風天の嵐 31

〜はじめのつぶやき〜
ひゃっほー。大変だ。帰ってきたのに大変だ。

BGM:嵐 迷宮ラブソング
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ばたばたと女達が駆けつけてきて、あっという間に診療所の中へと消えていく。助けられた女達はそれぞれ隊士達の手によって、各自の家へと送られていった。皆、そわそわと診療所の方を伺っているが、子持ちの者は少ない。

助け出されてろくに話もできないまま、部屋から追い出されて、お里や八木家に走った総司は戻ってきてもどこに行くこともできずにうろうろと幹部棟と診療所を結ぶ廊下を行き来していた。
鳴澤家への捜索にあたって、巡察や隊務の編成も変えていたために、この後の仕事はないため、心置きなくその場に居座ることができる。

「総司!」
「局長!」

隊士棟の方から、年明けまで大阪にいるはずだった近藤がどすどすと旅姿のまま、大股で近づいてくる。驚いた総司の前にやってくると、渋面の土方がその後ろからついてきていた。
小手もついたままの手でがしっと総司の肩を掴むと、近藤の大きな張りのある声が響いた。

「どうしてもっと早く知らせてくれなかったんだ!」
「どうしてって……、局長こそ大阪には年明けまでいらっしゃるはずではなかったのですか?」
「何を言うんだ!神谷君の事を聞いて急いで戻ってきたに決まってるだろう!」

帰ってくるはずのない近藤の帰還にぽかんとして、どこか間の抜けた様子の総司に、力強さの中にも笑みを浮かべた近藤の肩を土方が叩く。

「俺が教えるなと言ったんだ。アンタがいない間にこんな騒ぎじゃみっともねぇ。心配させるだけだからな。だいたい、どっから聞いたんだ?」
「斉藤君が知らせを送ってくれたんだ。無事に助け出されたと簡単な経緯と共にな。それで慌ててかえってきたというわけさ」
「ちっ。あの野郎」

そういいながらも、セイが産気づいた今、絶妙な手配りに土方の顔もにやりと笑っている。近藤と土方を前に落ち着かない総司が二人の顔と診療所の方を交互に見比べている姿に、近藤が笑いだした。

「総司。まあ落ち着くんだ。初産はそもそも時間がかかるのが相場だ。松本法眼も産婆も来てるんだろう?だったらこっちにおいで」
「アンタはまず着替えるのが先だろうが」
「お。そうか」

総司の肩を引き寄せて幹部棟へと向かわせようとした近藤に土方が呆れた声を掛ける。どこか落ち着かないのは近藤も変わらないのだろう。
近藤には江戸にタマがいたが、離れて久しい。まるで総司と同じように父の気分を味わっているに違いない。

自分の姿に苦笑いを浮かべた近藤は、土方と共に両脇から総司の肩を掴んで局長室へと連れて行った。

 

 

 

近藤の着替えを手伝って、人心地ついたところから長い長い、セイが攫われる前の神隠しの話が出始めた頃からを土方が語り始めた。土方の指示で茶が運ばれてきて、説明している間もそわそわと話半分で総司は落ち着かなかった。

「不遇な女達を占い師が相談を受ける中から選んだんだろうな。結局、皆攫われた女達は無事だったんだろうが、なんともやりきれん話だ」
「そんな環境から救い出して、例え攫われたにしても厚遇されるならばうん、と頷かせようっていうことだったんだろう。神谷らしいけどな。俺ならそんな他の奴らが後々、どうなろうが関係ない」

難しい顔で頷いた近藤に、土方が腕を組んで言い放つ。確かに、土方や、総司であっても同じだったかもしれない。たとえば、その後のことについて手を 貸すことはあってもセイの様に怒ったりはしない。それは同じ女であり、おなじく母親になろうとするセイだからこそ、何とか伝えたかったのだろう。

「神谷君らしいなぁ」

微笑んだ近藤に土方が肩を竦めた。冷たい物言いをした土方だったが、彼女達を送り届ける隊士達には一筆書いたものを持たせており、もし今後も彼女達の境遇が変わらないならば、いつでも力になるとも言ってある。
原田もおまさを迎えに行った際に、さりげなくそんな話をしていた。おまさの実家なら、女の一人や二人、働き口を見つけることもできるからだ。

「女子というものは……、いえ、神谷さんだからでしょうか。強いですねぇ」

ぽつりと総司が呟くと、近藤と土方が顔を見合わせて微かに笑った。
セイが不安だったように、やはり総司も少しばかり自分の中での折り合いがつかなくなっていたのだろう。大事なものがさらに増えるという状況を前にして、心 配で堪らずにセイにうるさいほど口をだした。そして、同じくらい私事に振り回されている自分が情けなくて、仕方がなかった。

今ならわかる。
セイが攫われる前、不安を押し隠して笑うセイを労わるどころか自分の不甲斐無さの八つ当たりをしたのだ。

「いつまでたっても私は未熟者で教えられることばかりだ」
「いいじゃねぇか。迷うなら迷え。未熟なら知れ」

突き放したようにも聞こえる兄分の言葉に総司が顔を上げた。その先には、だてに長生きはしていないとばかりに、照れくさそうな顔をした土方と、それに頷いた近藤の顔があった。

「それにな。歳なんか、嫁もいないんだぞ?お前の方が今度は先輩だな」
「ばっ!嫁なんか俺にはいらねぇんだよ。それに子供なら新撰組が俺とアンタの子供だろうが」
「……確かに、俺にはよくできた女房役だが、もう少し素直な方が俺はいいな」

土方の軽口に乗った近藤の返しに、ぶわっと土方の顔が七色に変わり、赤くなるやら青ざめるやら鬼の土方とはとても思えなくて、近藤と総司が笑い出した。

足音が聞こえて、松本が診療所から賑やかな声のする局長室へと回ってきた。小者の先導で現れた松本を招き入れて、近藤が頭を下げた。

「松本法眼。このたびは……」
「いや、出先から戻ったばかりだそうだな。あれの方こそ、騒がせてすまん」
「とんでもない。こればかりは選んでどうこうできるものでなし。それより、神谷君の具合はどうなんです?」

近藤は心配そうに問いかけた。確かに、産み月よりもだいぶ早い。攫われていたことも、屯所に戻ってほっとしたことも、そして、はる達に向かって興奮したこともすべてが影響したのだろうが、並のお産であっても心配は尽きないものなのだ。
難しい顔をした松本が腕を組んだ。

「まだ始まったばかりだし、ありゃ随分時間がかかるんじゃないかと思う。早けりゃ夜中か、年が明けた朝方になるかもしれねぇな」
「そんなにかかるんですか」

思わず呟いた総司の肩をばしん、と松本が叩いた。今にも死にそうな顔をして青ざめている総司に呆れた顔を向けた。

「なんて顔をしてやがる。お前らの斬った張ったの方がよっぽど危ないだろうが」
「そんな……。それこそ、慣れてますから緊張するにしてもわかりますけど。こればっかりは何の助けもできないじゃないですか」

青ざめた顔でぼやいた総司が、はっと思い出して懐に手を入れた。
お藤から預かったお守りを渡すことさえできていない。握りしめたそれをみて、松本が覗き込んだ。

「なんだ?そりゃ」
「安産のお守りだと言って、攫われた中にいたお藤さんという方にもらったんです。神谷さんにって……」
「なら、お前はそれに祈ってろ。いっつもセイがお前らの身を案じてる何分の一かでも身に染みやがれ」

松本は、新しく入れられた茶を飲み終えて、近藤と土方と、わずかばかり語り合ったのち、再び診療所へと戻って行った。
その後を追うように局長室を出た土方は賄に足を向ける。ここにいる小者たちも皆、気が気ではない様子で、鍋釜を総動員して湯を沸かす支度をしていた。

「副長!」
「お前らも落ち着かないだろうが、しっかりやってくれ」

もちろんだと、頷く小者たちへ夕餉は手伝いに来ている女達の分と松本の分も用意するように言いつけた。

 

– 続く –