風天の嵐 3

〜はじめのつぶやき〜
嵐はそこに

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
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「戻してください!!どうか、家に帰してください!」

声が響く。しかし、その声は同じように呻き、泣く声にしか届かない。
声の主がいる場所は、奥深い闇の中のようにも思えた。大きな敷地。声の主たち以外には、決まった時刻に決まった者達が食事を運び、決まった者達の監視によって湯を使い、体調についてのいくつかの問いかけののち、また同じ部屋に戻されていく。

時折、誰かが連れていかれ、しばらくして戻ることがあれば、二度と戻らないこともある。

明日かもしれない。今日かもしれない。

自分かもしれない。違う誰かかもしれない。

「いや、もうこんなところはいや!!出してください」

幾度も繰り返す。
その声を聞いてくれるものはなく、ただ、すすり泣く声が響いていた。

 

 

「もう、総司様!また!!」

共寝をしなくなり、しばらくはそれに耐えていた総司も堪えがきかなくなって、危うく情けないところをセイにみられるところだった。セイが羞恥を覚えながらも踏み出したことでまた一つ二人で乗り越えたわけだが。。

目が覚めたセイは、しっかりとセイの胸に回された手に慌てた。
あれ以来、眠っている間に腕を回し、その袷から直接手を差し入れるようになった。悪戯に遊ぶことはあってもそれ以上にことはしないので、セイも仕方なく堪えているが、時折調子に乗りすぎた総司の手が、すっかり胸を包み込んで離さない。

今日もすっぽりと手に包み込まれている胸に慌てて胸元を掻き寄せたセイは、総司の腕から離れて起き上がった。まだ目が覚めきっていない総司は小さく唸ってからまたその手に暖かく柔らかいものを求めて、空の手を動かした。

「……総司様ったら」

これが、泣く子も黙る新選組の一番隊組長の姿だとは誰も思うまい。
その腕に掴まらない様に、起き上がったセイは顔を洗って着替えにかかった。今日は調子がいいようなので、仕事に向かえるだろう。

女袴を身に着けたセイは、朝餉の支度をするために襷がけで台所に立った。
しばらくして朝餉の用意ができたセイは、部屋に膳を整えて総司を起こしに向かった。

「総司様、起きてください。もう時間ですよ」

床の枕元に座ったセイは、眠っている総司の顔の傍に屈みこんだ。
総司の顔にさらりとセイの伸びた髪がかかる。目を擦りながら半分だけ起き上がった総司がひどく不満そうな顔をしている。

「総司様?どうかされました?」

無言でセイを手招きした総司にセイが膝を詰めて近づくと、総司が上手にセイを抱き止めて引き寄せた。膝立ちになったその胸に顔を摺り寄せて柔らかな感触に満足すると、総司が顔を上げた。

「おはようございます」
「……おはようございます」
「んー。満足したので起きます」
「満足って……もう!」

にこっと笑った総司に、セイが軽く拳を上げてぶつ真似をした。
顔を洗うために床をたった総司の後姿に文句を言いながらセイは総司の着替えを整える。
布団を上げるのは、朝の総司の日課になっている。セイに少しでも無理をさせない様にと気を遣っての事だ。屯所でもやっていたことだけに、特に苦も無く行ってくれるのはありがたいが、こうした悪戯には困ってしまう。

乱れ箱の中に総司の着替えを置くと、セイは先に立って屯所に持っていくはずの荷物をまとめた。風呂敷に包み終えた頃、着替えを終えて床を片付けた総司がもどる。

給仕をしてから一緒に膳に向ったセイが、歯切れ悪く口を開いた。

「その、総司様。落ち着くからとおっしゃってくださるのはわかりますが、できればその……」
「はい?ああ。……だって、眠っているときは覚えてないんですよねえ」

直接的には言い難いことだが、本当に困るのだ。セイの言葉にしれっと総司は、仕方ないという。
それ以上何と言っていいのかわからなくて恨めしそうな視線を向けた。夜着越しであればセイもまだ我慢するところだが、素肌で胸を掴んでしかも肌蹴させられるなんて、どうにも困る。

箸をいったんおいたセイが、じっと総司を見つめた。

「それでもお願いします」
「はいはい。わかりました。記憶があれば善処しますけどね。それよりも、少し早めに出ましょうか」
「あ、はい。わかりました」

思いきり話を聞き流した総司が真顔になってセイに告げる。すでに総司の頭の中は仕事の方へと切り替わっているらしい。セイは、汁だけを口にすると膳を片付けた。

「そこまで急がなくてもいいですよ?」

箸を動かしながら総司がちらりとそういうが、言っても聞かないセイのことはよくわかっている。台所でセイが膳を片付けている間に、食べ終えた総司も自ら膳を運ぶ。
手早く支度を整えると二人は家を後にした。

「そういえば、総司様。その後、先日の千野殿を攫おうとした武士の事、何かお分かりになりましたでしょうか?」

歩きながらセイは総司に向かって問いかけた。昨夜は随分遅かったので総司に対して仕事の話をすることは避けたが、もう仕事に頭が向いているのであれば、聞いてもいいと思った。

総司はセイの荷物を持ってやりながら、頷いた。

「どうも神隠し、というより攫われたのはやはり女子がほとんどの様です。それも町人ならば良い家の娘や、内儀、武家も妙齢の婦女子が姿を消している。まれに家に戻ってきたものがいても、やはり外聞を慮って、皆、神隠しにあっていたことや戻ったこと自体をひた隠しにしていることが多くて、なかなか何が起きているのか調べかねているんですよ」
「どうしてこんなに急に?」
「いえ。急ではなく、徐々に数が増えてきて、そして対象が広がってきたということでしょうね」

確かに、新選組でもこれだけ話が広がるまではそんなことは知らなかった。
徐々に人数が増え、奉行所からではなく人々の口から広まったのだ。治安維持のため、新選組でも見回りを強化し、監察の者達も総動員で情報の収集にあたっているが、よくわからないことが多い。

どうしても婦女子のため、神隠しにあったとなれば人には知られたくはないのが現実だ。

「何が目的なんでしょうね」
「……そうですね」

互いに、頷きながらも、攫われたのが婦女子と聞けば嫌なことを想像してしまう。しかし、先だっての千野は産み月間近の妊婦だった。
手当たり次第なのか、何か条件があるのか。

ぎゅっと手を握った総司はセイの顔を覗き込んだ。

「心配しなくても大丈夫ですよ。私達が必ず調べてこのままにはしませんから」

その顔にセイが、もちろんだとセイが頷く。

「当り前ですよ。私達は新選組ですから」

言い返されて、あっ、と総司が言葉を切った。つい庇うつもりでいたが、セイも新選組の隊士ではあるのだ。渋々と頷いた総司は、セイにわからない様にため息をついた。

 

 

 

 

 

– 続く –