まちわびて 4

〜はじめの一言〜
久しぶりに登場です!ご無沙汰~!

BGM:
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「へっへっへ。斉藤さぁん、本当にお酒強いですねぇ」
「……いいのか?本当に」
「だぁいじょうぶですよ。土方さんがこの部屋に戻るのは早くても明日の昼頃でしょうから」

副長室に陣取った総司と斉藤は、火鉢に入れた火の上に鉄瓶を乗せて、熱燗にするとちびちびと酒を飲んでいた。土方の部屋なら人が来ることも少ない。
賄いで、酒と肴を調達した二人は、そろそろ冷えるようになってきた部屋の中で、干物を炙っている。

ほんのりと頬を赤くした斉藤がじろりと総司の顔を睨んだ。

「そんなに寂しいなら局長の休息所に泊まってくればよかっただろう」
「……そういうわけじゃないんですよ」
「じゃあなんなんだ。俺と酒を飲みたかったわけではあるまい」

普段から斉藤には何かと構ってくる総司ではあったが、セイが来るまではつかず離れず、程よい距離感を保っていたはずだ。試衛館の面々よりは少しだけ距離があって、それでもその腕を互いに認め合って。

だが、セイが来て、互いにその感情を知るところになってから、斉藤は総司のことが嫌いだと公言していた。その斉藤に甘えるようにすり寄った総司を盃を持っていない方の手で振り払った。

「そんなこと言わないでくださいよう。斉藤さぁん」
「鬱陶しい。くっつくな」
「寒いんだからいいじゃないですかぁ」
「馬鹿者。火鉢にあたりながら寒いも何もないだろう」

行燈の灯りと、火鉢を前にして差し向かいの位置に移動した斉藤は、手酌で酒を注いだ。

「……戻ってきたかったんですよ。せめて、神谷さんがいないから」
「神谷がいないのに?」
「だからですよ。ここは神谷さんの家でもありますからね」

セイが大好きなこの場所でセイの帰りを待っていたかった。
斉藤がとん、と置いた白鳥から酒を注ぐと、口に運ぶ前に手を下ろす。

―― いくら飲んでも酔えないんですよねぇ……

本当は、飲んでも飲んでも少しも酔いが回った気がしなかった。近藤のところでも今も、肌寒さが抜けないのは、セイがいないからだ。

「こういうのありませんか?表に出ていて、戻ってきたときに、迎えてくれる人がいると、ほっとするというか」
「馬鹿な……。ここは屯営であり、休息の場ではないぞ」
「そうなんですよねぇ。でも、ほら。私たちも人ですから。全く休まないわけにもいきませんしね」

守りたいんです。

ふ、と面白くなさそうに斉藤が火鉢の上で炙っていた干物に手を伸ばした。
口にくわえてぶちっと音がする中で噛み千切る。今更、守りたいなど何をいうのだと鼻で笑いそうになったが、この男の思考が並みではない事をよく知っていた。

「甘いな。つくづく」
「ははっ、そうですね。一番隊の隊長がいうことじゃありませんよね」
「まったくだ」

屯営がくつろぐ場所だというのは確かに甘ったれた話だろうだが、セイのいる場所を守りたいというのは確かなことで、それは近藤のために戦うことと、少しも外れてはいない。

「でもねぇ。そういうのもあっていいかなと近頃思うんですよ」

ようやく、温くなった盃を口に運んだ総司が口を開いた。冷えて固くなる前にと、残りの干物を口に放り込んだ斉藤が何の感慨もなそうにちらりと総司の顔を見た。

「皆さん、頑張ってるんですよね。すごく。すごく頑張ってて、いつ死ぬことも、惜しくないと思っている。幹部は休息所が持てますけど、 ほかのみなさんたちにはないわけです。それが幹部になろうとする意欲にもつながると思うんですけど、神谷さんは、それをやってくれるんですよ」

食に気を配り、皆の体調に配慮して、屯所の中を少しでも快適に過ごせるように整えてくれる。小者達と一緒に、細々した雑用にも気を回しているセイがいるからこそ大きな不満もなく、そこそこのまとまりを保っている。そうでなければ、志という大義だけでは、これだけの組織を近藤の存在一つでまとめることなどできはしないだろう。

「だから、神谷さんがいない間は、代わりになんてとてもなれませんけど、私にできることはしようと思いまして」

いつもならくだらん、と一言のもとに切り捨てるところだったが、黙って酒を飲んでいた斉藤は、温くなった酒の残りを飲み干すと、のっそり立ち上がった

「斉藤さん?」
「俺は朝の巡察だ。そろそろ戻る」

後をかたづけておけよ、と声をかけて副長室を出た斉藤は、隊部屋に戻りながらその向こうに見えた隊部屋のある北集会所をみて足を止めた。

―― 確かに、俺にももはや帰るところと言えばここしかないのか

良し悪しはこの際置いておくとして、その話にも一理あるような気がした。

「いかんな。沖田さんに感化されるようでは」

ひやりとする寒さに肩を竦めた斉藤は、袖口に腕を入れて隊部屋へと急いだ。

 

 

朝方、寒さに目を覚ました総司は、昨夜、片付けるのが億劫で枕元に寄せて置いた白鳥を倒しそうになって、はっと飛び起きた。

「あああ……。土方さんに怒られる……」

畳に零れた酒を手拭いで拭ってから、はぁ、とため息をついた。
斉藤が隊部屋に戻ってから残りの酒を飲んでしまい、面倒になって部屋の片隅に火鉢と一緒に押しやってから、ひっぱり出した布団にくるまって眠ってしまったのだった。

まだ起床の太鼓が鳴る前ではあったが、もう一度ため息をつくと障子を開け放った。
白みかけた空はまだ薄暗いが、夜明けが近いことを連想させる。

濡れてしまった手拭いを掴むと、幹部棟側の中庭に下りて顔を洗いに向かった。
いつもの隊士棟の方ではない井戸は、覆いがかけられている。それを除けると、釣瓶を落として水を汲みあげる。恐ろしく冷たい水で手拭いを雪いだ後、顔を洗ってさっぱりと目を覚ました。

まだ自分の吐く息が酒気を帯びていたが、手でくみ上げた水で口を漱ぐと、手拭いを持って副長室へと戻る。
無造作にひっぱり出していた布団をきちんと片づけると、昨夜の酒の後始末を済ませて総司はそっと隊部屋に戻った。まだ寝静まっている隊部屋で、一人、稽古着に着替えるとひたひたと足音をさせて、道場へと向かった。

その途中で、起床の太鼓が鳴り始める。

―― さあ。今日も一日が始まりますね……

セイが戻るまであと数日。

– 続く –