風天の嵐 13

〜はじめのつぶやき〜
ざざ~っと焼き直したら伸びちゃいました(汗

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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結局、何もわからないまま数日が過ぎて、捜索にあたっている隊士達にも疲労の色が濃くなってきた。
巡察だけでも、通常より強化しているうえに、セイの探索である。

市中を歩いていた総司はこれでいいのかと思い初めていた。
今はたまたま近藤が不在だが、治安維持とはいえ、身内が攫われてから探索に力を入れたのではどうかと思う。
これまで攫われたものの、家の者たちも同じような思いでいたのだ。

これ以上、通常の探索以上にセイの捜索だからといって力を割くのはどうかと思われた。
そんな最中に大店である井筒屋を訪れた総司は、結局のところ離縁されて家に戻ったお藤にようやく会うことができた。

「何度も何度も申し訳ありません。それでも会ってくださってありがとうございます」

頭を下げた総司はこれまでも何度も井筒屋に足を運んでいた。初めに話を聞きに来たのも総司だったが、二度目、三度目になれば店先で塩をまかれることさえあった。
主の九兵衛に思いつく限りの罵声を浴びせられたこともあった。
それでも、数少ない手がかりを求めて訪ねてきた総司に、お藤が会うと言いだした。

「もう……。正直思い出したくもありませんし、一日も早く忘れてしまいたいんです。沖田様がこうして足繁くいらっしゃれば人の口にも上ります。皆の記憶から早く忘れ去ってほしいのに……」
「わかります。それについては申し訳ないと思っています」

部屋に入ってきたときは、きりりとした面立ちでしっかりと前を見据えていたが、すでにお藤の目には涙が浮かんでいた。
今にもこぼれそうなくらいの涙に、総司はもう一度頭を下げた。

「沖田様や新撰組の皆様が、今も攫われている方々を救い出そうとされていることは重々承知しております。それでも女子には思い出したくないことがあ るのです。それをどうかお分かりいただけるなら、覚えている限りのことをお話しいたしますのでもう二度といらっしゃらないでください」

瞬きもしないお藤に総司は顔を上げた。

「わかりました。そのお気持ちを決して無駄にはいたしません。私にも妻がおります。今、その妻もお藤殿と同じように攫われております。どうか同じ思いをする者をこれ以上増やさぬためにもお願いいたします」

総司の言葉に見開いたお藤の目から大粒の涙が零れ落ちた。
こんな風に案じてくれる者などお藤にはなかった。夫から穢れた者と言われ、侮蔑の言葉と共に離縁されてきた。

同じ思いをほかの女子にさせたくはない。

「わかりました。私は、攫われた時、お腹にややがおりました。健やかにしてはおりましたが、初めての懐妊と嫁いだ家であまりうまくいっておらず、心には不安を抱えておりました」

お藤が嫁いだ家は、井筒屋と同業だったがいくらかその店は小さく、夫も健在だった義母もどこかで井筒屋に対して、強い劣等感を抱いていた。言葉の端々にも実家は大店だからと言われ続け、俺を見下しているのだろうと夫からも手ひどい扱いを受けていた。
子ができればと思っていたが、扱いはひどくなる一方でお藤の心理的な苦痛は日々増えていた。

「それでも時には優しい言葉をかけてくれ、霊験あらたかな術者がいると聞けば安産を頼みに私を連れて行ってもくださいました」

決して、別れた夫を悪くは言うまいと決めているのか、お藤はそう付け加えた。

「そんなある日、義母が好きな菓子を買い求めに少しばかり夫と共に外出した時でした。ついでにお昼をいただいて帰ることになり、立ち寄った料亭の離れから厠に立った時、身なりの良いお侍様とぶつかりそうになったのです」

お藤はすぐ無礼を詫びて、部屋へ戻ろうとしたが、離れへと続く廊下に立ちはだかり、いつまでも相手の侍は無言のままお藤を通そうとしない。
我慢できなくなったお藤が、何用なのかと尋ねるとようやく相手が口を開いた。

「糀屋のお藤殿とお見受けするが」
「確かにそうでございます。お武家様にはお目にかかったことがございましたでしょうか」

客相手の商売とはいえ、糀屋は武家に出入りがかなうほどの店ではない。せいぜい、立ち寄ってもらうくらいの店だったので、ふらりと一見で立ち寄った侍の顔を店に出ないお藤が覚えていることなどなかった。

「いや。初めてお目にかかるが、少しばかりこちらにおいでいただこう」

そういうと、口元に何か嫌な臭いを嗅がされてそこからお藤は気を失ったままどこかへと運ばれた。
離れからは直接駕籠に乗せられたらしく、お藤が連れ出されるところを見た者はいなかったために神隠しにあったと店では大騒ぎになった。お藤は近所では評判の嫁であったために、攫われたと噂が立った。

「気が付いた時にはどこかの屋敷の中の座敷牢でございました。それほど狭くない部屋に、一通りの物が揃えられており、すでに幾人かの女子がとらえられておりました」

真新しい布団が揃えられていたのもセイと同じで、お藤はその日からその座敷牢に閉じ込められた。

「私は産み月間近でございましたから、閉じ込められている以外は大事にされていたのだと思います。食事もきちんとしたものでしたし、それ以外にも口が寂しいときがあればと水菓子やそれ以外にもたくさん差し入れられました」
「というと、ほとんどその部屋から出られないのですか?」
「ええ。厠は近くにあって、その時は部屋から出されますが壁に囲まれていて逃げることは敵いません。風呂は一日おきに入ることができ、休みたければ休んでよいことになっておりました」

お藤の話を聞いていると、攫われたとはいえ扱いは悪くなかったとお藤自身も思っていることがわかる。
総司は一言ももらすまいと、懐から取り出した帳面に矢立の筆を走らせた。

「日常の手伝いをする者がいたのでしょうか?」
「女子は年配の一言も口を開かない者が一人おりました。ほかは皆、攫われて来た時同様にどこぞの家中のものと思えるような武士がすべて行っておりました」

座敷牢の開け閉め、厠へ連れて行くことも食事の世話もすべて彼らがやっていた。
それを聞いた総司の顔色が露骨に悪くなったのをみて、お藤が軽く息を吸い込んだ。

「念のため申しますが、世話をしていた人達が皆、口をきかないものの気遣ってくれて、不用意に私達へ手を差し伸べることなどありませんでした」
「あ……。そう…ですか」
「それから、産み月近くになって無口だった女がどうやら産婆らしいことがわかり、私はどうか家に戻してほしいと願いましたが、女は耳が聞こえないのか全く反応することはありませんでした」

その後、陣痛に襲われたお藤はすぐに座敷牢から別の部屋へと連れ出され、産婆と二人だけで赤子を産んだ。直後は大きな産声を上げていた赤子は、すべてを終えたお藤が休んだ後に、目覚めると世話をしていた男の一人から赤子は亡くなったと聞かされた。

「嘘だと思いました。あれほど元気な鳴き声を上げたのにと。でも、その者からせめての形見だと言ってへその緒を渡されて……」

お藤はそれを肌守りとして今も肌身離さず身に着けていた。産後の肥立ちがよかったお藤は、座敷牢に戻されることなく、今度は別なところへと移された。

「新しく移された家は、大きな寮とでもいうようなところで、屋敷よりもずっと人気のないところでございました。新しい部屋も牢のようなものではなく、板戸だけの簡素なもので、逃げ出そうと思えばいつでも逃げられる状態でございました」

数日をすごし、新しい家の人気のなさや家の作りを知ると、お藤はそこから逃げ出した。そこがどこかはわからなかったが、ひたすら歩いてその寮から離れることしか考えていなかった。

歩きとおして家や店が立ち並ぶあたりで助けを求めてお藤は保護された。

「そこからは曖昧で、助かったとそれだけでほとんど覚えていないのです」
「そうですか」

お藤の長い話が終わると、総司は書きとめたことを見返しながら考え込んだ。攫われた時も保護された時も場所について少しでもわかることがあればと思ったが、どうにもそれは少なかった。

「お話しできることはこのくらいで、手掛かりとなるようなことは少ないと思いますが……」
「いいえ。とても役に立ちました。思い出したくもないところをよくお話くださった」

矢立に筆をしまうと総司は深く頭を下げた。お藤はもう泣いてはおらず、自分の懐から守り袋を取り出した。

「これを……」

小さな守り袋を総司に差し出すと、お藤は手を合わせた。それを総司は手に取った。

「これは?」
「近くの地蔵堂のお守りです。安産のお守りなのです。産れるまでは私とややを守ってくれましたから、きっと沖田様の奥方様も守ってくださいます」
「……ありがとうございます」

総司はそれをぎゅっと握りしめて目を伏せた。どうか無事でいてほしい。
ただそれだけを願っていた。

 

– 続く –