夏の戯れ

〜はじめの一言〜
とろとろでいくぞーーーー!!!!!!(←すいません、願望です)

BGM:ORANGE RANGE お願い!セニョリータ
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5月、新暦では7月、夏も盛りの暑さで屯所では暑気あたりで体調を崩す者たちが次々と出ていた。

「あっ……つぅ……」

彼らの世話をするセイは、流れる汗を拭いながら、忙しなく動き回っていた。手桶に冷たい水を汲んで、暑気あたりで倒れている者たちに次々と冷えた手拭いを配っていく。
それにしても、この暑さである。そよ、とも吹かない風と、蒸し風呂に近い湿度と気温に具合が悪くなる者が非常に多いのも仕方ない。

本来は非番であるものの屯所の中では医師がわりのセイである。暑気あたりで抜けた隊士の分も隊務は厳しくなっている上に、連日休みなしで働いていた。

「はぁ……。疲れたなぁ」

手拭いを配り終えて、具合の悪い者の世話が一段落すると、思わず口をついて出てしまう。
頑丈に鍛えている男たちでさえ、倒れる日々だ。気力でもたせているものの、そろそろ限界になってきていた。

「よしっ!」

自分自身に気合いを入れると、気分転換をかねてセイは外出することにした。

 

 

間もなく日が暮れる時刻だというのに、まだまだ昼の熱気は続いたままだ。しばらく前に屯所に戻ったセイは、持ち帰った菓子をもって副長室に向かった。
そこには暑さの上に、人手が少ないため外出さえ禁じられて屯所に留め置かれている幹部たちがたむろしていた。

「あっぢ~~~なぁ」
「だぁ~~~~」

上半身をはだけた原田が汗だくのまま、団扇で仰いでいる。土方と今晩の巡察にあたっている藤堂だけがきちんと着物を着ているものの、他の者たちは皆、浴衣姿でくつろいでいる。それも袷がだらしなく開いているものが多い。

「先生方……」

だらしない男たちの群れに、幾分げんなりしつつ、セイは副長室の前に姿を現した。少しでも風を入れようと開け放たれた部屋の中はじっとりと男臭い匂いに溢れている。

「おおっ!!神谷、なにそれ!!」
「なんだよ、なんかいいもんか?!」

大きな盆と籐籠を手にしたセイにだらけていた男達が食いついた。
あまりの暑苦しい光景に一瞬怯んだものの、そこはセイである。ぴしゃりと伸びてきた手を叩き落とした。

「これから、他の皆さんにもお配りするんですけど、まず先生方に先にお持ちしました。このところの暑さで皆さん参っている方が多いので、いいものを手に入れてきたんです。知り合いの菓子舗の方が是非とおっしゃって」

部屋の真ん中に場所を開けてもらい、茶とセイが最近贔屓にしている店の菓子を皆の前に並べた。早速、手を出そうとすると永倉達になぜかセイが待ったをかける。食べ方について、注意があるというのだ。
むぅ~っとした原田が膨れ顔で、手にしていた団扇を放り出した。

「なんだよー。お預けかよー」
「これは……冷茶か?」
「はい。さすが、副長。おわかりですか?」

そういうと、セイが手にしていた大き目の竹筒から茶碗に注いでいるのは、冷えた水だしの茶である。この蒸し暑さには、茶の旨みも相まって非常に甘露に感じる。
土方をはじめに次々と茶碗に注いでいきながら、セイは茶を飲んでから菓子を口にしてほしいと言った。

「ええと、匙で一口でお召し上がりいただいて、口中での味わいを楽しんでくださいとのことでした」

「ほぉ。ん?」

手に取ると、茶碗がひどく冷たく感じる。皆がそれぞれに茶を飲むとひんやりと冷たくて、口の中にお茶の香がふわっと広がった。
じっとりと汗ばんでいた体に冷えた茶が喉を通り過ぎるのが分かり、がぶりともう一口飲みたくなる。

「へぇ……。おいしいですねぇ」
「んむ。うまいな」

総司と土方が感嘆の声を上げる。他の者たちも一様に冷たい甘露な喉越しに一時の暑さもひいたようだ。

「で?一口で食べろというわけか」

美しい小鉢に入っているのは、透明な葛で作られた、まさに開いたばかりの花を思わせるもので、幾重にも花びらが重なっている上に、砂糖漬けのクコの実が乗っている。
葛の涼しげな花の上から、薄いさらさらの砂糖水がかかっているために、よけいにつややかで清涼感を誘う。

一口というには少し大きいような気もしたが、添えられた匙で、土方がすくい上げて口に運んだ。

菓子は、冷たいお茶を口にした後だけに菓子が人肌くらいの温みに感じる。

外側は砂糖水で甘くしっとりつるりとしていて、舌先で花びらの他より柔らかい中心の部分に触れると、その中は固まりきらない葛になっていて、ぐずぐずと舌にまとわりついてくる。中からあふれる蜜は外とは異なり、幾分塩味がついているようだ。
上に乗せられていたクコの実は、柔らかい葛の中にとろとろと埋まってしまい、最終的には口の中でぬるりと甘やかな後味が名残惜しそうに消えて行った。

「「「「「………………」」」」」

「すっごくおいしいですね!」

総司だけがにこにこと嬉しそうにしているのに対し、他の面々はなぜか微妙な顔をしている。

「あれ?おいしくないですか?」

不思議そうな顔でセイが問いかけると、おいしいですよ、とにこにこと答えるのは総司のみ。

「あの、これってさ……何と言うかその……」
「なぁ……これって。……よぉ……」

「……神谷。こいつに名前はあんのか?」
「ええと……『なつみほと』だそうです。お店のご主人が女性なんですが、皆さんに元気になってくださいねって言伝があってですね」

ほんのりと、微妙な反応を示していた面々が何とも言えない顔になって、それぞれがそっぽを向いた。
総司とセイだけがきょとん、としていて全く気づいていない。
その反応に呆れた土方が思わず声を上げた。

「お前らなぁ……」
「……というか、さ。総司がなんとも思わないのは仕方ないとしてもさ、神谷はなんとも思わないわけ?」
「えっ。何をですか?」

―― 私はまだ頂いてませんが、まずいことでも?

慌てたセイの問いかけに何と説明すべきか、言いだした藤堂も言葉に詰まってしまう。困り果てて土方に助けを求めた藤堂の視線に、こめかみを指先で押さえた土方がきっぱりと言った。

「残りはお前が配ってこい、平助!!神谷は茶だ!茶の代わりを持ってこい!」
「えぇ~?どうしてですか?私が配りますよ?」

何もわかっていないセイを、いいからいいからと言って宥めると、藤堂が残りの菓子を受け取って、部屋から出て行った。納得いかない顔のまま、セイが茶を入れに出て行った後、総司は残った原田、永倉に首根っこを掴まれた。

「総司!!ほんとになんとも思わなかったわけ?」
「お前、ありゃまるで……ぼそぼそぼそ……だろ?!元気にってあれじゃあ別の意味で元気になっちまうだろ…………」

「えぇぇぇぇぇ~~~~~!!!」

二人に両方から頭を押え込まれて、耳元で教えられた総司は一気に首筋まで真っ赤になった。その総司の目の前で、かりかりと頭をかきながら、土方も微妙な顔をしている。

「お前、本当にわかんねぇのか?あれを神谷が配って歩いてみろ。また一騒動持ちあがるぞ?」

真っ赤な茹でダコ状態の総司は俯いて必死にこくこくとうなずいた。確かにそれは、彼らでしかわからないだろう。

「わ、わかりましたっ!!わかりましたからっ!!!」

二人の腕から逃れた総司は、あたふたと副長室を出ようとして、お茶のお代わりを持ってきたセイとぶつかりそうになる。

「あれ?沖田先生?もうよろしいんですか?」
「あ、あ、はいっっっ」
「お茶のお代わりお持ちしたんですけど……」

汲んできた茶をセイが目の前に見せたが、カクカクとぎこちない動きで、総司はセイの前から逃げ出した。

―― 冗談じゃないですよ!!まったく……。あれが、その女性の……似てるなんて、お菓子じゃないですか!!!

内心の動揺を抑えきれず、総司は廊下の隅で固まってしまった。
島原や祇園に通い詰めている二人や、百戦錬磨の土方からすると、先ほどの菓子はまるで、その時の女子の大事な部分に似ているというのだ。
普通、菓子を食べてそんな発想になるほうがどうかと思うが、彼らが驚いてしまったくらいだからよほど……。

そこまで思って、ばくばくと心の臓が飛び出しそうになる。

神谷さんもあんな……!!!!

「……~~~~っ!!!!」

まるで斎藤の様に、鼻血を押えた総司が、慌てて井戸端に走り、ばしゃばしゃと水をかぶった。

 

―― さ、斎藤さんが巡察中でよかった……・。 あんなのを神谷さんが斎藤さんに配ったら……!!

―― いや!!!そんなことないぞ!!恥を知れ!!沖田総司!!!

―― 神谷さんを連想するなんて……!!!!

 

総司は、一部で斎藤一式修行法と言われるように、ひたすら頭から水をかぶり続けた。
局長室で一人休んでいたセイは、一人、何も知らないためにせっかくお夏が寄越してくれた菓子を皆が微妙な反応をしたことで、なんだか面白くなかった。
―― 葛にはクコの実や暑気あたりで弱った体にいい薬も入っているのに。そんなにおいしくなかったのかなぁ

セイ、ただ一人を除いて、その夜の屯所は力のあり余った男たちが悶々として暑い一夜をすごし、おかげで、暑気あたりから回復しだした隊士たちが続々と復帰し始めたのだった。

 

 

– 終 –