感謝と報復 2

〜はじめの一言〜
そういえば、これは原作が接吻の後を書く前に書いたんですよ。我ながらやりますよね

BGM:
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幹部棟へ向かったはずが、総司は再びセイの姿を探して屯所の中を歩き始めた。
泣かせてしまったということが重く胸に圧し掛かって、どんよりとした気分になる。それにつれて、徐々に眉間に皺が寄り、なぜこんなことをしているんだという荒んだ気持ちになり始めた。

しかもそんな総司を知ってか知らずか、セイも屯所の中を雑用をこなしながら巧みに逃げ回り、夕餉を過ぎるまでは顔を合わせることがなかった。

風呂の時間になって、手拭を手にした総司が風呂に向かおうと隊部屋を出たところで、ようやくセイとばったり顔を合わせた。

「沖田先生」
「おや。私の顔なんか見たくもない神谷さんじゃないですか」
「えぇ?!誰もそんなこと言ってないじゃないですか」

顔を合わせた瞬間から仏頂面で不機嫌そうな総司にいきなりそんなことを言われたセイは、反射的に言い返した。

「へぇ。そうですか」

ぷいっと拗ねた顔でセイの傍をすり抜けていく総司をセイが追いかけた。
確かに逃げ回ってはいたが、急にそれでは納得がいかない。

「ちょっと待ってください、沖田先生。私が何かしましたでしょうか?」
「何をしたもなにも、私の顔も見たくなくて逃げ回っていたでしょう?」
「そんなことは!それは……、ちょっと気まずかったので大人しくしていただけで……」
「やっぱりそうなんですね」

すたすたと再びセイを置いて総司は歩いて行ってしまった。困惑したセイは、呆然と総司を見送ると、とぼとぼと隊部屋に戻りながら、徐々に腹が立ってきた。

むかむかむかむか。

皆がいる前で、思い出したくない恥ずかしい出来事を声高に言われ、やめてくれと頼んだのはセイで。
それでも繰り返し、くどくどとあの時のことを聞き出そうとする総司が嫌で、半泣きになり、それも気まずくなって顔を合わせづらかったから、逃げ回ったのはセイだが、もともとはしつこく問いただす総司が原因で。

なのに。
なのに!

―― なんで私が怒られなくっちゃいけないわけ?!

もとはといえば総司が悪いのに、あまりにも理不尽だと思う。
憤慨したセイは隊部屋に入ると、怒りにまかせてばふばふと布団を敷いた。いつもなら総司の分もセイが敷いておくのだが、今日ばかりはどうしても手を出したくない。
それを見かねて山口が総司の布団をセイの隣に少し離し気味に敷いた。

「なあ、神谷」
「なんですっ?!」
「あのさぁ。わかっちゃいると思うけど、あの人は普通の思考回路じゃないから、そんなに怒らない方が……」

先ほど総司から聞き出したことを思えば、やんわりと相田がセイを宥めようと話しかけたが、そんな理由で怒りが収まるはずもない。

「怒らない?!皆、私の方が悪いと思ってるの?!」
「いや、そうじゃない。そうじゃないんだけど」
「じゃあ、黙ってて!」

完全な八つ当たりだとわかってはいても、八つ当たりしないではいられない。
セイが怒鳴り返したところに、早々と風呂から戻ってきた総司が現れた。間が悪いとはこのことで、もう少ししてからだったら、セイもなんとか自分の気持ちに折り合いをつけられただろうが、まさに今、燃え盛っているのだ。

総司は総司で、冷たくあしらったものの、湯につかりながらもう一度話を聞いた方がいいのか、どうしたものかと悩み、考えるより先にまずは行動とばかりに、風呂から上がってきたのだった。

隊部屋の中の怒鳴り声に、つい、先ほどの名残が総司の胸に刺さる。

「何を騒いでいるんです?」
「……」

不快感を滲ませた総司の問いかけに、セイはつん、と無言で答えた。隊部屋の中の雑談にまで口を出されるいわれなどないということをありありと態度に出す。 慌てた山口が、何でもない、ただの戯言なのだと答えた。

「子供でもあるまいし、みっともないですからあまり騒がないでくださいね」

つん、とした言い方をした総司が濡れた手拭いを部屋の奥の方へ広げに入っていくと、かちん、としたセイがくるりと振り返った。
くわ、と口を開きかけたセイを、がばっと小川たちが一斉に押さえ込んでその口を塞ぐ。

「我慢しろって!今、食って掛かったっていっしょだろ?」
「そうそう。少し時間を置けって」
「ふがーっ!!」

吠えるセイを抑え込んで、隊士達がひきつった笑顔を浮かべながら部屋を出て行こうとすると、振り返った総司が眉間に皺を寄せた。

「部屋の空気が悪いので、ちょっと出てますよ」

ぷいっと総司が隊部屋を出て行くと、ほっとした隊士達が手を緩めた瞬間、弾かれたようにセイが飛び出した。勢いよく障子を開けて部屋の前にいた総司にかみついた。

「沖田先生?!」
「おや、なんですか?神谷さん」
「一体、何が気に入らないっていうんですか?!」

ふん、と腹を立てたセイが仁王立ちで総司の目の前に立つと、むっとした顔で総司が横を向いた。

「気に入らないのはあなたの方でしょう」
「何の話です?!」
「だって……、気に入らなかったからなんでしょう?……ありがとうって言ってくれなかったのは」

もぐもぐと答えた総司にびきっとセイの顔が凍りついた。

「私 だって蒸し返すのはよくないとは思ったんですけど、ありがとうって言われなかったのは、ちゃんと私が神谷さんに返してあげられなかったからかなと思ったら 気になって仕方がなくなったんですもん。あんなんじゃ取り返したことにならないとか、返したことにならないんじゃないかって……。だからちゃんと、もう一 度神谷さんが満足できるようにしなくちゃと思って聞いてただけなのに……」

はらはらと一番隊の隊士達が見守る前で、セイの手が途中からぶるぶると震えだしていた。
あれほどしつこく聞いてきたのは、あんなことをしかもみんなの前でされて、お礼を言わなかったからだという話を聞いて徐々にセイの顔が下を向いていく。

「……つまり、私がお礼を言わなかったから満足してないと思われたと、そういうことですか」
「そうですよ?だってそうなんでしょう?倒れちゃうくらいだし……」

だんっ。

思い切りセイが床板を踏み鳴らして、震える拳を握りしめた。

「神谷さん??」

セイの様子に驚いた総司がセイの方を向くと、真っ赤になって総司を睨みつけている顔があった。

「……した」
「はい?よくきこえま……!!!」

セイの声が聞き取れなくて一歩踏み出した総司の足の間に、セイが蹴り上げた足が見事に決まって、悲鳴を上げることもなく総司の顔がみるみる青くなっていった。

「うわ」
「あれは痛い……」
「終わったな」

ひそひそと隊士達が囁く中でずるずると総司が廊下の床に前のめりに沈み込んだ。世にも恐ろしい顔で総司を見下ろしたセイが吐き捨てるように言った。

「どうも!!ありがとうございました!!!」

ふん、と肩をそびやかして隊部屋に入ったセイと、皆が入れ替わるように廊下に出るとぴしゃりと障子を閉めた。

「せんせー。生きてますかー」
「腰叩きましょうか~」

男同士、その激痛はわかって余りある。あちこちから腰をさするもの、とんとんといつもと違う場所に蹴り上げられた大事なものが下りてくるように腰を叩くものなど、手が伸びてきた。
同情の視線を一気に集めた総司が廊下の上で滂沱の涙にくれた。

「どうして~!!」

取り囲んだ隊士達の懇願によって、原田と永倉による接吻とは何か、という講義があったのはこの翌日のことだった……。

– 続く –