初夏の悪戯 2

〜はじめの一言〜
拍手お礼文より。セクハラ先生とでも言いましょうか。ぎりぎりですね。
BGM:
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「あ、や、ちょ、大丈夫です!自分でやりますから」
「まあまあ。いいじゃないですか。今日はいつも以上に頑張ったんですから」

くしゃくしゃと手ぬぐいでセイの髪を拭っていると、膝立ちになった総司からはセイの胸元が見える。
深く合わせたはずでも、ぐいぐいと頭をうごかしているからか、それに合わせて体が揺れて、ちらり、ちらりと胸の谷間が一瞬覗く。
勃然としたものを感じるが、視線を外してもまた気になって視線がそちらを向いてしまう。

「さ、乾きましたよ」

セイの髪がぱさぱさになると、何事もなかったかのように総司は立ち上がって手拭いを衣文の傍へと掛けた。

「ありがとうございます……」

手櫛で広がった髪を整えると、セイは総司の盃に酒を注いだ。そして、互いに酒が進んでくると、セイが先に酔い始めた。

「ん〜、暑いっ」

浴衣とはいえ、ぴっちりと前を合わせていればさすがに暑くなってくる。懐にはいつもなら懐紙も扇子もっているのだが、あいにく、今日は支度をする前に連れ出されたので何も持ってはいなかった。

何度も、暑いと胸元に手をやるがそのたびにはっと我に返って、その手が止まる。何度目かの仕草をみて、総司が目の前の膳をどけて、拳一つ分、セイに近づいた。

「神谷さん。さっきから何してるんです?」
「だって、暑いんですもん」
「暑いならもう少し」

襟元を開けばいいじゃないかと言いかけた総司はそのまま片手を持ち上げたが、他意なく、一瞬、指先がセイの胸を掠めた。総司にとっては爪の先の一瞬だが、触れられた方はびくっと身をかがめて背を丸める。

「?」

急にばっと胸の前で腕を組んだセイの腕を総司が掴んだ。

「神谷さん?」

顔を赤くしたセイは横を向いた。

「なんでもないです!」
「お腹でも痛いんですか?」
「ち……がいますけど」

じゃあ、と言いかけてあることに気付いた総司が急にセイの手を離した。

「す、すみません。その……、気が利かなくて」

耳まで真っ赤になった総司が顔を背けているのを見て、えっとセイは自分の組んだ腕を見た。暑くて先ほどからごそごそと動いていたので、前身頃の重なりが浅くなったところに腕を組んだので、胸の膨らみがはっきりとわかるようになっている。

「あっ!!」

ぶわっと真っ赤になったセイが慌てて後ろを向いて、前を合わせた。互いに背を向けあっていても仕方がないと思った総司が、立ち上がると隣の部屋から丹前を取ってきた。時期が時期だけに、丹前と言っても綿の入った物ではない。

それをセイの肩に着せかけてから、大きく障子を開けた。すると、涼しい風が一気に流れ込んでくる。

「あ、涼しい」
「ほんとに。最初からこうすればよかったですね。すみません。本当に気が利かなくて」

暑さを風に拭い去られたセイが口にすると、総司が照れくさそうに振り返った。
これだけ長い時間一緒にいると、うっかりも多くなる。確かに恥ずかしいし、照れくさいが、それで顔を合わせられなくなるような関係ではない。

互いの気まずさにへへ、と顔を逸らして笑いあうと、今度は総司がセイの隣に腰を下ろした。胡坐をかいて、膝の上に肘をつくと、並んだセイと共に、夜空を見上げた。

「……非番、楽しみにしていたのは私だけかと思ってちょっとがっかりしてたんです。すみません」

ぽそっ、と総司がそういうと、一度耳に入ったはずなのに、セイはもう一度自分の中で反芻してから、ぱっと横を向いた。
隣にある、少しだけ拗ねたような、照れくさそうな顔に目を丸くする。

「そんなこと……、あるはずないじゃないですか」

本当は指折り数えるくらいセイも待ち遠しいといつも思っているが、そんな時に限って急な出役が入ったりすることがあって、なるべく期待しすぎないように、気を付けているのだ。
舞い上がった分だけつらくなるよりも、少し楽しみくらいにしておかないと自分が切ないからだけの事で。

「あんまり、期待しすぎちゃうと申し訳ないというか、がっかりしてしまうから、いつもそうならない様にって思ってるんです」
「なんだ……」

ふふっと嬉しそうに笑った総司がゆっくりとセイを振り返る。

「一緒ですね。よかった」
「一緒ですよ」

とん、と総司の肩に少しだけセイが寄り掛かる。重さをかけないように、それでも軽く触れれば伝わるように。
内緒ごとを共有するような仕草にくすぐったそうな顔で笑った総司がとん、とセイに寄り掛かり返す。

「あ……、と。先生重いです」
「気のせいですよ」
「嘘!絶対、あっ」

ゆっくりとセイに向かって体重をかけて行った総司に押しつぶされる様にセイが斜めになって、畳に片手をついた。
倒れないようにと、膝を逆向きに倒したセイをつん、と総司が押してかくんと足が倒れたところに、総司が頭を乗せる。

「ふふ。神谷さんの膝枕」
「なっ……。もう……」

やられた、と思いながらセイがそっと手を添えて体勢を整えた。気持ちよさそうに目を閉じた総司が両腕をまっすぐに持ち上げた。

「このくらい」
「はい?」

大きく両手で包み込むような仕草をすると、セイが問い返す。もう一度両手で円を描くようにすると総司が呟いた。

「今日買うつもりだったお饅頭の量です」

まっすぐにセイを担いできたので、本当は菓子舗によって好きなものを買い込んでくるはずだったのに、予定が狂ったのだ。
それでも、いつも甘味を担いで現れるはずの二人が何も持っていなかったので、女将が気を遣って膳の上には小さな葛饅頭が二つずつ乗せられていた。
まだセイは残っているが、総司は二口で食べてしまっている。

「私の分、まだありますから差し上げましょうか?」
「いいえ。そうじゃなくて、また次の非番に一緒に買いに行って、またこうして一緒に食べてもらえますか?」

本人はそんなつもりはなくても、大した甘え方でもあるが、言われる方も野暮天だから全く二人の仲は発展しない。
ただ、嬉しそうにセイが頷いた。

「次だけじゃなくて、次の次もその次もお願いします」
「次の次って言ったら、神谷さんはお里さんのところに行っちゃうでしょー」
「それは非番じゃなくて、月の休みじゃないですか。大丈夫ですよ」

それを聞いた総司の腕がぱたりと落ちて片手をセイに向かって差し出す。

「じゃあ、ゆびきりですよ」
「はい。先生こそ……。約束ですよ」

小指を絡めると総司がその手を引いて、セイの小指に向かってそっと口づけた。

えっ、とセイが驚く間もなく、すぐに離れた手に総司が目を閉じたままくすっと笑った。

「これで、今日の悪戯はおしまいです」

―― 風呂に投げ込んだことも、指切りも

からかわれたのだとわかりながらもセイは少しだけ嬉しそうに、もう片方の手で触れると、切ないような寂しさがこみ上げる。セイは、膝の上の総司の髪に手を伸ばした。
ゆっくりと髪に触れるセイの手が気持ちよくて、総司はそのまま目を開けることが出来なかった。目が覚めてしまえば溶けてしまう夢もこうしていればもう少し長く味わうことが出来る。

―― 神谷さん……

とろとろと眠りに落ちた総司は夢の中でもセイを呼び続けた。

 

– 終わり –