まちわびて 13

〜はじめの一言〜
一番隊のみんなが大好きだ―。

BGM:
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隊部屋の前に向かった総司に、幾分セイはがっかりしてしまう。隊部屋に戻るなら当たり前のことで特段、何と言うこともない。

それも当たり前だったなと思いながら、隊部屋に向かう途中で廊下の角をひょいと総司が覗き込んだ。別に何もあるわけでもない角にきょとん、としたセイは、そのまま後についていくと足音に気づいたのか、隊部屋が中から開いた。

「……沖田先生?」
「ああ、皆さん。戻ってましたか」

すすっと開いた隙間から小川が顔を覗かせて総司かどうかを確認してから障子が大きく開いた。

「神谷!お前、大丈夫だったか?」
「え?皆……」

わっと取り囲まれて、セイは総司に背中を押されて隊部屋に入った。すぐに取り囲まれて、わっと頭をぐしゃぐしゃにされる。

「おっまえ、帰ってくるなら教えろよ!」
「そうだよ、副長は怒ってたか?」

荷物を下ろすと、すぐに質問攻めが始まったが、セイが手甲を外すと、少し待て、と止められた。

「何だよ。着替えたいんだけど」
「だからちょっと待てって。沖田先生、ちゃんと用意してますから」

それまで黙って、羽織を脱いで刀を置いていた総司がそうですか、と頷いた。

「面倒かけましたね」
「いえ!お安いご用ですよ。沖田先生の布団も向こうに運んでありますから!」
「えっ!?ちょ、私は何もそこまでっ!」

急に慌てた総司にいやいや、と皆がしたり顔で首を振る。

「いいんですよ。俺達はわかってますからね!さ、早く行ってください」

顔を赤くした総司がわたわたと両手を振っていたが、にこにこと頷く相田と山口を筆頭に、隊士達にぐいぐいと背中を押されて隊部屋から追い出されてしまう。

ごゆっくり、と言われて、真っ赤になっていた総司はセイにまじまじと見上げられて天を仰いだ。

「沖田先生?……どういう」
「……仕方ありません。いきましょう」

袖口に手を差し入れた総司が背を丸めるようにして先ほど戻ってきたばかりの幹部棟へと再び歩いていく。まったく意味が分からないままに慌てて後を追う。

廊下の床板の冷たさが身に沁みる中で、布団部屋の隣の、空き部屋へと向かうと、総司が先に部屋へ入った。

「沖田先生?どうしてこちらに……」

続いて部屋に入ったセイは、総司が行燈に火を入れると、驚いた。

部屋には火鉢に鉄瓶が乗せられており、部屋の隅には桶も置いてある。

「実はあなたが戻る前に、きれいな月夜だなと思って、廊下の隅で斉藤さんと火鉢をおいてちょっとこれをね、飲んでたんですよ。それを片付けて置いてくれるように頼んでおいたんですが、それをさっき、こっちの部屋に移して置くように相田さんに頼んでおいたんですよ」

セイが帰ってきたとなれば、土方の雷は間違いないだろうし、隊部屋ではゆっくり眠れないだろうと思って布団ごと運んでおいてくれるように頼んでおいたのだ。

「それに、夕方から船に乗ったならお腹もすいたでしょう?」

火鉢の傍にお盆が置いてあって、手拭いをひらりと持ち上げると、味噌をぬられた握り飯が置かれていた。火鉢に手をかざして、その温度を確かめた総司が桶を手にするとそこに湯を注ぐ。

目いっぱいまで入っていた鉄瓶はひどく重かったが、桶に注ぐには十分にある。そこに手拭いを浸すと、総司はセイを振り返った。

「衝立がありますから脚絆も外して、これでさっぱりなさい。その間に、握り飯を炙っておいてあげますから」
「え、え?沖田先生、そんな、私はそんな贅沢しなくても!」
「皆、あなたが帰ってきてくれて嬉しいんですよ。これはその気持ちですから遠慮せずにさっさとなさい。せっかくの湯が冷めてしまいますよ?」

確かに、足は冷えているし、湯はありがたい。部屋の中には二組の布団と、総司の寝間着も置かれているようだった。

「じゃあ……、失礼します」

衝立を運んで入り口の隅で総司に背を向ける。足袋を脱いで、脚絆も外し、温かい湯で顔から襟元、手足を丁寧に拭う。
寝間着に手を伸ばして、ちらりと後ろを振り返る。総司がこちらに背を向けているのを確かめてから隊服を脱ぐ。

もう一度、体を拭っておいて、寝間着に袖を通した。

隊服を濡れた手拭いで拭ってから衣文にかけて吊るす。汚れた湯の入った桶を手にすると、部屋のすぐ前の廊下から下に流した。空にした桶はそのまま廊下の端においてから部屋へと戻る。

申し訳なさに入り口脇に手を着いたセイが頭を下げた。

「すみません。さっぱりしました。ありがとうございます」
「すみましたか。じゃあ、衝立を除けてこちらへいらっしゃい」

鉄瓶を下ろしたところに網を置いて、味噌をぬりつけた握り飯を炙っていた総司がセイを隣に呼んだ。

寝間着姿のセイは、一回りも小さく見える。炙った握り飯を皿に乗せて、今度は鉄瓶を乗せる。少し温くなってはいるが、問題ないだろうと茶を入れる。

「頂きます。あっつ……」
「はは、とりませんからゆっくりお食べなさい」
「は、はひ。おいし……っ」

香ばしさを増した握り飯はあっという間に一つが口の中に消えて、さらにもう一つに手を伸ばす。それを見ながら総司は、銚子に残されていた酒をちびちびと飲む。

「なんでしょうねぇ。明日から顔を合わせないんだと思っても、神谷さんがいるのといないのとじゃ違うなぁ」
「へ……?」

米粒を頬につけたセイがきょとん、とした顔を向ける。そのセイになんでもないですよ、と首を振って酒を飲む。斉藤と飲んでいた時も美味い酒だったのに、今はふわりと鼻先をくすぐるような芳香を感じる。

廊下では冷えていたので、あまり香らなかったのだろうが、今は部屋も暖かいせいだとは思う。

「酒がうまいってことですよ」
「あ、そんなにおいしいお酒なんですか?」
「ええ、斉藤さんおすすめですからね」

ちらりと視線を向けたセイに、苦笑いを浮かべた総司は自分の飲んでいた盃を差し出した。

– 続く –