口笛
〜はじめのひとこと〜
お誕生日のお祝いにリクエストを聞いてみました
BGM:ひとり
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風にかすれるような音を聞いた原田がまるで犬笛を聞きつけた犬のように顔をあげた。
「?」
「どうしました?原田先生」
「いや……」
隊部屋から廊下に顔を出してきょろきょろとあちこちを見ている原田にああ、と隊士が気づいて笑った。
「神谷ですよ。先生」
「あぁ?」
隊士の指さしたほうを見た原田は、廊下を歩いていくセイの姿がある。移動していくのに合わせて掠れるような音が移動していく。
廊下に手をついていた原田が隊士の顔を見上げた。
「なんだ?ありゃ」
「口笛吹いてるんすよ」
「口笛か!」
掠れるような音が徐々に離れていく。呆れたような顔で隊部屋に戻った原田が首を振って隊士達を見た。
「何かと思ったぜ。風が強いわけでもねぇし」
「おかげで隊士達がちょっと」
「ま、総司がなんとかすんだろ」
君子危うきに。
屯所の中では知れた合言葉である。
「っと」
機嫌よく片付けていたセイが手にしていた書類を取り落した。土方にしまえと言われた書類を運んでいたところで屈みこもうとしたセイの目の前でそれを拾い上げた手がある。
「……手伝いますよ」
「沖田先生。すみません、今日はちょっと多くて……」
セイが抱えていた書類の上から数冊を取り上げると、拾い上げた一冊を重ねる。片手でそれを持つと、セイの手から残りの資料すべてを取り上げて、片手で持っていた数冊を代わりに渡した。
「蔵までですか?」
「はい。申し訳ありません」
肩を竦めた総司は首を傾けて歩き始めた。セイとともに蔵に向かうと資料をそれぞれ決められた場所へと納めていくセイの背後で、その様子を見ていた。
「何かいいことでもあったんですか?」
「え?特には……。そう見えますか?」
「ええ。なんだかすごく」
機嫌のいい、というのもおかしいかもしれないが、幸せそうなセイを見ていると、それだけで幸せな気持ちになる。ただ、それがもう少しだけ平和な場合に限る。
総司の思いとは裏腹にセイは特に気が付かない風で次々と手を動かしていく。
「別に……。何があったわけじゃないんです。でもなんだかこういう日はいいですね。仕事も順調に片付くし、お天気も良かったし」
―― こうして先生と一緒にいられるし
最後はもちろん口にするわけがないが、ふふっと嬉しそうに笑った口元につい視線が向いてしまった。腕を組んで寄りかかったままの総司をセイが振り返った。
「先生?どうかしました?」
黙ってセイを見ている総司が気になって、セイは抱えていた資料を置いて総司のもとへと一歩近づいた。
「いや、貴女の言う通りだなぁと思ってただけですよ」
「そうですか?」
総司が普通に応えてきたので不思議そうな顔をしたものの、元の棚に戻ってセイが資料をしまい始めた。再びセイが口笛を吹きながら片付けていくセイに総司のほうが近づいた。
傍に置いていた資料を手にすると一緒になって片付け始める。
「あ、先生。大丈夫ですよ。すぐ終わりますから」
「一緒に片付けたらもっとはやいでしょう?」
確かに、高い段に置くものは後回しにしていたのでそれがみるみる片付いていく。すべてを仕舞い終えると、満足そうにセイが振り返った。
「ありがとうございます。先生。思ったよりも早く片付きました」
「ぶっ」
「へっ?」
「神谷さん、埃がついてますよ」
まるで髭のように鼻の下についたほこりに吹き出した総司が袖口でセイの顔を拭ってやった。慌てたセイが自分の顔を自らの袖口で拭う。
「やだなぁ。とれました?」
「はいはい。大丈夫ですよ」
笑っていた総司が頷いて、セイの顔をみるとふとその唇に手を伸ばした。
「沖田先生?」
「口笛、最近よく吹いてますよね」
「え?ああ。なんか気に入っちゃったんですよね。うるさかったらすみません」
「うるさいんじゃなくて……」
自分の口元に手を当てた総司は少しの間黙り込んでから、気まずそうに顔を逸らした。
「その、うるさいわけじゃないんですが、やめてもらえると助かります」
「あっ!はい!子供みたいなこと、申し訳ありませんでした」
「そうじゃなくて!そうじゃなくて……。~~っ」
説明に困った総司がぐっと片手を伸ばすとあっという間にセイの唇に触れてすぐに離れた。ばばっと口元を押さえて真っ赤になったセイの肩に手をおいて総司が囁いた。
―― その、口の形が口づけをする時みたいに見えるので……
真っ赤になったセイが理由を聞いてさらに赤くなる。こくこくと俯いて頷いたセイの月代にちゅっと口づけた総司が、困った顔で微笑んだ。
―― 今度は私の前だけにしてくださいね
– 終わり –