風の行く先 2

〜はじめのひとこと〜
拍手お礼画面にてタイムアタック連載中のお話です。

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盛大に鳴った腹の虫にセイがげっと思っていると、背後でぷっと吹きだす声が聞こえた。

「すげぇ腹の虫」
「……起こしてすみません。藤堂先生」
「ううん。さっきから起きてた」

セイが目を覚ました時には確かに寝ていたはずなのに、腕を支えに頭を起こした藤堂がにやりとセイを見ていた。バツが悪くて、白湯を手にしたセイは、文机のところまで戻って、握り飯をちらりと見る。

「食べなよ。神谷のだよ、それ。俺は夕餉をちゃんと食べたしね」

セイが寝てしまってから、一度、藤堂はセイを置いて隊部屋に戻っていた。隊士達と夕餉を済ませると、副長室にいると言い置いて、一番隊の部屋へと顔を出した。
残っている隊士達にセイを副長室で預かると言って戻った藤堂は、眠りながらも涙を流しているセイがかわいそうで、畳の上に丸くなったセイを抱えているうちに、そのまま寝てしまったのだ。

腹の虫の鳴き声を聞かれては今更と思い、セイは白い握り飯に手を伸ばした。薄暗い部屋の中で白湯を片手に、白い握り飯を頬張る。

―― 飢えた餓鬼みたい

自分自身がおかしくて、ふと飯粒を頬張る間に自嘲気味な笑みが浮かぶ。本当の飢えは、白湯でも握り飯でも満たされることはない。
ただその人が与えてくれなければ。

再び、頬を流れた涙に気付かないセイは、ただ無心に握り飯を口に運んだ。黙ってその様子を見ていた藤堂は、セイが食べ終えて、白湯も飲み終えて人心地ついたところを見計らって、口を開いた。

「神谷」
「はい」
「なんで泣くの」

藤堂に言われて、初めてセイは自分が泣いていることに気付いた。手の甲で頬を拭って、濡れていることに自分で驚く。

「あれ?なんでだろ」
「なんでって……。総司に置いていかれたからだろ?」

なぜか、答えの札はセイではなくて、呆れた顔を向ける藤堂が持っていた。
ふっと、呆れたように笑った藤堂は、横になった姿勢のままセイの涙に濡れた手をきゅっと手を伸ばして拭いた。ぽんぽん、とその手をたたいておいでおいで、と手を動かす。

子供のように泣きながらころん、と横になったセイが膝を抱えるように丸まった。
藤堂の傍にくっつくわけでもなく、畳の上にちょうどいいくらいの間をあけて丸まったセイに藤堂が布団を横向きにしてセイにも布団をかけてやった。

「聞いていい?」
「はい」

ぐしゅっと鼻をすすりながらセイが頷いた。横になって丸まっている分には、目線の高さも同じで、まるで一緒に隠れ鬼でもしているみたいだ。

「ん~……っと。置いていかれたからって、隊から追い出されるわけじゃないのに、総司がいないとそんなに不安?」

ふるふると頭を振ったセイが目を瞬かせる。くりっとした藤堂の目がセイの答えを待つ。 しゃくりあげながら、ふう、と自分を落ち着かせたセイがようやく口を開いた。

「不安なんじゃないんです。ただ、もうここにいなくていいって言われそうで、それが怖いんです」
「誰がそういうのさ?総司?」

こくん、と頷いたセイに藤堂は吹きだしかけた。頭を支える枕代わりの肘の位置を直して、少しだけセイに近づくと、あいた片腕でセイの頭を撫でた。

「馬鹿だなぁ。総司が言ったからって神谷が何か隊規に違反したわけでもなかったらそんなこと勝手には決められないよ?」
「でも……、一番隊にはいられなくなります」

ぽろぽろと再び泣き出したセイに、藤堂がため息をついた。

「そんなに一番隊にいたいの?総司の傍に?」

少しだけ難しい顔になった藤堂は、指先で流れる涙を拭ってやる。

「うーんとさ。神谷は総司のために隊にいるの?」

ぎくっと、セイの瞳が揺れて、視線が藤堂から外れる。その迷いを見て取ると、あーあ、と思いながら、仕方がないかと思う。十五になったばかりで親兄弟を亡 くして、新選組に来たセイにとっては、隊に入ってからずっと、総司が兄であり、師であり、上司だったのだ。

「じゃあさ。一番隊にはいられなくてもほかの隊や、前みたいに近藤さんや土方さんの小姓でいることは嫌なの?」
「……そんなことはないです」
「つまり、総司に嫌われたってことが不安なのか」

セイが嘆く原因を突き詰めていくとどうしてもそこに行き当たる。

―― まるで……。もしかして

「あのさ。違ってたらごめん。それに、もしそうだとしても誰にも言わないから正直に答えてくれる?」

こくん、と頷いたセイに、藤堂がくりっと目を動かして、問いかけた。

「神谷って、もしかして本当の女の子なの?」
「なっ……、ちがっ」

がばっと起き上がったセイをみて、藤堂が目を丸くした。まさか、まさかとは何度も思ってきた。だが、いくら慕っている兄とも、上司ともいえる男が突き放したとしても、男ならば泣いたり、嫌われたと気にする者は少ない。
それこそ、花街の陰間や衆道の者たちならまだしも。
それにセイは阿修羅と呼ばれたくらいの戦歴を持つ隊士なのだ。

「……わかったよ。誰にも言わないよ」

その動揺ぶりが余計に答えになってしまったことに、セイ自身も気が付いて、何も言えずに俯いてしまった。その手を再び藤堂が軽く引っ張った。

「何もしやしないから、横になりなよ。そんなんで寝不足でさ。明日戻ってきた土方さんや総司に見つかったら、何を言われるかわかんないよ?」

藤堂の言葉に素直に頷いたセイは先ほどと同じように膝を抱えるようにして横になる。疲れ切って、目を閉じたセイはすぐにまた眠りに落ちて行った。

とろとろとセイの瞼が閉じていくのを眺めていた藤堂は、セイが眠ると、枕代わりにしていた腕を外してごろりと大の字に転がった。当然、掛布団からははみだしていたが、セイの方に残してあればそれでよかった。

―― まいったな。本当に女の子なのか

天井を眺めながら、藤堂はぼーっとしていた。まさかと思っていても、それが本当だと言われればやはり驚く。
そう思うと、自分がセイを可愛いと思ってしまったのは正しかったのかとも思う。

「……てことは、か」

当然総司は知っているのだろう。でなければ、と思うことがいくつもある。驚きはしたが、だからと言って藤堂にとってはこれまでと何かが変わるということはなかった。
セイはかわいいし、頑張っている姿を見ていると応援したくなるし。
セイが望んで隊を退くなら仕方がないが、こうして隊にいることを願っているなら協力してやりたい。

それには、まず本人に元気になってもらいたかった。

―― だって、野郎の方は後回しでもいいじゃん?

くすっと笑った藤堂は再びセイの方を向くと、セイと同じように膝を抱えて丸くなり瞼を閉じた。

 

– 続く –