初夏の悪戯 1
〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。セクハラ先生とでも言いましょうか。ぎりぎりですね。
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よくよく磨き上げた廊下に満足したセイは、雑巾を桶に放り出して立ち上がった。
「これはまた……。よくここまで磨きましたねぇ」
「だって、雨降りの日が多いとじとっとして艶もなくなるし、汚いし、雨の跡がそのままだと汚いじゃないですか」
腕を組んで仁王立ち姿のセイを隊部屋から眺めていた総司はやれやれ、と羽織を引き寄せた。セイが終わるまで大人しく背後で待っていたのだ。
「さ、満足したなら早く片付けてらっしゃい」
「はぁい」
頷いたセイが桶を手にして、庭に降りようとした瞬間、ずっと屈みこんで床を磨いていたために足が強張って、庭下駄に突込み損ねた足が引っかかった。慌てれば慌てるほど姿勢を崩してしまったセイは面白いほど見事に転ぶ。
「あ、あ、ああ〜っ」
「あっ!神谷さっ……」
思わず立ち上がった総司が手を伸ばしかけたが、間に合うはずもなく、見事にすっ転んだセイはつい、今さっき自分が磨き上げたばかりの床から滑り落ちて、庭先にべしゃっと座り込んだ。
地面には桶に入っていた水が撒かれていて、どろどろになったセイが腰をさすりながらよろよろと立ち上がった。
「いったぁ……」
「何やってるんですか。全く早くそれを片付けて、泥を落としてらっしゃい」
「だって、足の指が痺れて、つりそうだったんですよ。あーあ。もう、袴も何もかもぐちゃぐちゃ……」
セイの総司が終わったら一緒に出掛けようとしていた総司はため息をつくと、セイが桶をもって井戸端へと向かうのを見送った。
あのままでは袴を着替える程度では済まないだろうから、桶と雑巾の始末だけしたら戻ってくるはずだ。それを考えた総司は、庭下駄ではなく、どこからか草履を持ち出してくる。
セイが水を撒いて水たまりになってしまったところを避けると、桶を片付けてきたセイが裸足で戻ってきたところにひょいっと腕を伸ばした。
「えぇ?!ひゃぁっ!!先生!!駄目ですよ、先生のお着物まで汚れちゃいます!!」
「うるさいですよ」
まるで子ザルを小脇に抱えるようにして、セイを担ぎ上げた総司はすたすたと屯所から出て表に歩き出した。せっかく明日の昼までは非番だというのに、セイの雑用を片付けるのを待って上に、これからセイが着替えたり始末をするのを待っていたら非番など終わってしまう。
すたすたと歩いて行った総司は、馴染の貸座敷に上がった。さすがに縮こまった猿のごときセイと、それを抱える総司の格好に店の者も呆気にとられて迎えた。
「あ、気にしないでください。それよりも、風呂に湯を立ててもらえますか?」
「へ、へぇ。すぐにお入りただくことはできますけど」
「そうですか。なら、後で汚れ物をお願いしますので、明日帰る時までにきれいにしてもらえますか?」
そういって心付けを握らせると、女将が心得顔で頷いた。すぐに離れの部屋へと通されると、総司はそのまま離れについている風呂へとセイを連れて行った。
「ちょ、先生!!いい加減下ろしてください!もう自分で歩けます!」
セイの抗議には耳を貸さずに総司はすたすたと湯殿の中まで入ると、洗い場に来てようやくセイを解放した。
「ぐえ。苦しかった……」
腹で釣り上げられていたので、その重さがばれる、とかこの腹を掴まれている、と思うと、どうしても緊張してしまい、余計にしんどかった。
簀子の上にぺたりと座り込んだセイの頭から総司が手桶に汲んだ湯をかけた。
「ひゃぁっ!」
何度も泥を洗い流すようにざばーっと湯をかけるとセイがたまりかねて髪をかき上げた。濡れて元結がちぎれてしまい、ばさりとセイの髪が肩の上に広がった。
「少し我慢してくださいよ。そのままじゃ泥だらけでしょう?」
「うぷっ。それにしたって、せめて着物を脱いでからじゃないと」
水分を含んでずっしりと重くなった着物に我慢できなくて、セイは袴の帯を解いた。前を下ろしながら袴をずり下ろすと、たくし上げていた後ろ側の着物もあわせて引っ張った。
総司の前ではあるが、うまくみっともなくないように長着姿になったセイがぐっしょりと湯を吸った袴を持ち上げた。
「あーあ。これ、もう……だめかな」
「だからさっき私が女将に頼んでいたじゃないですか。帰りまでにはきれいにしてくれますよ」
「そんなこと言ったって、長着までぐっしょりですよ」
「そうですねぇ。それが何か?」
そういうと、総司が再びセイをひょいっと抱え上げた。何か文句を口にする前にセイはそのまま湯舟の中へと放り込まれる。
「うひゃっあ!先生、ちょっ、着物着たままなのに!」
「ええ、そうですよ。だって、貴女ときたらもうちょっと、もうちょっとって待っても待ってもいつまでたっても終わらない上に、そんな姿になるんですもん。私だってもう待てませんよ。罰として一緒に風呂に入ってもらいます」
「えぇぇぇぇっ!」
おもわず叫び声をあげたセイをじろりと見た総司がにやぁっと笑った。
「嫌なら、その着物、脱いでもらっても構わないんですよ?私なりの配慮なんですけどねぇ」
湯殿に入るときに、総司は羽織を脱いである。すでに足袋も袴も巻き添えを食ってびっしょりと濡れていた。濡れた足袋に手をかけると、ずりゅっと不快な感覚を残して足から引きはがす。
「さ。好きにしていいですよ。私もそうしますから」
そういうとセイの目の前だというのに、袴も長着もさっさと脱いでしまい、下帯一つになった総司が頭から湯を被った。
慌てて顔を反らして後ろを向いたセイは、真っ赤になりながら急いで湯船からはい出す。屯所では慣れているとはいえ、堂々と下帯姿になった総司がこんな至近距離で、しかも湯殿にいるということがあり得ない。
「あ、あのあの、私は先に出ていますので」
「おや、そうですか」
総司がわざとそうしているのだということはセイにもわかっていたが、今はそれどころではなかった。湯船を這い出たセイが、壁際に沿って脱衣所までたどり着くと、お先に失礼します!と叫んで逃げ去って行った。
セイが湯殿を出て行った直後から笑いを堪えていた総司が口元を押さえて、笑い声をかみ殺す。
―― 全く、面白いですねぇ
くすくすと笑いながら総司は今度こそ下帯を外して、もう一度頭から湯を被った。頭から不快な汗が流れて行って、体が軽くなる気がする。
湯殿から出たセイは、ぐっしょりと濡れた着物を脱いで、そういえばと青くなった。
―― 着替えって……部屋の中なんじゃ……
案の定、駕籠の中には何も入っておらず、がっくりと肩を落としたセイは、ぺたぺたと足音をさせながら土間まで降りた。
そこでできる限り長着の湯を絞ると、濡れた長着を羽織って離れの部屋へと入る。乱れ箱に用意されていた浴衣と真新しい下帯は見つけたが、そういえばさらしという余計な物はあるはずがない。
深く前を合わせたものの、何となく落ち着かなくて、きつく帯を結ぶと濡れた着物と、総司の着替えを、脱衣所へと持って行った。
その間に、女中が来て、セイと総司の着物を持って行ってくれる代わりに、膳を運んできてくれた。
上座を総司にとして、下手側にちょこんと座ったセイは、いつもは背中も覆う様にぴしっと身に着けているさらしがないとどうにも落ち着かなかった。もじもじと、時折、崩れてもいない胸元に手を当てると、意識しすぎているようで、再び手を下ろす。
「あ、もうお膳いただいたんですね」
がらりと戸をあけて風呂から出てきた総司が、手拭いで髪を拭きながら部屋に入ってきた。
どさっと、くだけた格好で腰を下ろした総司がほっこりとセイを眺める。濡れた髪のままでいたセイをみて、ちょいちょいっと頭を差した。
「髪、乾かせばいいでしょうに」
「あっ、すっかり忘れてました」
「あはは。そんなにぼーっとしてたんですか?」
そういうと立ち上がった総司がセイの背後に回って自分が使っていた手拭いでセイの髪を拭き始めた。
– 続く –