まちわびて 3

〜はじめの一言〜
久しぶりに登場です!ご無沙汰~!

BGM:
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「なんだ、本当に帰るのか?総司」
「ええ。局長も副長もいらっしゃらないんじゃ、みんなが羽を伸ばしちゃいますからね」
「たまにはいいじゃないか」

泊まっていけばいいのに、と寂しそうな顔をしている近藤に頭を下げた総司は、見送りに出た近藤とお考に頭を下げて、屯所に戻った。

「ふう……あの二人と飲むと、底がありませんからねぇ」

遠慮してもあの二人を前にしては、 そんなことも意味がない。お考も珍しく揃って顔を見せた土方と総司の傍について、酒を切らすことがないように次から次へと酌をしていたので、今の総司が吐き出す息は随分を酒気を含んでいた。

冷たい夜風が心地いいと思うくらいには総司も酔っている。だが、その足取りがふらつくようなことはなかった。

―― 今頃、神谷さんはゆっくりと風呂にでも入っている頃でしょうかねぇ

提灯の灯りなどいらないくらいの月明りの下で、腕を組んでゆったりと歩く。
総司が寂しいのではと気遣って、にぎやかに過ごさせてくれたことはよくわかっている。だが、本当はそんなことなど不要なのだ。

セイが自分の傍にいない代わりなどほかにあるわけもない。

セイへの片恋を自覚してからずっと、厳しく自分を律している分、総司の中ではその存在が日増しに大きくなっていた。それは仕事に夢中になっていたとしても、セイが無事でいるか、無茶をしてはいないか、頭の片隅でずっと気になっている。

だから今回、危ないことはないはずであるし、問題がないこともわかってはいる分だけ、思う存分セイのことを考えようと思っていた。

―― 今日は、どんな夕餉を食べたんでしょうねぇ。おいしいものをたくさん食べているといいんですけどねぇ

いつも皆の世話を焼く方が先に立って、ゆっくり食べられることなど少ないのだからこういう時くらいうゆっくりと味わってたべているといいなと思う。

―― 神谷さん。今日は近藤先生と土方さんと一緒に夕餉を頂いたんですよ。試衛館に戻ったような気分になりました

胸の内でそっとセイに話しかける。それがこんなにも幸せを感じるということにも驚きだった。

 

 

 

「あーあ……。一人で夕餉ってつまんない」

京屋の部屋で一人夕餉の膳に向っていたセイは、ぽつりと呟いた。お櫃や汁の小鍋は隊部屋のように部屋に運ばれていて、飯も汁物もすきなだけおかわりしても構わないし、隊部屋のように慌ただしくないはずなのに。

膳の上にはおいしそうな料理が乗っているというのにどうしても、おいしいと思えなかった。

「お昼はおいしかったのになぁ……」

到着してすぐ、大阪の町で以前、近藤と総司と共にうどんをたべた店に入ると、久しぶりの味にとても浮かれていた。その後、京屋へ向かい、用向きを伝えて泊まりの部屋を整えてもらった。

万太郎の道場へ使いをだし、面会の約束も取り付けたし、明日の用事も手筈がついている。

「はぁ……。おいしいはずなのになぁ。一人で食べてもおいしくなーい!」

思わず叫んでしまったセイは、天井を仰ぐと総司の顔を思い浮かべた。

今頃、総司は隊部屋で皆とくつろいでいるだろうか。
夕餉は、食べただろうか。
今日は待機だったはずだから、一人で稽古でもしたのだろうか。

「……きちんと、仕事して帰ろう」

気負うほど大層な仕事でもないのだが、そんな風に思わないと寂しいと口から出てしまいそうだ。

―― たった一日なのに何やってるんだろ

このところ、少人数の隊務でも総司と一緒に行動することが多かったから余計になんだか寂しい気がした。特に、総司が妙に優しくて、時々誤解してしまいそうなほど幸せに過ごせていたから寂しく感じるのだ。

のろのろと箸を動かしていたセイは、しばらく弄りまわしていたが、諦めて箸を置いた。ふと思いついて、懐から懐紙と矢立を取り出すと、器用な手で膳の上の様子を描きとっていく。

さらさらと描きあげると、お品書きとばかりに下の方に書き添えた。

「これでよし」

これを帰ったら総司に見せてみよう。これがおいしかったとか、どれも一口ずつは箸をつけていて、味も覚えている。もし総司が食べたいと言えば、きっと似せて作ることもできるかもしれない。

そう思えば、少しだけ気も晴れてくる。出がけの総司の笑顔を思い出した。

『気を付けて行ってくるんですよ』

「よし!残りも食べちゃおう!」

気を取り直してセイは箸をもう一度取り上げた。

 

 

「あれ?沖田先生、お帰りなさいまし」
「ただ今戻りました。遅くまでご苦労様ですね」
「いえ。てっきり局長のところにお泊りだと思ってました」

門脇の隊士にまでそう言われた総司は苦笑いを浮かべて、頷いた。

「そのはずだったんですが、土方さんや局長のところにいたらどのくらい飲まされるかわかりませんからね」
「ああ!それはそうですねぇ」
「でしょう?」

ははっと笑いあうと、総司は人気の少ない中庭を突っ切って大階段を上った。
夜番の巡察前であり、消灯時間も近いために廊下を歩く隊士達も少ない。おかえりなさい、と声をかける隊士達に頷きながら、一番隊の隊部屋へと向かう。

「……何をしている」
「おや。斉藤さん。あのままじゃ、土方さんと局長にどれくらい飲まされるかわからないんで帰ってきちゃいました」
「帰ってきてもアンタのお気に入りはいないぞ」
「……わかってますよう」

セイがいないのに帰ってきたのかと言われると何とも言い難い。相手が斉藤だけに、ゆっくりとほろ苦い笑みを浮かべた総司は、もう一度、わかってます、と繰り返した。

「斉藤さん、一杯やりませんか?」
「飲まされるのが嫌で帰ってきたんじゃないのか」
「そうなんですけど……。寒いから温まってから寝る方がいいかなって」

駄目ですか?と首を傾げた総司に、ふむ、と片眉を上げた斉藤は、支度も片付けもあんたがするなら、と言う条件で首を縦に振った。

– 続く –