〜はじめの一言〜
ここではカップルじゃないので、一緒にいるだけですよ。

BGM：
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「少し飲みますか」
「よろしいんですか？！」
「いいですよ。明日から、あなたもまた幹部棟で大変でしょう？今日ぐらいは労ってあげますよ」

やった、と小さく声を上げたセイに酒を注ぐ。疲れて帰ってきたセイがこうして酒を飲んだらきっと、あっという間に眠ってしまうだろう。

盃の酒をぺろりと舐めてから、残りをぐっと一気にあける。そこに再び酒を注ぐと、今度は躊躇わずに一気に行く。空きっ腹ではないが、この時間にこの勢いでぐいぐい飲んだら間違いなく酔う。

「おいっし……。さすが兄上ですね！」
「……買ってきたのは私なんですけど……」
「兄上は、やはり日頃からあちこちでお酒を嗜まれているからお詳しいんでしょうねえ。格好いいなぁ」
「いえ……、あの、私が買ってきた……」

注いでは、次をねだられて、少しと言っていたのに、気が付けば残りのほとんどが無くなりかける。酔っぱらってきたセイが、あれぇ？と首を傾げた。

「せんせぇは飲まれないんですか？」
「飲みますよ、飲みますけど、神谷さんがぐいぐい行くから……。それよりも、あなた、仕事はうまくいったんですか？」

今回セイが出かけていたのは、大阪にある某下屋敷に出向いていた。幕府方の承認を得るために、土方の名代として向い、文を届けたところから始まる。その返事をもらうのに二日、さらにその返事を土方に送り、指示をもらってまた向かう。

土方が納得する結果になるまで、何度も足を運んだのだ。
もちろん、土方からはおおよその駆け引きの方法、理想の結果と最低でもここ、という落としどころの指示を受けていたわけで、宿で待機しているだけの時間も多かった。

「いつ、お使いが来るかわからないから、長いこと宿をあけられなかったんで……。あれぇ？どこに荷物置いたっけ……」

隊部屋で背中に背負っていた荷物を置いたこともすっかり忘れてしまったセイが、四つに這ってのそのそと着替えのところまでむかう。

「ちゃんと沖田せんせぇにお土産を……」
「ちょ、神谷さん。いいですよ、あなたさっき、隊部屋に置いてきたじゃありませんか」
「えぇ？じゃあ、ちょっととって……」

睡魔がおそってきたのもあって、ふらふらになりながらも立ち上がりかけたセイの体がぐらりと傾く。慌てて立ち上がった総司がその体を支えた。

「いいですってば。もう、ほら、布団を敷きますからおやすみなさいよ」
「なんでですかー。まだわたしは沖田せんせーとお話したいです。明日から鬼副長のせいで何も悪くないのに、沖田せんせーと会えないんですよー、せんせーはそれでいいんですか？」

真っ赤に酔っぱらったセイの目が座っている。体を支えているから余計に間近に迫る顔に総司はドキッとして顔を逸らした。
セイをその場に座らせておいて、あたふたと部屋の隅に置いてある布団を広げる。枕を置くのもそこそこに、座り込んでぶつぶつと文句を言っているセイの手を引いて布団に横にならせた。

寝間着の脚が肌蹴て、白い足が膝のあたりまで覗けていても、さすがにこれだけ一緒にいれば平気のはずだったのに、今はほんのりと上気していて、とろんとした目で見上げられるとどぎまぎしてしまう。

「な、な、なにしてるんですかっ！ほら、布団をかけないと風邪をひきこみますよ！」

ばふっとセイに布団をかけると、自分の分の布団も少し離してから隣に敷く。振り返ると、すでにセイは目を閉じていて、苦笑いを浮かべた総司は、行燈の灯りを暗くして、火鉢の火に灰をかけた。お盆の上に、酒やセイが食べた皿を乗せて部屋の隅に寄せると、刀掛けを枕元に置いて横になった。

廊下側に横になっているから総司からはセイの寝顔がよく見える。気持ちよさそうに眠っている顔を見ているだけで、胸の奥にふつふつと温かいものが沸いてくる。

セイがいなかった間のことがまるで嘘のように溶けて行って、セイが出かける前がはるか遠くに感じた。

誰かにこんなにも心を奪われるなどあってはならないともわかっているのに、心だけはままならないことを総司は身を持って体感している。

―― かつての私は何も知らなかったんですねぇ……

守りたいものがあるということが自分を強くすること。
それを知ってからはこの愛おしさを大事にしようと心に決めていた。

目の前ですやすやと眠る顔はいつまででも見つめていられる。気が付けば総司もいつの間にか眠りに落ちていた。
相変わらずの寝相で、転がってきたセイに片腕を貸しながら、その温もりがますます心地よい眠りを誘う。

総司も自分自身では気づかない緊張の中で溜めていた疲れを、一夜にして流し去った。

「……神谷さん。神谷さん！」
「はいっ！！」

がばっと飛び起きたセイは、そこがどこか思い出せなくて心臓が飛びさしそうになる。

「はっ？！あれっ？！」
「おはようございます。神谷さん」
「えっ！沖田先生っ？」

飛び起きたセイの目の前でニコリと笑う総司が片膝をついて、笑っていた。
きょろきょろと驚いてあたりを見回したセイの前髪をくしゃくしゃと総司が掻き回す。

「目が覚めましたか？起床の太鼓が鳴る前ですけど今日から罰を言い渡されてますからね」
「あっ！！」

二度目の驚きに声を上げたセイはようやく、昨夜のことを思いだした。そして、目の前にいる総司の顔を見る。

「……おはようございます」
「はい。今日からしばらく顔を合わせることはできませんけど、同じ場所にいますからね」
「……はい！沖田先生」

昨日、戻ったセイを屯所に帰る途中で、総司はセイをお帰りと言ってその腕に抱きしめてくれた。あの時、セイは本当に帰ってきたと思ったのだった。

それを思えば、七日の時間もあっという間のはずだ。屯所にいてはいくらでもやることはある。そして、顔を見られなくても総司の存在を知ることはできるはずだ。

「沖田先生」
「はい？」
「七日が終わったら、お休みですよね？」
「まあ、そうなりますねえ」

ぱっと布団の上に正座をしたセイが、ニコリと笑った。

「なら！お休みになったら一緒に団子を食べにいきませんか？みたらしの焼きたてのやつがいいです」

焼きたての団子に醤油餡をとろりとかけたみたらしを思い浮かべた総司の顔がふにゃと崩れる。

「焼き立て……。あんこもいいですけど、みたらしは甘辛いところに濃いめのお茶を飲むとおいしいんですよねぇ」
「ええ。ものすごくおいしいお団子、行きましょう」
「はい。じゃあ、まずはこの部屋を片付けて、隊部屋に一度戻ってから、支度をなさい。局長の部屋にまた荷物を運ばなくちゃいけないでしょうから」

頷いたセイは、ようやく我に返って、だらしなくなった寝間着を整える。すぐ起き上がって、先に部屋をでた総司の分も布団を片付けると、一度着替えを持って隊部屋に戻る。

そろそろ起き出し始めた隊士達の間をぬって、着替えを手にすると再び部屋に戻って、寝間着を着替えた。襷をかけまわすとよし、と気合を入れて布団を担ぎ上げる。

「よーし。がんばるぞお！」

―― やっぱり、先生の傍にいるのが一番！

気合いを入れたセイは、大きく障子を開いて冷たい空気を吸い込んだ。空は今日も澄み切って晴れ渡るだろう。

–　end　–