桜吹雪の向こうがわ ~拍手お礼文掲載

〜はじめのつぶやき〜
長いと難しいかも。どちらが生きていて、どちらが空にいるのか、離れているのか、傍にいるのか。
微妙~な感じにしたくて書いてみました。

BGM:
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「今年の桜は遅いみたいですよ、先生」

台所仕事を終えてから、庭箒を手にしたセイは、台所から表にでて家の周りを丁寧に掃き清め始めた。
庭に植えてある小さな梅の木は、日当たりがよくないこともあって、あまり大きくはならず、とっくに満開になってもいいくらいなのに未だに半分程度しか花が咲いていない。

『二十一、二十二、二十三。梅と桜が一緒に見られるかもしれないと思えば贅沢じゃないですか』

呑気な声はいつも変わらない。
もう忘れそうなほど前だというのに、セイが言い間違えたのをきっかけに、百億まで数えるために、百まで幾度も繰り返し総司は数えてくれた声が聞こえる。

数を上がっていくのではなく、百を一億回繰り返す方法にした理由を聞いたのは、随分後になってからだ。

『だって、こうしておけばいつまでも神谷さんの耳に残るでしょう?』

そういわれて、怒ることも反論することもできずにただ黙って泣き出したセイを、いつものように馬鹿ですねぇといって腕の中に収めてくれた。

いつ、何が起こるかわからないから、後悔しないように。
想いを伝えてくれた。

見えない積み木を繰り返し、繰り返し、積み上げては崩し、積み上げては崩して、目の前につみあがる他愛もない日々を忘れずに生きていけるように。

日差しだけが暖かいだけで、吹く風の冷たさに前をかき寄せた総司は空を見上げた。

『数え方を忘れないようにしたのは先生がずるいからでしょう?』

きっと、一人では歩いていけなかったのは総司の方だ。
受け止める手がなかったら、聞いてくれる者がいなかったら。一歩も進めなくなるような昏い時代さえ、一筋の明かりがあれば、歩き続けていられた。

「だって、誰も聞いてくれなかったら、いくつまで数えたのかわからなくなるじゃないですか」

言い訳じみた呟きも聞くものがいなければ空気に溶けていく。
それでも、言葉が溶けた先を風が攫って行くなら、きっと耳には届いているはずだ。

「沖田先生?」
『神谷さん』

春はまだ遠くて。セイが掃き寄せるのはまだ枯葉ばかり。

「神谷さん」
『沖田先生?』

もうすぐ春がくるはずなのは、日の当たる先で綻ぶ梅の蕾が教えてくれる。

 

―― もうすぐ。
―― ええ、あと少し。

桜の花を思い浮かべると口元に笑みが浮かぶ。

 

 

– 終わり –