風天の嵐 12

〜はじめのつぶやき〜
ざざ~っと焼き直したら伸びちゃいました(汗

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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「……思いつく限り、調べられることの中ではこれといったものがねぇ。今は山崎を筆頭にもう一度攫われたと思われる家の内情を探ってるところだ」
「いずれにしても、武家の妻女方が、まして妊婦がそんなに人目につく場所に出るなど限られていませんか?」

総司の一言に土方が、ふと目を細めた。
確かにそういう観点では調べていなかった気がする。ただ闇雲に何か引っかかることをと思っていた。武士や大店の主、番頭などならばまだわかるが女子となれば頭が回らなかったのも仕方がない。

「そうか。そういえばそうだな」
「考えられるとしたら、出入りの店、呉服屋、小間物。芝居小屋にいったとか、どこかの寺社を回った時とか?」
「なるほどな。出入りの者は洗わせているがそこに異常はみあたらん」

一緒になって土方も帳面をめくり始めた。さらわれたとわかる者が少ないため、広げるというほどではないが次々と目で追っていくが、そういう切り口で調べていないために情報が少ない。

「駄目だな」
「もう一度当たりましょう。必ず何かあるはずです」
「あるとしたらなんだ?」
「少なくとも相手が本人に会っていることかと」

つまり妊婦だと人伝えではなく知っている必要があるわけだ。
二人はひた、と顔を見合わせた。必ず何か日頃とは違うものがあるはずだ。

刀を手にした総司は立ち上がると土方と共に部屋を出た。監察の部屋へと向かう土方が、廊下の途中で別れ際、総司を振り返った。

「俺は監察の者達によく言っておく。お前は市中に散っている者達にも声をかけろ」
「承知」

頷き合って、互いに分かれるとそれぞれに動き始めた。表に出た総司は、すぐに他の者が回っているところへ顔を出しながら攫われた者の家を回る。
平隊士では面会も難しい家には総司達組長がすでに何度か顔を出していた。

その中の一つ、泉州家を総司は訪ねた。家中の者も皆一様に嫌そうな顔をしている。客間に通された後しばらく待たされた総司は、主の正玄が現れると頭を下げた。

「何度も何度も何用でござるか」
「大変申し訳ございません。新選組の一番隊隊長、沖田総司です」
「申し上げたように、当方はもう迷惑しているのだ」

頭を下げた総司は、苦々しい顔の正玄に向かってそれでも食い下がった。

「何度もご迷惑をおかけしているのは存じております。しかし、どうかもう一度、妻女殿にお話を伺わせていただけないでしょうか」
「断る。もう妻はあのことを思い出したくはないのだ!」
「そこを曲げてお願いいたします」
「くどい!!」

正玄は足を踏み鳴らしてその場に立ち上がった。妻女であるささねは攫われた後、二月後に娘を産み落とした。それから赤子と共に閉じ込められていた屋 敷から移動させられる間に逃げ出して、無事に保護された。今は母子ともに障りなく暮らしているようだが保護されてしばらくは心が不安定になっていたよう だ。

その間に何があったのかも含めて、ようやくやり直そうとしているところに酷だということは総司もわかっている。だが、それでも総司にも引くわけにいかない事情があった。

「そこを伏してお願い申し上げます」
「……貴様。貴様に……、当家の何がっ」

ぶるぶると握りしめた拳を振り上げた正玄の憤りはわかる。妻女のささねは保護された後、攫われていた間の事はほとんど口にしていなかった。夫である正玄にもである。それは同時に口にはできない何かがあったのではないかという疑いで互いに身動きが取れなくなっていたのだ。

「そのお気持ちは私にもわかります」
「何?!」
「私の妻がおそらく同じ者達に攫われました」
「……っ!!」
「どうか、重ねてお願い申し上げます」

振り上げた拳が震えて、ゆっくりと下がった。
もう一度頭を下げた総司に正玄は眉を顰めて顔を背けた。もう、思い出すことも話をすることもしたくはない。だが、同じように妻を攫われたという話を聞くと、その思いはわからなくもない。

「……くっ」

噛み締めた口から苦渋のため息が漏れた。
総司にも酷なことを言っているという自覚はあった。頭を伏せたままの総司に向かって正玄は絞り出すように言った。

「……すまぬ。貴殿の心中、察して余りあるがどうかこちらの事情もご察し願いたい」

何かを断ち切るように正玄は部屋を出て行った。入れ替わるように家中の者が現れる。

「どうぞ。お引き取りいただくように言われております」

その顔の険しさには、主人夫婦に起こった災難を何度も聞きに来る総司達に対してはっきりとした敵愾心が感じられた。それも致し方ないことである。
総司はため息をつくと家中の者の案内について泉州家を辞した。追い出すように閉められた門の向こうで怒声が響いていた。

その大きな屋敷を総司は振り返った。どんなことでもいい。情報が欲しかった。

仕方なく次の家に回ることにした総司は市中を歩きながらも周囲へと視線を走らせていたそんなことで何かが見つかるとは思っていなかったがせめてと思う。

歩いている途中で不意に総司は肩を掴まれた。

「総司」
「っ!!」

周囲へと意識を向けていたにも関わらず背後から呼ばれて総司は思わず刀を抜きかけた。振り向きざまに、右腕を引いた総司の鍔を相手の刀の柄が押さえ込む。

「おいおい。勘弁してくれよ」
「永倉さん」
「いきなり声をかけて悪かったな。どうだ?」

ひきつった顔の総司にすぐ永倉の方が詫びた。苦笑いを浮かべた総司が首を振ると、隊士達を引き連れた永倉がふむ、と腰に手を当てた。
すぐにわかるとは思えなかったが、こうも手掛かりがないと途方に暮れてしまう。

総司は土方と話していた内容を伝えると、傍にいた隊士達にもすぐに永倉が指示を下す。

「よし。俺達ももう一度回る」
「……ええ」

頷いた総司は、再び次の家へと足を向けた。

 

 

 

– 続く –