風天の嵐 17

〜はじめのつぶやき〜
あらら。先生どうするんでしょうね?

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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文机についた手の上に額を乗せて、総司はぼうっとしていた。

飯を食べなければいけない、資料をもう一度読み返さなければ。

そう思っているのに、頭の中に綿が詰まっていて、ぐっしょりと濡れているかのように頭が動かなかった。
診療所側から回って、土方がひょいっと顔を見せる。

「なんだ。いたのか。……ひでぇ顔だな」
「……土方さん」

顔を上げても相手が土方だとわかっているのに、頭が土方だと思うまでに時間がかかる。
そんな総司を見ていた土方は、ふむ、と腰に手を当てると大股で総司の傍へと近づいてきてその腕を掴んだ。

「あれっ?」

ぐいっと引き起こされてもどこか気の抜けた声を上げる総司を引き連れて土方は幹部棟へと向かった。たどたどしい足取りで土方に引きずられた総司は、弱々しく不満の声を上げた。

「何するんですよぅ」
「いいから来い」

副長室へと引きずっていくと、総司を部屋の中に放り出してすぐに部屋から出ていく。小者に言いつけて、幹部棟の風呂を焚かせる。その間に賄の小者に声をかけて粥と特に指示したものを作らせた。

副長室のなかでぼうっとして座り込んでいた総司を有無を言わさず小者が幹部棟の風呂へと連れて行った。

「ちょ、なんですか?!」
「副長の命令です。とにかく風呂に入ってください。お背中を流して髭をあたりますから」
「その間にお着替えをご用意しておきますから!」

両脇を抱えられて総司は脱衣所に放り込まれるとぼんやりしている間に着物をはがされて風呂場に放り込まれた。そして小者の一人が汚れ物を持って着替えを取りに向かっている間に、もう一人は総司の体を擦り、伸びた髭をあたる。

「そ、そんなことしていただかなくても……」
「副長命令ですってば。いいからじっとしていてください」

ぶつぶつと抵抗する総司に有無を言わさず、赤くなるほど体を擦り、髭を剃りあげると、湯船に押しやった。温めの湯に浸かると、疲れ切った体から感覚が抜けていってますますぼうっとしてくる。くたびれた元結を外して小者が頭から湯をかけてほこりまみれの髪を洗い流した。

最後に肩から首のあたりを揉みほぐすと、今にも眠ってしまいそうな総司を急かして風呂から出した。すっかりと用意された着替えに袖を通し、長着姿で小者が副長室まで引っ張っていくと、用意された膳の前に座らされた。

「食え」
「あ、だって、さっき」
「阿呆。今のお前がまっとうに米が食えるわけないだろう。いいからさっさとそれを食え」

目の前の白粥に梅干ののった茶碗はその量も控えめにされていて、総司はのろのろと手を伸ばすと、ずずっとすすりこんだ。薄目に仕立てられた粥は、すぐに腹の中へと納まり、程よい暖かさと腹具合に今にも眠ってしまいそうになる。
じっと総司の様子を見ていた土方は、はやりもう一押しかと思い、湯呑に入った薬湯を差し出した。

「これも飲め。疲れに効く」
「疲れてなんかいませんよ……」

反論しながらも湯呑に手を伸ばした総司は、薬湯の匂いに顔を顰めながらぐいっと飲み干した。

「あ、あれ……?」

薬湯が喉元を通り過ぎて胃のあたりまで落ちていく感覚のあと、総司は目の前がくらりと回った気がした。次の瞬間、湯呑を持ったまま前のめりに倒れ込んだ。土方がやれやれと、組んでいた腕を解いて総司の体を横向きにすると、鼾をかきながら眠っていた。

その手から湯呑を取り上げると、隣の局長室に入って布団を広げた。そして、副長室に戻ると、総司を抱え上げて局長室へと運び込んだ。

薬湯に混ぜた眠り薬のせいでぐっすりと眠っている総司を横にならせると、布団をかけて副長室へと戻る。すぐに小者が現れて膳と、湯呑を片付けて、代わりに診療所の小部屋から総司が集めた資料をすべて持ってきた。

「これで全部か?」
「はい。沖田先生も無理なさいますなぁ」

土方の文机の脇に積み上げた帳面や書付を見て小者でさえ呆れている。頷いた土方が手を伸ばして一番上上から一つを取り上げた。

「意地っ張りだからな。永倉や原田達はいるか?」
「幹部の先生方ですね?お声をかけてまいります」
「頼む」

ぱらぱらとめくりながら総司が調べたことに目を通す。調べた店や、家、不審な出入りがないか、調べた武家屋敷の様子などが描かれている。

「ったく、頑固者め」

これだけを寝ずに調べていれば倒れもする。気力だけを支えに調べまわるには限界があった。同時に、お藤という女から聞き取った内容を聞いた土方は、長期戦になるとも思っていた。

産み月までは大事にされるということは、あと一月は少なくともセイの身は安全だろう。そして母子が目当てであれば、今まで攫われた人数から言って も、そんなに多くは求められていない。二月の間に九人の女が攫われていたが、保護された五人の女たちの中で子が流れた者が二人、無事に赤子を生んだ者の中 で一人は娘を連れて逃げおおせた。
残る一人はお藤で無事に生まれたはずの赤子が儚くなったと聞かされて、身一つで逃げ出してきた。

残るは四人の女とそして、セイのはずだ。それだけの女達がいればもはや、新たに攫うためには動かないかもしれないと踏んだのだ。

どすどすと足音がして、いつもの顔ぶれがやってきた。

「土方さん、何かあったの?」

一番先に顔を覗かせた藤堂が開口一番に問いかける。普段の隊務に戻れと言われても、皆なかなかそうもできず、密かにそれぞれ個別に探索を続けてはいたが、十日を過ぎれば集まる情報も底をついてくる。

「特に進展があったわけじゃねえが、そろそろ頃合いだ。お前らの力を借りたい」

土方の一言に皆がようやくかとそれぞれ膝をついた。

「やっとかよ。おせぇんだよな」
「そう言うな」
「総司はどうしたんだ?」

やっと何か手伝うことが出来ると目を輝かせた原田に土方は隣の部屋を顎で示した。とにかくかき集めてきた資料をそれぞれ仕分けしながら、市中の地図を引っ張り出す。
原田が立ち上がって、隣の部屋を覗くと鼾をかいて寝ている総司の姿があった。

「ひでぇ顔色だ」

たん、と襖を閉めた原田に永倉が肩を竦めた。こうなることは皆、わかっていた。だからこそ隊での捜索を進めていたのだが、言い出したら聞かないのは セイの十八番だけではなく、総司も大差がない。セイについてだからこそ、理性のぎりぎりのところにいる総司に言って聞かせても無理だと判断したから、好き にやらせていたのだ。

「ここに奴が調べてきたもんがある。簡単にまとめれば、俺の考えでは今回の事件は跡目探しだと思っている」
「跡目?どういうことだよ?」

皆が不審げな顔をする中で土方は、ずっと考えていた答えを話し始めた。

 

 

– 続く –