風天の嵐 26

〜はじめのつぶやき〜
出合え、出合え~って今じゃ違う意味に聞こえますね

BGM:嵐 迷宮ラブソング
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

翌日も鬼気迫る勢いで道場にいた総司の背後に殺気が迫って振り返った総司が竹刀で打ち払う構えを取ると、先を読んだ一刀が脇構えから打ち込んでくる。勢いよくぱあんと、竹刀が鳴ると同じように黒い稽古着に身を包んだ斉藤がそこに立っていた。

「斉藤さん!いつ戻ったんです?」

はあ、はあ、と息をつきながら総司が竹刀を引くと、斉藤も一度は竹刀を下ろした。
ずっと、根回しに黒谷にいた斉藤は、戻ったばかりで不在の間の出来事を耳に入れたうえで、総司の様子を聞いた斉藤は、すぐに稽古着に着替えた。

一番隊の隊士達も三番隊の隊士達もそれには不思議そうな顔をしていたが、今その場にいない、原田達が見ればすぐに納得しただろう。

「先程戻った。アンタ、少しはましな顔になったようだな」
「土方さんにハメられてから少しは眠るようにしましたから」
「そうか。なら手加減は無用だな」

ぱっと総司から離れると、斉藤は正眼に構えて総司に向き合った。剣を手にすれば無心になれるのは総司も変わらないどころか、試衛館の面子ではそれこそ、一、二を争うような総司だ。
こうして本気を見せれば頭よりも自然に体が動き、それが頭を動かしてくれる。

「手加減なんて、斉藤さんしてくれたことないでしょ」

半歩下がった総司が下段に構えると珍しくも斉藤から力のこもった一歩が踏み出される。くる、と構えた総司も竹刀を握る手に力を込めて踏み出した。

二人の気合の声が響き、他の隊士達は時折、ちらほらと道場を覗いて二人の息も止まりそうな位の立ち会いに釘付けになり、見ているだけで疲れ切って離れて行った。

道場の中が陰ってきたころ、ようやく総司と斉藤は互いに何を言うこともなく竹刀を引いた。壁に竹刀を戻すと汗にまみれた首筋に手を当てた。

「ありがとうございました。斉藤さん」

黙って懐から手拭を出して、汗を拭っていた斉藤は、ふん、とそっぽを向いた。どこまで行っても総司を力づけるつもりなど、斉藤本人はないのだが人のいい斉藤には見えてしまうことも多い。そんな自分を知られることが嫌で、さっさと道場から歩き出した。

後を追いかけた総司は久しぶりの顔で話しかける。いつもなんだかんだ言っても、常に隊の事を考え、セイの事を一番に考えてくれるこの男が総司は大好きで仕方がない。

「斉藤さんの三番隊にも出ていただくことになりますけど、よろしくお願いしますね」
「アンタに言われなくてもな。俺は仕事の手を抜いたことはない」
「斉藤さんってば……。カッコいい」
「ヤメロ!いいから、アンタはさっさと風呂にでも入ったらどうだ!」

斉藤に真剣に蹴り飛ばされて総司は隊部屋から着替えを取ってくると、風呂場に向かった。夕方だけに、まだ風呂の支度も途中だったが、総司が来ると一 つだけ先に湯を沸かしてくれた。湯が沸くのを待っている間に、他の風呂桶を洗って水を張るのを手伝う総司に、小者達は恐縮しながらも顔を綻ばせる。

一時は総司も体を壊すのではないかと、小者達まで心配していた。

「沖田先生、今度は沖田先生の家に、風呂を用意しに行きますよ」
「あはは。うちは普通の町屋ですからそんなことはできませんよ」

宿屋や、大店でもなければ普通の町屋には、風呂などあるわけもない。それを何とかすると言い出した小者に総司がまさかと手を振った。奉行所の許可さえ下りれば、町屋でも風呂を拵えることはできなくはないが、そんなことをさせるわけにはいかない。

だが小者達も引かなかった。

「いえ!副長に俺達から頼み込んで、奉行所にも掛け合ってもらいます」「そんなことないですよ。神谷さんだって、赤ん坊が生まれたら、風呂がある方が楽じゃないですか」

確かに、セイは風呂屋には絶対に行かない。体に残る刀傷などが他の女達を驚かせたら申し訳ないと言って、行水で済ませるセイのために土方達が診療所に専用の風呂を作ったのだった。それだけでもセイは恐縮していたのに、家になどとんでもない。

「そうなんですか?でも俺達はいつでも必要なら動きますからおっしゃって下さいね」
「ありがとう。気持ちだけいただきます」

そういうと、総司は汗を流すために風呂を使わせてもらってから隊部屋へと戻った。皆と一緒に早めの夕餉を取ると、誰が何か特別なことを言うことなくともそれでよかった。
ただ、いつもの様にくだらない戯言やたわいない雑談だけでいい。

久しぶりに隊部屋へと床を敷いて横になると、セイが清三郎として隣に休んでいた時を思い出す。

すべては朝になってからの事だ。そう思うと、総司は目を閉じて懐かしい夢を思い出しながら眠りについた。

 

 

翌朝、起床の太鼓から気迫が屯所を包み込んでいた。いつもは寒くて、眠い朝は皆、ぼやきが聞こえたり、眠い目を擦る者が多い。だが、今朝はほとんどの者達が違っていた。

朝餉を済ませると、朝礼もないまま、言葉少なに隊服へと着換えていく。総司が着替えを終えると、原田と藤堂が幹部棟へと向かって歩いてきた。そこに、永倉が加わり、総司が三人の後に続いて歩き出す。
副長室に足を踏み入れると、隊服に身を包んだ土方がいつもとは違う刀を手にしていた。

「支度はできたか」
「もちろん」

立ったまま互いに確認すると、頷き合う。登城には、その地位からしても早朝から支度を終えて城の近くまで向かっていなければならないはずだ。

「よし。出るぞ」
「おう!」

副長室から歩き出すと、隊部屋の前で隊士達が次々にその後をついて歩き出す。大階段を降りたところで、各隊の隊士達が揃った。通常の捕り物とは違うために、隊列を組んで歩き出す。

周囲を囲む配置の二隊が先に出て屋敷の周囲へと回った。
大きな屋敷は母屋に奥向きの住まいに、もうひと棟と大きく分かれるとそんなつくりだ。藩邸ではないために、家臣たちのお長屋があるわけではないが、彼らが住まうあたりもあるらしい。

一隊を裏門に回した土方は、総司と永倉の隊を連れて正門へと向かった。

「ごめん」

旗本屋敷らしく、大戸の脇のくぐり戸から声をかけると、中から中間が現れた。目の前に現れた黒づくめの男達に驚いた中間に向かって、土方の脇から総司が進み出る。

「すみません。我々は新選組の者です。こちらのお屋敷に不審な者が出入りしているというお話がありまして、もしやご当主様もご存じないうちの事かと思い、探索に参った次第です」
「そ、そのようなことはございませんが……」
「いえ、確かな筋からの情報です。治安維持は我々新選組のお役目でもあります。幕閣の方からのご命令で邸内を調べさせていただきます」

総司に話しかけられてそちらに注意が向いている中間が中にいる侍達に了承を得る前に、永倉がくぐり戸をひょいと頭を屈めて通り抜けてしまった。永倉 が入り込んだ内側からすぐに大戸を開いた。慌てる中間には目もくれずに土方は隊士達を連れて邸内へと進みだした。真っ黒な隊服に身を包んだ彼らが一斉に邸 内へと向かう姿に中間が腰を抜かしそうになって、這う這うの体で門脇の控えへと向かう。

「あ、あの、新選組の奴らがお屋敷の中へと向かってきました」

屋敷の方へ向けて這いずって邸内へ入った中間が叫んだ。

 

– 続く –