感謝と報復 3

〜はじめの一言〜
女子でも痛いだろうなぁ~~

BGM:
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「しかし、あいつ本当にわかってんのかね?」

一番隊の隊部屋の中では、隊士たちによる熱い議論が交わされていた。そこには一番隊だけでなく、有志一同による男としての被害度について語られている。

「いやしかし、この前の沖田先生のアレはちょっとひどいだろう」

議論の主題は、この前セイが総司の股間を蹴り上げた話から始まっていた。
あれは、男としてはやってはならない痛恨の一撃に他ならない。だからこそ、男同士ならば絶対にありえないような一撃だということで、セイにはあの痛みが実際にはわからないのではないかという話になったのだ。

実際、セイにはどれほど痛いのかは全く理解できないでいる。
急所というだけあって、痛いのだろうが、彼らにとって、一物が縮み上がるような衝撃も、袋の中身がキーンとどこか違うところに行ってしまったかのような違和感と逃げようのない激痛は全く想像でしかない。

「やっぱり、如心選っていうだけあって、神谷は並より縮んでるからそうそう痛くないのかなぁ」
「つったって痛いものは痛いだろ?」
「いや、女子並みになってりゃ痛くないのかもしれんぞ?」

どれほどくだらない話であっても彼ら男にとっては急所を蹴り上げるというのは、禁じ手のようなものだ。それをいくらなんでも礼を言いながら蹴り上げるというのはやりすぎだというところから話はなかなか離れないのだった。

セイの怒りもわからなくはないが、だからと言って、蹴り上げることはないだろう。

しかし、それもセイが如心選ゆえに、痛みの度合いがわからないのであれば仕方もない話になる。
そこで、彼ら有志による『沖田先生の無念を晴らす会』が結成されることになった。

無念を晴らすといっても当然、やることはひとつである。総司に代わってセイに急所を蹴られる痛みを知ってもらおうというもので、何も非のないセイの股間を蹴り上げるなど、なかなかできはしない。
初めは稽古から始まってなるべく自然な様子を装いながら、不自然にならずに不意の事故を装うのが一番ということになった。

「おっと!神谷すまん」
「いえ!気にせずどんどんお願いします!」

柔術の稽古日には、セイに向かって内股をかけるふりをして蹴り上げようとするのだが、セイの足の間に自分の足をかけた途端、続出するのは鼻血を噴出した者の群れになってしまい、セイの相手は総司だけになってしまった。

「なんでしょうねぇ、みなさん。急に」
「さぁ。でも、今日はいつもより、皆さんにたくさん稽古をつけていただきました」

何も知らないセイは、いつも以上に皆が相手をしてくれたと思っている。そして総司も何も知らないために、急にセイに対して皆が密着し始めたので不愉快になっていた。
セイの相手をするのは自分だけになると、その不機嫌さも落ち着いてきたが、それまでは散々に皆、壁や床めがけて投げ飛ばされる羽目になる。

「くそ!稽古じゃだめだな。もっと日常でどうにかしないと……」

鼻に詰め物をした隊士たちがひそひそと語り合って、日常生活の中で不慮の事故を狙うことになった。
とはいえ、股間を蹴り上げるような不慮の事故などまあ、起こるようなものでもない。

「どうするんだよ」
「ううむ、困ったな」

方策に困った隊士たちは、常にセイの周囲をうろうろとまとわりつくようになってしまった。

「ちょっと!皆さん、邪魔なんですけど、なんなんですか?!」

セイがそういって怒ると、わらわらと散っていくがそれも束の間で、しばらくするとまたセイの周りに隊士達がまとわりつく。

「もう!なんなんですかね」
「さぁ……。皆さん、神谷さんに構ってほしいんじゃないですか?」

行儀悪く饅頭を手にした総司がセイの傍に立ってのんびりといった。先ほどまで片付け物をしていたセイの周りをうろうろと隊士たちが囲んでいたが、セイの一喝で離れて行ったばかりだ。

そのあと、饅頭を食べ終えた総司が仕事にとセイの傍を離れた隙に、再び隊士たちがわらわらと集まってきた。その様子を見ていた斉藤がずいっとセイの目の前に進み出る。

「一体、お前らは何をしてるんだ」
「いや、その」
「はっきりと言え」

斉藤の顔はいつも通りの無表情ではあったが、慣れている隊士達にとっては、その顔が微妙だが、怒りに震えていることもわかる。
斉藤の怒りに恐れをなした三番隊の隊士がガタガタと震えながら進み出て、セイに蹴り上げられる痛みを教えようとしていたのだとしどろもどろながら説明した。

「ほ、ほう。つまり何か。お前らは神谷を蹴りつけるつもりでうろうろとまとわりついていたということか」

話を聞いていたセイは、途中から怒りに震えながらも蹴られてはたまらなないとばかりに斉藤の後ろに半分隠れるようにしてぴたりとくっついていた。
そして、こめかみどころか顔中をひくつかせながら斉藤が確認すると、三番隊の隊士はがばっとその場に土下座した。

「申し訳ありません!!」
「この!愚か者め!!」

かっとなった斉藤が髷の一つも切り落としてやろうと、勢いよく柄に手をかけて腰を落としかけた。

ごん。

刀の柄を思い切り下げて、鞘から引き抜くはずが思い描いた位置よりもはるかに下で何かにあたったと思った、斉藤はぐるんと振り返って、そのまま石化してしまった。

「「あ」」

いくつもの小さな声が重なる。
斉藤の真後ろではなく、少しずれた位置から隊士たちを睨みつけていたセイの股間めがけて、斉藤がぐいっと半分腰を落として勢いよく鞘を引き上げた恰好になっていた。

『あ』という口の形に開いたまま、セイが袴の中心を押さえるようにしてその場にへたり込んだ。

思いがけない事態で、本懐を遂げることになった隊士たちは、内心、やった!と思っていたが、斉藤の手前、おおっぴらに声を上げることもできず、皆、後ろ手にぐっと拳を握りしめていた。

「う……」

セイは、当然男ではないので、痛みの度合いも何もかもが違うのだろうが、まっすぐに恥骨のあたりを鞘で叩かれたも同然な状況に、その場所を押さえるにもいかず、涙目でしゃがみ込むのが精一杯だった。

また、その加害者となった斉藤も、刀は武士の命ともいい、鞘が当たっただけでも斬り合いになるというのに、その命で女子の命ともいえそうな場所を殴りつけた格好になってしまい、真っ白になってしまった。

「あ……」
「う……」

石化した二人を無言で拳を握った面々が取り囲んでいるという異様な光景のさなかに、呑気な顔で総司が現れた。

「あれ?みなさんどうしたんです?神谷さん?」

総司が現れたところで石化が解けた斉藤は、大声でセイにすまん!と叫ぶと脱兎のごとく駆け出して行った。
その後には、転々と鼻血の跡が続き、隊士たちが心の中で合掌していると、総司がしゃがみ込んだセイの目の前に同じように屈みこんだ。

「神谷さん?どうかしたんですか?」
「……なんでも……ません」

よろりとたりあがったセイがぎらりと隊士達全員と視線を合わせた後、よろよろと隊部屋に向かって去っていくのを見て、総司が首をかしげた。

その後、総司に締め上げられた一番隊の隊士たちは、あっさりとわけを話してしまい、総司の逆鱗に触れた揚句、稽古と称して散々に打ちたたかれる羽目になった。

「なあ、山口」
「なんだ、相田」
「俺たち、沖田先生の敵を討ったはずなんだけどなぁ……」
「敵を討ったのは斉藤先生だろ」
「でもいずれ、斉藤先生も敵、討たれそうだよな」
「そうだな……」

打ち身と傷だらけになった隊士たちがぐったりとその身を横たえた隊部屋を背に、廊下で総司とセイが呑気に茶を飲んでいる。

「でも」
「俺たち」

……確かに学習したんだ。君子危うきに近寄らず。

– 終わり –