まちわびて 11
〜はじめの一言〜
ほんとーにほんとーに仕事が忙しいんですよ。ありがたいことだと思うんですけどねぇそれにしたって限度ってものがあると呟きたいけど、頑張れるうちは頑張りたいのもあるんですよねぇ。
BGM:
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「……先生?」
いきなりぎゅっと抱きしめられたことに驚いたセイは、そのまま身動き一つせずに、されるがままになっていた。汗と慣れた総司に匂いに帰ってきたことを実感する。
「……ただ今戻りました」
「……おかえりなさい」
「私がいない間に、何か大きな捕り物でもないか……。先生が……」
自分が傍にいない間に何かあったらと思うと、心の奥でいつも不安だった。
何も言わなかったが、総司の腕にぎゅっと力が入る。
「……ちゃんと、帰ってくればいいんです」
私のもとに。
言葉は交わしていなくても、心は伝わってくる。
総司と何の言葉もない。
それでも。
「……はい」
抱きしめられたのと同じくらい唐突にセイはふわっと身軽になった。
その腕を解かれてその手を引かれると、再び歩き出す。
「帰りましょう。そして、一緒に土方さんに叱られましょう」
その一言を聞いて、あっとセイが我に返る。
確かに、連絡もせず、無断でこんな時間に帰営したら土方のことだ。どうなるか、少し考えればわかるはずだった。
「それは、やはり、あのう……」
「覚悟するんですね」
ひええ、と首を竦めたセイは、すみません、と小さく呟いた。
総司も上司として当然、叱られるはずだ。再び、しょんぼりと肩を落としたセイに今度こそ、確かに、総司はふっと笑みを漏らした。
「あなたが気にすることじゃありませんよ」
総司にとって、自分の傍に戻ってきたセイのために、土方に叱られることなど、なんでもなかった。斉藤と、二人寂しく月を見上げていたのより、今はこんなにも気持ちが違う。
「慣れてますからね」
「申し訳ありません!」
「それにも慣れてます。でも……」
足を止めた総司がセイを振り返る。その口元が笑っていた。
「そろそろ罰が必要かもしれませんねぇ」
「えっ!罰?罰ってなんですか?どんな罰ですか?」
「そうですねぇ。土方さんの」
足を止めた時と同様に、また唐突に総司が歩き出す。すっかり振り回された格好でつられて歩き出したセイは、なんだか不思議な気持ちで総司の横顔を見上げた。
先ほどまであれほど勝手を叱っていたのに、急にセイを抱きしめたかと思うと、今は笑っている。
まるで、初めて会ったような、出会ったころの総司のような、総司らしいような。そんな総司がちらりとセイを見る。
「おしおきが決まったら、私も考えます」
「ぐ……」
おしおき、という言い方に土方がやりそうなことが十は思い浮かんできて、げんなりしてしまう。そのセイの手を引いて、総司は屯所へ向かって歩き出した。
屯所に戻ると門は開かれていて、夜半の捕り物があった後だけに、後始末はまだ続いているようだった。
「あ!お帰りなさい、沖田先生……と、ほんとに神谷?!」
「ほんとだよ。お疲れ」
あ、おう、と返す隊士達の間をぬって、手を繋いでいるのはそのままでもまるで叱られて引き立てられていく様、という姿で大階段を上っていくセイと総司の姿を皆が呆気にとられて眺めた。
「……あれは」
「……まあ、そうなるわな」
「……だな」
言葉少なに互いに視線を逸らしあうと、胸の中でセイに向かって合掌を送った。
廊下の灯りも夜半のものより増やされていて、副長室の前まで来ると、セイを後ろにした総司が片膝を着く。
「副長」
「入れ」
即答で総司は障子をあけた。長着の肩に羽織を羽織った姿で文机に向かっていた土方がちらりと視線だけを投げかけてくる。部屋に入って、セイにも入る様に促した総司は渋々セイが膝を着いてから障子を閉めた。
土方の方へと向き直ってから膝の上に手を置く。
「ただ今戻りました」
「総司」
「はい」
ぱちん、と音をさせて土方が筆を置いてから文机に片肘を突いて二人を振り返った。
「お前はご苦労だった。先に戻った山口から一通り報告は受けている。後で斉藤が戻ったら後始末の報告もおっつけ来るだろう。……だが」
じろり。
目や口から気が吹き出しているのが見えるとしたら、まさに今、湯気のように土方からもやもやと溢れだしているように思える。
「そこのガキはどうした。今、大阪にいて用足しをして明日以降戻るはずのガキがなんでここにいる」
「神谷さん。観念して土方さんにも同じ説明を」
総司に促されてはどうしようもない。渋々、総司と斉藤にしたのと同じように、某藩の内密の荷を運ぶ船に乗せてもらってきたこと、そして、帰る道すがら、隊の呼子が聞こえて、ついつい、顔を突っ込んでしまったことを話した。
「申し訳ございません!」
畳みに額をこすり付けるようにして頭を下げたセイに、ぬっと土方は手を差し出した。
– 続く –