湯気の向こうに 1

〜はじめのひとこと〜
10万打記念リク。風呂場でいちゃいちゃしてる幕末の二人。

BGM:
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総司とセイはその日、連れ立って外出していた。

「なんだか怪しい天気ですよ?」
「近いし、大丈夫ですよ。いっそ一雨来た方が涼しいかもしれませんよ?」

雨の心配をしたセイの手を強引につかんで屯所を後にした総司は、心行くまで冷えた葛餅を味わった後、のんびりと屯所へと歩きだしていたところに、急に雨雲が迫ってきた。

稲光とともに雷鳴が近づいてきて、通りの店が次々と雨戸を閉め始める。

「なんだか……。急いだ方がよさそうですね」
「ほらぁ……ひゃっ!!だからお天気が怪しいって言ったじゃないですか!」

雷に驚くセイを連れて総司は足早に屯所を目指し始めた。しかし、まだ残りの半分ほども行かないうちに、桶をひっくり返したようなどしゃ降りになった。

もうすでに店の立ち並ぶあたりは通り過ぎてしまい、寺社や大名旗本屋敷が立ち並ぶあたりであれば、傘をどこかで借り受けることもできない。
とある旗本屋敷の通用口のあたりで狭い軒先の下にとりあえず逃げ込んだ。

「すごい雨ですねぇ」

二人の髪も着物もたったこの短い間でぐっしょりと濡れている。空を見上げた総司の前髪からは雨の滴が滑り落ちた。見上げたセイは、自分の髪からも滴が垂れていることに気付かずに、懐の手拭を差し出した。

「沖田先生、髪が」
「ああ。いいからこっちへもっといらっしゃい。濡れちゃいますよ」

ぐいっと肩を抱き寄せられてセイは薄らと赤くなった。肩先に大きな総司の手があると思うと、どうしても落ち着かない。
セイが離れて濡れないように強く引き寄せられた手は離れない。

高下駄を履いた足元にまで雨が跳ね上がってくるほど強い雨足はどんどん勢いを増していく。

「困りましたねぇ。神谷さんの言うとおりせめて傘を持って出ればよかったかな」

当分、やみそうにない雨を眺めて総司が申し訳なさそうに呟いた。通りの反対側が見えないほどの雨に、セイは手を差し出した。

「でも、気持ちよさそうですよ」
「はい?」
「だって、暑かったから水浴びみたいで気持ちいいかなぁと思って」

確かに、座っていても立っていてもただそれだけでじっとりと汗が噴出してくるような暑さで、涼を求めての葛餅だった。掌で水滴を受け止めるというより、掌を洗い流されたセイは、その手を顔に当てた。

「うわ」

呆気にとられてセイを見ていた総司が笑い出した。

「あっはっは。神谷さんらしいですねぇ」
「え?え?何か変なこといいました?」
「いいえ。本当に神谷さんらしいと思っただけですよ。そうですね。もうどうせ濡れちゃいましたし、水浴びのつもりで濡れて帰りましょうか」

くつくつと笑いながら総司も軒先から手を差し出した。あっという間に掌は大きな雨粒で洗い流されて、濡れた手をひくとセイの首筋に水滴を落とした。

「ひえっ!!沖田先生!!」
「あっはっは。ほら、行きましょう!」

肩に置いたままの手に力を入れて総司は軒下からセイを押し出した。頭から滝のように流れてくる雨が先ほどまでの汗をすべて洗い流していくのが、心地いい。
肩に回した手はそのままに二人はずぶぬれになることも楽しんで歩みを進める。

湯気の向こうに1

「沖田先生、これ着物も洗えそうですよね」
「確かに。でも袴だけはもう一度洗わないと泥模様になっちゃいますよ」
「私なんか沖田先生より背が低いからもっとですよ」

びしゃびしゃと足元からも跳ね上がる泥水に歩いていたセイは立ち止まってついに下駄を脱いだ。

「神谷さん?」
「泥が、鼻緒との間にこすれて痛いんですもん。どうせドロドロですし一緒じゃないですか」
「なるほど。確かに」

総司もセイと同じように下駄を脱ぐと、セイは笑い出して、一歩先を駆け出した。

「沖田先生!早く!早く屯所についた方が次の甘味を奢るのはどうですか?!」
「えっ、神谷さん!それ、ずるいですよ!!こら!待ちなさい!」

この姿を斉藤がもし目撃したら、またいつものように、いやいつも以上に呆れ返った顔になって怒られるところだろう。

『あんたらは子供か!』

土方だったなら、何も言わずに拳が二つ落ちてくるだろう。たまさかのこととはいえ、こんな一瞬が何より可愛らしくて愛しくて、追いついてしまいたくなる。

前を走る小柄な体にあと一歩のところまで近づいたところで、不意にセイが立ち止まった。

「あ」

降りだしたときと同様に、大きく降り注いでいた雨足が急に弱くなって、ぱらぱらとした水滴になり、見る見るうちに陽が差してくる。

「止んじゃった」

掌を上に向けたセイが、つまらなそうに空を見上げる。追いついた総司はセイの濡れた前髪をくしゃっとかきあげた。

「もう屯所は目の前なんですからいきましょう」
「はぁい」

揃って下駄を手にびっしょりと濡れたまま屯所の門をくぐった。門脇の隊士があわてて顔を出す。

「わわっ、沖田先生。ずぶぬれじゃないですか!今の雨に濡れて帰られたんですか?」
「ええ。水浴びだと思えばいいってことになって。ねえ、神谷さん」
「でも雨が上がったら気持ち悪いですぅ」

ぴったりと濡れてまとわりつく着物と足元は跳ね上がった泥のじゃりじゃりとした感触にセイはむくれた顔を上げた。自分で言い出したくせに、と総司が思っていると、もっとあきれた声で門脇の隊士が口をはさんだ。

「馬鹿だなぁ。神谷。お前当り前だろうが。ああもう、先生もちょっと待っててくださいね」

そういって走って行った隊士は、下働きの小者を捕まえると、二人の事を伝えてすぐに風呂を立ててくれるように頼んだ。
ついでに手拭いを借り受けると、総司たちの元へと駆け戻った。総司とセイにそれぞれ手拭を渡して頭を拭くように言うと、幹部棟の風呂へ向かうように言った。

「今、小者に言いましたからすぐに支度してくれますよ」
「あ、じゃあ、沖田先生どうぞ。私、隊部屋に行って、着替えをお持ちしますから」
「お前も沖田先生と一緒に入れよ、風呂」
「いや、私は大丈夫ですよ。拭いて着換えれば」

皆とセイが風呂に入らないのは知られていたが、それは如心選だけでなく、体に残るやけどの跡が醜いからといい通してきた。しかし、隊士棟へ向かいかけたセイへ門脇の隊士は重ねて言った。

「馬鹿、ほかの奴らが一緒なわけでもないし、沖田先生ならいいだろ?そんな姿で風邪でも引かれたら、副長から大目玉くらうぞ」
「や、でも」
「いいから入ってこいよ」

いうだけ言うとさっさと門脇の小屋へと戻っていってしまった。総司とセイは顔を見合わせて、曖昧に頷いた。

まあ、交代で入れば。

しかし、そういう時に限ってなってほしくない方へと事態は転がる。

 

 

– 続く –