風天の嵐 22

〜はじめのつぶやき〜
ばたばた~

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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総司が泉州家を出た頃、原田達も皆、調べ上げた結果を持って屯所へ戻っていた。もちろん、それらの家には問題はなかったが、土方が指示し、思った通りの結果を調べ上げて戻ってきていた。

「思った通りだったぜ。土方さん」
「おう、こっちもだぜ」

原田をはじめ、皆がそれぞれ聞き取ってきたものや調べ上げてきた内容を次々と土方へ報告する。土方が話を聞き終えると、満足そうに頷いた。土方の狙いがもうすでにわかっている斉藤は、この先の成り行きを考えると、裏から手を回す算段を考え始めていた。

土方の策に不満や懸念があるわけではないが、保険は多い方がいい。

そう思っているところに、足早にこちらへ向かう者の気配がして、総司が戻ってきた。袖口に少しばかり、あの男の血がついていて、眉間に皺を寄せた総司が勢いよく障子を開けると、そこにいる原田達が一斉に振り返った。

男に自害された総司は、皆には目にもくれずに土方に向かって詰め寄った。

「土方さん、私の調べ書きはどこ……」
「書付だろう?女術者の話でもでたか?」

苛立っている総司に飄々として土方は、自分の脇にある書付をちらりと見せた。先を読まれていたのか、それともわかっていて自分を走らせたのかと、先ほどの警告のせいで頭に血が上っている総司は、ずかずかと部屋にはいった。

「!!知ってたんですか?!」

噛みつく総司に土方は腕を組んで当り前だという顔を向けた。

―― 弟分とその嫁であり、大事な隊の人材でもあるセイを攫われたままにしておけるか

総司だけではない。土方の矜持をも敵は侮っているのだ。そんな真似をいつまでもこの男がさせておくわけがなかった。話しの辻褄が合わないことで怪訝な顔になった皆を見て、土方は総司に座れと言った。

「神谷が攫われる前から今回の人攫いは何かがおかしいと思ってたんだ」

妊婦という、ある意味特殊な条件を狙う犯人の意図を考えると、赤子が目当てだというなら跡継ぎに絡んだ話だということに自然に行きついた。尋常でな い条件の相手を狙うなら、常識は置き去りにして考えるしかない。そして、そうやって考えると、跡継ぎを探しているのにそれを表ざたにできない家は多いとし ても、こんな真似までして赤子を探すというならそれなりの家か、理由がある。

理由だけならいくらでもあげられるが、よほど複雑な事情がなければここまでの事はしないだろう。それに目撃されている人攫いはそれなりの武家の者に見えたということからしても、家柄のよいところからあたるのが順当だと思えた。

そこで、黒谷に出向いた土方は、最新の武鑑を手に入れた。武鑑とは、役職についている武家のすべての名が乗せられたものだ。その役職や名、家の石高 から家臣、内室、参勤や嫡子の有無など事細かに書かれたもので、土方が入手したのはこれの携帯用の簡易版ではない方を手に入れた。

五巻からなる武鑑の中でも大名衆の一の巻、二の巻から次々とめくり始めた。一家について下手をすれば随分と頁を割くほどだ。ある程度、絞り込んでいるとはいえ、大変な量で、数日泊まり込んで土方はすべてに目を通した。

その後、屯所に戻った土方は、まだ確証が持てないまま、もやもやとしたものを抱えながら探索を進めるうちに、千野の一件があり、さらにセイが攫われることになった。

「お前に一人で探すことを許した後、俺も一人でもう一度、調べ始めたのさ」

不機嫌そうな総司に向けてにやりと笑うと、総司が調べていたものとは別に、文机の下から帳面を取り出した。

「子がなくて問題になるとすれば当主が年配になったか、結婚して数年たっても子に恵まれていないか。子がいても問題がある場合はこの際無視した。その場合、今から赤子を必要とするには少し話がおかしくなるからな」

さらに年配で子がない場合、今、赤子であっては当主にもし、何かあったときに困ることになる。となれば、歳もそこそこ、子がいない、そして家柄の良い家。
皆が頭の中に条件を並べて、指を折りながらその候補を考えている皆の前で間を開けた土方が広げていた市中の地図の一か所を指し示した。

「そうして見つけたのがこの鳴澤家だ」
「ほ、本気で言ってるんすか?副長」

鳴澤家と言えば、そこそこの家ではあったが血筋だけはよい。遡れば、先祖は口にすることを憚るような方まで辿ることが出来るはずだ。
今の当主になってから宮家の縁戚である姫君を妻に迎えたために出世の道を駆けのぼり、今では奏者番を務めるまでになっていた。

「そりゃ、確かにあの家にはまだ跡取りの子がいないが……」
「ああ。だからだ。最近、正室が懐妊したとかしないとかで話題になってる。そんな話が出ればいずれはどうなる?」
「跡取りが生まれるってわけか」
「そういうことだ」

まさか、という思いと、本当かというどちらの感情も揺れ動く皆の様子に斉藤だけは無言のまま立ち上がると、副長j室からでていった。

「後は、お前らが手出しできる相手じゃねぇ。並みならな」
「んなこと言って、どうするってんだよ?土方さん」

腕を組んだ土方は総司へと視線を写した。
ここからは総司に動いてもらうしかない。

「総司。お前にひとつ、頼みがある」
「……なんでしょう。その前に私の話も聞いてほしいんですけどね」

黙って話を聞いていた総司は、はーっと息を吐くと懐から件の男の持ち物を取り出した。

「なんだ?それは」
「その鳴澤家の渦中の方と思われる侍に警告を受けました」
「なに?!」

顔色の変わった土方は、目の前に並べられた紙入れや懐紙やらを調べ始めた。総司は、泉州家で聞き取った話と、そこからかえる間の出来事を話し始めた。

 

 

「神谷さん、でしたっけ。新選組に女子がいるなんて初めて知りましたよ」

何もすることがない日々に皆、無駄に慣れた頃。隣の座敷牢にいるのぶがセイに話しかけた。御家人すれすれの身分で生活も表向きはそれなりの体裁を保っているが、その実はどん底に等しい暮らしをしていたのぶは、ここの暮らしの方が気に入っているように見えた。
徐々に、地がでてきたのぶはぞんざいな口ぶりになってきていた。

「私は隊士と言っても、医者として勤めております。隊の面倒を見てくださっていた南部医師のご縁で、隊医を務めることになったんです」
「へーえ。でも、身重ってことはやっぱり色んな、ねぇ」

のぶの下品な笑いにセイはふう、と息を吐いて背筋を伸ばした。
やはり男ばかりの隊に入ればそのような誤解に満ちた噂も大なり小なりは出てくる。

「いいえ。誤解があるようですが、私は夫のある身です。今頃、夫が私を探しているはずです」
「ふうん。でもさ。貴女もここに連れてこられてきたってことは、やっぱりいらない存在だったんじゃないの」

ずきり、とセイの胸にのぶの言葉が刺さった。
ここにいる女達やその前にここにいた女達の話を聞くにつれ、セイ自身、それを考えていた。皆、夫や家に不遇にされて、ひどい環境にいた女達ばかりだった。

「そんなわけありませんよ。皆様だって……」
「ふふ、いいんですよ。そんな風に気を遣わなくても。私も、この子もあの人やあの人の家にとっちゃ、居ても居なくても同じ、いればご飯だって食べなくちゃならない。それだけ、金もかかる存在だったんですよ。それはお話しましたでしょ」
「それは確かに伺いました。でも、思いは一方向だけじゃありません」

そんなことはない。

否定の言葉を口にしながら。セイ真逆の事を考えていた。

 

 

 

– 続く –