風天の嵐 11

〜はじめのつぶやき〜
どんな屋敷なんでしょうね

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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予想以上に複数の声がしてセイは、何とか周囲を見ようと視線を走らせた。

「私は、九条家にお仕えする朝倉信之介の妻、はると申します」

初めにセイに呼びかけた者が自ら名乗った。やはり武家の妻女なのだとセイはすぐに思い至る。あの時、総司は何と言っていたのだったか……。

「どうして皆様はここに攫われていらっしゃったのですか?その時の様子を詳しくお聞かせいただけませんか」

とにかく攫われた時のことをまずは知りたかった。そして、ここがどこで、どんな目的で連れてこられたのかがわかれば何かの手掛かりになるかもしれない。

そんなセイに、初めに声をかけてきたはるという妻女が訝しげな声を上げた。

「なぜそのようなことを……」
「貴女も懐妊されていらっしゃる?」
「ええ。今、こちらに残っている者は皆……。貴女様も?」
「ええ」

セイとはるの短い会話でも自分達が逃げだせそうな機会や隙を知らないことが伝わって、皆、また部屋の奥へと移動していく気配がする。すすり泣きの声だけが重なって、はるからも深いため息が聞こえた。

「どうぞ、少しでもお体を休めてくださいませ。体だけは大事に扱われますの。まだもう少し日が昇るまでには時間がありますでしょう」
「あ……、待って!」

はるさえも部屋の奥へと移動していきそうな気配に、セイが引き留めた。しかし、はるからは諦めの声が帰ってきた。

「ここにいる限り時間は驚くほどあります。ないときの方が恐ろしい……。どうかお休みになって」

それだけを言うと、はるもセイを振り切って部屋の奥の方へと移動していってしまった。仕方なく、セイもそこに用意されていた布団を広げる。真新しい、ふかふかの布団にずりずりと膝から乗せていくと、手をついてゆっくりと体を横にした。
ほうっと息を吐くと全身から力が抜けて、どっと疲れが出てきた。

幸いなことに、腹の赤子には障りがないらしい。時々、手なのか足なのか腹を蹴ってくる。その場所に手をあててセイは目を閉じた。

―― 先生……

とても眠る気持ちにはなれなかったが、赤子のためにも少しでも体を休めておこうと思った。

 

朝日が昇り始めて、市中が明るくなった頃、次々と屯所には隊士達が戻ってきていた。土方の指示で、一度、朝礼の時刻には屯所に戻るようにということになっていた。

永倉に促されて、総司も汗とほこりにまみれた体を動かして、屯所へと戻っていた。

次々と報告が上げられてきたが、それらしいものは一つもなくて土方は一旦、休むようにと指示を出した。夜が明けたからには改めて、割り当てを考えて捜索隊を出すつもりだった。

幹部はすでに副長室に集まっていて、戻ってきた永倉と総司に視線が集まるが、永倉が首を振ると落胆の色を浮かべて顔を下げていく。

「わかった。とにかくお前たちも座れ。もうすぐ朝餉の支度もできてくる」

その間に、土方は皆から上がってきた話をまとめるつもりだった。
何度も報告の文をめくりながら、市中の地図と首っ引きで見比べながら印をつけていく。皆、総司の様子を見るに忍びなくて、視線さえ向けないでいると、総司が立ち上がった。

「顔を洗ってきます」
「総司」

刀を持って廊下に出る寸前で総司は呼び止められた。昨夜、セイを送って行った原田が堪らずに声をかけたのだ。

「すまねぇ。俺が余計な真似して送っていくなんてしなきゃ、あいつは無事で屯所にいただろ。そうすりゃこんなことには……」
「そんなことはありません。原田さんが気にすることはありませんよ」

僅かに顔を向けただけで総司はすぐに部屋を出て行ってしまった。
中腰になって総司に声をかけた原田は、どさっと腰を落とした。朝、いつもの様に屯所に出てきて、事態を初めて知った原田は、つい先ほどまで隊士達になぜ知らせに来ないと、隊部屋で怒鳴り散らしたばかりだった。

「総司の言う通りだ。お前が気に病む話じゃねぇ。いらん気を回すくらいならこの後どうやって神谷を探せばいいか、お前も知恵を絞れ」

土方の言葉に原田は顔を強張らせた。そんなことは言われなくてもわかっている。
同じように皆、ただ言わずにはいられなかった気持ちもわかっている。
頭に手を当てた原田が低く唸り声を上げた。

「まだ何にも掴めてねぇんだろ?どうしろってんだよ」

幹部の皆が顔をそろえていても、人攫いが武家や大店の妻女ばかりを狙っていること、特に妊婦が襲われていることくらいしかわからないのだ。

そこから先、どうやって目をつけられたのか、何が目的なのかもわからない。

井戸端に出た総司は着物を脱いで頭から冷たい水をかぶっていた。汗とほこりにまみれていた体に、冷たい水は針のように突き刺さる。

余計なことでセイと言い合いになどならなければよかった。
そうすれば、セイが無理をして一人先に帰っていることなどもなく、いつもの様に屯所で待っていてくれたはずだ。

そう思うと、自分に対して腹が立って仕方なくなってくる。肩の上に幾度も被ったせいで感覚が鈍くなってくると、最後に頭から勢いよく水を被った。
汗にまみれた着物を手拭の代わりにして、体を拭くと隊士部屋へと足を向けた。隊部屋の中は、斉藤が連れて行ってしまったために、誰も居なくて、部屋の隅に総司の分の布団だけが置いてある。

行李から着替えを取り出すと、もう一度、体を乾いた手拭で拭った。着換えながら総司の頭の中にはセイのいない家の中が見た順番に浮かんでいる。
何か見落としたことはないか、何か手がかりはないかと思い返す。

やはり気になるのは、乱れた草履と針山にわざわざ端切れを二本の針で止めていたことだ。普段のセイならしないことだけに、どうしても気になる。

二本の針は、刀なのだろう。
二つ折りの端切れの意味は……。

はっと二つ折りになった端切れと鈴を思い出して総司の手が止まった。

―― 駕籠……か?

セイが連れていかれる時、確かに駕籠に乗せられていた。それでは足取りが掴みにくいと言えばにくいが、駕籠を使ってどこかに連れて行かれたということだけでもわからないよりはましだ。

上から下まで着替えを終えると、小柄で髪を整えた総司は再び副長室へと向かった。

「土方さん。私にも調べ書きを見せていただくことはできますか?」
「……いいだろう」

すでに朝餉を取り終えた皆は、それぞれに分担を決めて探索に乗り出していた。総司の分の膳だけが残されていたが、それには目もくれずに、土方に調べ書きの帳面を渡されると丹念にそれをめくって一つ一つ確かめていく。

何か共通することはないか、何か気になることはないか。

自分が目当てであれば当に何か言ってきているはずだ。調べの方向はやはり今問題の人攫いの方向へと向けられていた。

 

 

 

 

– 続く –