありがとうございます。 …
わーい!喜んで頂いてめちゃくちゃ嬉しいです!いつもありがとうございます! 褒めら…
おはようございます。 コメントありがとうございます。こちらこそ、今、風にはまって…
風の新作うれしかったので、こちらにもお邪魔します^^ 風光るにハマってしまって1…
そりゃーお返事しますよ!もちろんじゃないですか。 そんなこんなで久々にちょいちょ…