まちわびて 6
〜はじめの一言〜
すっかりサボり癖がついてしまって申し訳ないです。気にせず煽ってくださいね。それも大切な楽しみでございます。
BGM:
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –
ぼんやりと星の瞬く空を見上げる。
「沖田先生、お風邪を召しますよ」
「そうですねぇ。そういえば先にもこうやって神谷さんがいない日に空を見上げていて、風邪を引いたことがありましたね」
ふふ、と一人呟いて、隊部屋に戻る。部屋の中は、火鉢のおかげでほわりと温かかった。
もう部屋の中は寒いからと言って、夕餉が終わってすぐに床が敷かれている。あちこちで気の早いものは床に入って語り合っていた。
中には隣り合った布団の間に将棋盤をおいて、指している者さえいる。
「沖田先生、そんな端でお寒くないですか?神谷がいないのに」
総司の布団は一番廊下側になる。朝早くに起き出すセイがいなければ、一番寒い場所でもあった。
「いいえ。存外寒いのにも強いんですよ。それに、あまり暖かすぎていざというときに起きられないのも困りますからね」
屯所にいても、戦場と同じだという総司の一言に、己を恥じたのか、そそくさと隊士は部屋の奥の方へと移っていった。
今夜の夜番は原田たちの隊だ。夕方にぎやかに風呂を使っているのが聞こえていた。これで一番隊が夜番だったならこの身の置き所のない落ち着かなさも何とかなるのに、と思う。
しばらく隊部屋にいて、綿入れにくるまっていた総司は、いつの間にか再び隊部屋から姿を消した。
「こんなところでまた風邪でも引きこむつもりか」
「そんなつもりはありませんよ。斉藤さんが通るだろうなぁと思って待っていたんです」
隊部屋の明かりが消えた頃、外出から戻ってきた斉藤は廊下の突き当たりで妙な囲いを見つけた。暗ければわからないのだが、そこには灯りがついている。何事かと刀を手にしたまま近づいた斉藤は、見なければよかったと踵を返しそうになる。
ひらひらと手招きされて、渋々覗き込むと、近くの部屋から背の低い衝立を持ってきたらしい総司が、衝立を風よけ代わりにして、周りを寝間着で囲い、真ん中に火鉢を置いて座っていた。
座布団が二つあって、一つに総司が座っているところからしても、斉藤を待ち構えていたのは確かなのだろう。
「……なんだこれは。子供の遊びでもあるまいに」
「ははっ、いいでしょう。これでなかなか温かいですよ。火鉢があって、風もよけられますし、ほら、お酒とつまみも温められるし」
火鉢の上には、小さ目の金物でできた酒をいれるものと、金網が乗っている。
ここまで支度を整えられていれば、何とも避けがたい気がして、渋々斉藤はその中に腰を下ろした。
「……ふむ。存外、温かいものだな」
まあ、わざわざこんな寒い夜更けに廊下の片隅で酒を飲まなければよいだけだが。
そう呟いた斉藤は、表で飲んできたものの、この寒さですっかりと冷めていたところだ。ぐい飲みを差し出されて、熱くなった酒を注がれれば喉に流し込みたくなる。
「それ、斉藤さんが以前、熱燗にするならそれがおいしいって言ってたのを買って来たんですよ」
「……わざわざそんな面倒までして何用だ」
「やだなぁ。斉藤さんと飲みたかっただけですよ」
ついに、セイがいない寂しさに耐えかねたのか、と斉藤はほの暗い中で手を炙っている総司の顔を眺めた。斉藤も、総司も、セイがいないということは常に意識のどこかにあって、もはや切っても切れはしない。
それもまた良いものだと、斉藤は酒を楽しんできたが、こちらはその逆らしい。
「情けないな……」
ぼそりと呟いた斉藤の言葉に面目ありません、と素直に苦笑いを浮かべた総司は、金網の上に昼間の饅頭をのせた。焦げないように、少し端の方へと転がしながら、自分のぐい飲みにも酒を注ぐ。
冷でひっかけるよりも、ほのかに甘い酒の香りを嗅ぎながら、素直に白旗を上げた。
「神谷さんって……。こんなにも隊の中をあちこちと働いて歩いてるんですねぇ」
セイがいない間を、少しでも埋めようというわけではなかったが、代わりがいなくて困るというあちこちの悲鳴に手伝いに行ったが、どこに行っても沖田先生は……、と初めだけですぐに追い出されてしまった。
総司が特別不器用と言うわけではないのだが、セイの気遣いや、慣れた扱いがいきなりできるわけもなく、その違和感がなおさらセイがいないことを残念に思わせてしまうらしい。
「どこに行っても、神谷さんはいつ帰るんですかねぇって言われるんですよ」
「まあ、そうだろうな……」
どこにいっても、担当している者以上に詳しい。それだけに、皆、頼りにするし、例え忙しくて手が空いてなくてもセイが屯所にいるのといないのとでは大きな違いがあるらしい。
「すごいですよね。局長や土方さんを除いたら、あれほど隊の中で影響がある人なんてそうそういませんよ」
「それはあんたの主観だろうが。別段、神谷が特別すごいということもないだろう?剣術や体術などはほかの者に劣ることが多い分、あれがあれなりに、己の使い方を見出したにすぎん」
「……そうだなぁ。そうやって、冷静に考えられるから斉藤さんはすごいんですよ」
私は駄目だなぁ、と呟いた総司は、温かくなった饅頭を二つに割ると、片割れを斉藤に差し出した。
なんでお前と分け合わねば……、と目をむいた斉藤だったが、まるっと一つ、甘い饅頭を肴にできるほどではない。渋々、それを受け取ると、総司はぱくっと一口でそれを口に入れた。
「私なんかはどうしても、神谷さんがここに来た時から知ってますからね。どうしても師というか、兄分としての目が先に立ってしまって、ついつい、こう、弟の面倒を見ている気分になるというか……。そのはずなのに、神谷さんがすっかり一人前なんだと思えば思うほど、寂しくなるというか……」
―― 馬鹿じゃないだろうか、この男……
どこの誰が弟相手に、こんなに切なそうな顔で寂しいと漏らすというのだ。いい加減自分の気持ちにまっすぐに向き合えばよいものを、セイを好きだとは思っているらしいが、それでもそれと今の気持ちとはかけ離れているようなことを平気で言う。
それだけ自分は冷静なつもりなのだろうが傍から見ていれば、これっぽっちも冷静ではない。
わかってはいたが、阿呆らしくて、勝手に火鉢の上の酒に手を伸ばす。
いくら風よけがあると言っても、廊下の端なのは変わらない。このくらい寒ければ飲んだ片端から覚めて行ってしまう。
「斉藤さんは寂しくないんですか?」
「……俺は、仮にもよその組の隊士が一人、出張に出ているだけで、そんなになるほど暇ではない」
―― そうですよねぇ
ぽつりと呟いた総司がふっと目線を上げた。
大階段の方で灯りが揺れ動いている。ぐい飲みを口元に持っていきかけた斉藤も、ちらりとそちらに視線を向ける。
「……何か、あったんでしょうか?」
「む……」
二人は、遠くの方だが、静まり返った屯所の中で慌ただしい足音に気を向けた。
– 続く –