感謝と報復 1

〜はじめの一言〜
黒響月庵の拍手にあげていましたが、こちらにあげてもいいかなと思ったので、移植しました。

BGM:
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「神谷さん?」
「はい。なんでしょう、沖田先生」

廊下で総司に呼び止められたセイは、立ち止まるとにこっと振り返った。巡察の間中、一人、思案顔だった総司がようやくセイに話しかけてきたのだ。
さて、今日の総司の考え事は何かと気にしていたセイは努めて明るく振る舞った。

「ずっと考えていたんですけど」
「はい」

隊部屋に向かう途中の廊下なので、周りにも隊士達がうろうろとしているのだが、当の総司はあまりに真剣に考え込みすぎて、周囲を気遣う配慮がどこかに飛んで行ってしまっていた。

「先だっての事ですが、やっぱり私、言われていないと思うんです」
「は?何のことです?」

セイの方は真剣な顔の総司をちらちらと隊士達が伺いながら通っていくのを気にしていたのだが、頭がいっぱいになった総司はとにかくセイに言わなくてはならないと意気込んでいた。

「ですから!斉藤さんから神谷さんの……ふがっ」

焦れったそうに声を大きくした総司が、何を言いかけたのか途中で察したセイは、真っ赤になって総司の口を両手で押えた。

「なななななななな、何をこんな人目のあるところでいいだすんですか!!」
「あ?!ああ……、すみません。そうでした。つい、早く神谷さんに言わなくちゃと思って。もっと人目のないところで続きは話しましょうか!」

人目のないところ。

大声の総司の台詞に周囲にいた隊士の動きが一斉に止まった。頭から湯気を出しそうなセイが拳を固めて叫んだ。

「沖田先生!!!」
「はい?」

私闘を禁じられた隊内でしかも上司である組長に殴りかかることはできない。セイは思いきり総司の胸のあたりを両手で強く突き飛ばすと、どかどかと足音も高く隊部屋へと去って行った。

思わず、後ろに数歩下がった総司はぽり、と片手をあげて頭を掻く。

「……まだ話は終わってないのに」

一時停止状態だった周囲の隊士達が一斉に目を剥いた。
まさに、今の状況でセイが去った理由がわからないのか!と驚く周囲には全く目もくれずに、すたすたとセイの後を追うように歩いて行った。

隊部屋に飛び込んだセイは、他の皆と一緒に着替えを済ませて刀をしまう。
まったく何を馬鹿なことをと思う。ただでさえ、あんなことをみんなの前でされて、それを思い出すだけで恥ずかしいのに。

今更、しかも皆の前で何の話をしようとしたのだろう。

セイは一瞬、総司の話が気になったがぶるっと頭を振ると、気にしないことにして朝方干していた洗濯物を取り込み向かった。
時間もあり、余裕もあるので、一つ一つ丁寧に畳みながら、物干しから外していく。

「神谷さん!」

眉間に皺を寄せた総司が背後から現れた。一度は隊部屋に戻ったらしい。羽織を脱いで大刀も置いていた。

「沖田先生」
「まだ話は終わってませんよ」

ぐいっとセイの肩を掴んだ総司は強く引いてセイを振り返らせた。

「神谷さん!話をきいてますか?」
「聞いてますよ。あんな人の多いところで……、そんな話なさるから」

気まずそうに顔を曇らせたセイを真面目な顔で総司は覗き込んだ。

「そんなことはどうでもいいんです。ですから神谷さん。斉藤さんから神谷さんのっ」
「も、もうそこはいいですから!!要件を言ってください!」

再び、あの時の事を言いかけた総司の顔に洗濯物を押し付けたセイは真っ赤な顔で止めた。思いきり押し付けたためにふがっと総司が仰け反る。いてて、と顎を押さえた総司がセイから離れた。

「ひどいなぁ。もう。だからその要件を言おうとしてるんじゃないですか。斉藤さんがですね。神谷さんの口を吸った時なんですけど」
「……さい」
「私は、斉藤さんから取り返したつもりでしたけどね。斉藤さんのは余すところなくこれでもかっていうくらい吸ってやりましたけど、もし違ったとしたら、もう一度しっかり話を聞かせてほしいと思ったんです」
「……ください」
「思えば、私は皆さんの話の又聞きですからね。返したつもりで返せていないのかもしれないと思ったんですよ。だから神谷さんは……」
「もうやめてください!!」

はっと総司がセイの顔を見ると、今にも溢れんばかりの涙をためたセイが総司を睨みつけていた。今にも噛み切ってしまいそうな位、強く唇を噛み締めたセイが何度も繰り返していたのを総司は全く聞いていなかった。

「か、神谷さん」
「そんっなに蒸し返して楽しいですか?!何度もやめてくださいってお願いしたのに!!」
「あ、いや、そんなつもりじゃ」

ぼろっとセイの目から涙が零れ落ちて、声にならない唸り声を上げたセイは洗濯物に顔を隠して駆け出して行ってしまった。

「あ!神谷さん!!」

泣かせるつもりなどなかったのに、急に泣き出してしまったセイにおろおろと慌てた総司は、その場に取り残されてしまった。

「だから……」

ぽつん、と残された総司は、先程押し付けられたセイの浴衣を手に握りしめて淋しげに一人呟いた。

「で?今度は何をやらかしたんです?沖田先生」

隊部屋に戻った総司は、一番隊の隊士達にざざっと取り囲まれた。セイの浴衣を手に戻った総司は、何事かと諸手を挙げる。

「ちょっと待ってくださいよ。どうしたっていうんです?」
「どうしたもこうしたも。神谷が泣きながら駆け出して行ったっていうじゃないですか」
「大体、斉藤先生の一件は、沖田先生がその……むにゅ……して終わりになった話をどうして蒸し返してるんです?!」

相田と山口が代表で詰め寄ると、総司は眉間に皺を寄せて難しい顔つきになった。

「だって……。私は斉藤さんから取り返してきただけなんですよ?私は、いうなれば『吸った』斉藤さんから『吸い上げて』取り返したものを神谷さんに『返した』だけなんですからね」
「お、沖田先生?……まさかとおもいますが、それ、本気でおっしゃってます?」
「?どういうことですか?」

まじまじと答える総司に隊士達が不気味そうに顔を見合わせると、恐る恐る、後ろから小川が口を開いた。

「というと、あの、確認しますけれども……。先生、まさか、口吸いではなく、その接吻したわけではないとおっしゃってます?」
「当り前じゃないですか!そんな接吻だなんて!!神谷さんに失礼なっ」

急に真っ赤になった総司に、その場にいた全員が頭を抱えた。ここで総司に口と口が密着することが接吻なのだとか、その変化の一つに“口を吸う”とか“舌を絡ませる”とか愛情の交わし方なのだと今更誰が総司に教えるというのだろう。

「沖田先生……。今、その赤面はだいぶおかしいです」
「えっ?!赤面?!」

慌てふためく総司に全員がこめかみを押さえたり、頭を振った。
野暮天も極めればここまで来るか、という話に地べたにのめり込みそうになる気持ちを押さえて相田が口を開いた。

「それで、沖田先生は何を神谷に聞きたかったんです?」
「それは……。その、神谷さんにやっぱり直接聞かないと……」

気まずそうにぶつぶつと呟いた総司は、ちょっと土方さんのところに行ってきます、といってふらふらと隊部屋から出て行った。
残された隊士達には恐ろしい話を聞いたと頭を抱えて横になる者、目を瞬かせて気付けが必要だと飲みに出て行く者など、かなりの衝撃が残った。

– 続く –