風天の嵐 4

〜はじめのつぶやき〜
過保護じゃないの~~っていうくらい過保護だよね、皆さん。

BGM:土屋アンナ Voice of butterfly
– + – + – + – + – + – + – + – + – + –

屯所に付いたセイが診療所に向かうとすぐに小者から土方が呼んでいると言われた。また何か説教をされるのか何かに違いないと思うと、うっすら嫌そうな顔になって天を仰いだ。

「神谷さん、そんな露骨に……」
「だって……。副長に呼ばれるって……」
「まあ、わかりますけれども」

苦笑いを浮かべた小者に口をへの字にしてぼやき返す。とはいえ、呼ばれているなら仕方がない。
ここしばらくは朝礼も診療所の廊下から参加するようになっていたので、まずは小部屋に荷物を置くと、副長室へ向かった。

副長室の前まで行くと、障子が少しだけ開いている。これもまたセイが障子の前にわざわざ膝をつかなくてもいいように、という土方の配慮でセイを呼んでいる時は土方が障子を開けておくようにしている。
それでも、廊下に片膝をついたセイが隙間から顔をのぞかせた。

「おはようございます。神谷です。お呼びと伺いましたが」
「おう。入れ」

さらに障子を開けようと手をかけると内側から誰かの手によって大きく障子を開けられた。つい先ほど隊部屋へ向かったはずの総司がそこに立っていて、嫌な流れにセイは物問い気な視線を総司に向けた。
この二人が揃っているということは、また何か小言なり、心配事を注意されるような気がする。
気まずそうな顔でセイに手を差し出した総司は、そのまま部屋の中へと引きいれた。

「どうだ。調子は?」
「はぁ……、ご心配おかけしまして申し訳ありません。今日はだいぶいいですけど。なんでしょう?先日の件ですか?」

意味ありげに総司と視線を交わした土方が頷いた。

「あの件は総司から聞き取ったからもう報告はいい。それよりだ。いいか?お前はこの件が片付くまでの間、単独での外出禁止だ」
「はぁ?!何言ってるんですか」

単独での外出禁止ならばこれまでも同様だった。妊娠がわかってからセイの外出には必ず、誰かが同行していた。それと何が違うのかと食って掛かったセイに、じろりと土方が睨み付けた。

「お前にはただ同行を付けたんじゃ埒があかねぇことが分かったからな。こう変えるんだよ。同行できる幹部、または一番隊、二番隊、三番隊のいずれかの隊士二名が同行しない限り、ってな」

にやりと笑う土方に向かってくわっとセイが目を剥いた。

「じょぉっだんじゃないですっ!!何、寝言言っちゃってるんですか?今、皆さん、調査で忙しいし、割ける人手はいくらあってもっていうのに、何をおっしゃってるんですか。馬鹿馬鹿しいにもほどがありますよ」

なるべく興奮しないようにと努めてはいても、あまりの馬鹿馬鹿しさにセイは、ふんっと呆れ返った。
さすがのセイだとて、自重する気はもちろんある。いくら心配だと言われても、外出も極力避けているし、結局、この何か月かの間、渋々とはいえ誰かが一緒でないと外出できないという状況にも耐えてきた。

それなのに、これ以上の過保護ぶりにはさすがに我慢がならなかった。しかし、土方もそこは頑として譲らない。

「お前が言ってどうにかなるやつならとっくの昔に、立ち聞きも、余計なことに首を突っ込むこともやめて大人しく家に納まってるだろうが。それができないってことは、自重するのなんのと言ってもたかが知れてる」
「……!まさか沖田先生も同意見なんですか?」

ぐっと言葉に詰まった後、腹に入りそうになった力を抜いて、セイは総司を見た。眉間に皺を寄せているのは総司も同じようで、なんとかセイを宥めようと口を開いた。

「落ち着いてください。いいですか?神谷さん。いえ、セイ。貴女が本当に気を付けていることもわかりますし、並みの女子ではないこともわかっています。でも、ですよ。今はこういう話が出ている以上、わざわざ貴女まで危険な目に合わせるようなことが出来るわけないでしょう?」
「冗談じゃないです。仮にも一番隊組長の身内の者が、隊の仕事の邪魔をするようなこと」
「忘れてるかもしれねぇけどな。神谷。お前も一応、幹部扱いなんだよ。そんなお前に何かあった方がよほど隊の面目が丸潰れだってわかってないわけじゃないだろうな」

土方ではなく、総司に向かって反論を言い始めたセイを遮って、土方は止めの一言を口にした。確かに、今は隊医という立場であり、平隊士ではなく幹部でもあるのだ。

「……どうしてもですか」
「当り前だ。馬鹿者」

セイの反論を封じ込めたと思った土方が内心の安堵を隠して頷くと、セイは黙って立ち上がった。セイが納得してくれたのかと、ほっとした総司が顔を上げた目の前で、セイは白々とした顔で二人に頭を下げた。

「承知しました。それではこれから私は必要な医学書を写すために南部医師と松本法眼の元へと参ります。あちらにいる限りは今ほどの話も当てはまらないでしょうから、送りだけお願いいたします」

現代で言うならば。

『実家に帰らせていただきます』

一瞬の間が開いて、総司が叫んだ。まさかセイがその手を繰り出してくるとは思っていなかったのだ。

「え……えぇぇぇ?!」
「おまっ……てめぇ、本気か?」
「医学書を写さねばなりませんし、今は急ぎの病人や怪我人もおりません。一日や二日、診療所からでていても支障はないかと思いますが」

土方もさすがにセイが、腹立ちまぎれにそんな手を出してくるとは思っていなかった。あくまで医学書を写さねばならない、という話で押してこられてはどう考えても違うのは見え見えでも、駄目とは言えない。
確かにセイの言う通り、今は急ぎの病人も怪我人もいないのだ。しかも、一日二日の滞在になればずっと誰かを張り付けておくわけにもいかない。

「勝手にしろ!だが、この話は取り下げん。わかったな」
「わかってます。では失礼します」

憤慨したセイは診療所に戻ると、小部屋に入ってばさばさと、荷物をまとめ始めた。小者達には、常に必要なことは書きとめて渡してある。急にセイがいなかったとしても、当座の事では困らない。

「南部医師のところへ医学書を写しに行ってきます」
「どうしたんですか、神谷さん。先日はまだ先になってから行くっておっしゃってたじゃないですか」

副長室に呼ばれたかと思ったら、戻ってきて怒りながら出かける支度をしているセイに小者達が駆け寄ってくる。休み明けでセイの身を案じていたのは小者達も同じなのだ。
土方の用事が何であれ、セイが診療所に来たばかりなのに、また出かけていくと聞けば穏やかではない。

「急に、思い立ったんです。こういう時の方が進むに決まってます」
「そんな……」

何に怒っているのかわからないが、セイがただひたすら憤慨していることだけはわかる。そんなセイを小者達が抑えられるはずもない。まして、南部の元であればもともと行くことにはなっていたのだ。
仕方なく、小者達は急いで南部の元へ持っていく手土産を用意した。

「それではこれを南部医師にお渡しください。つまらないものですが……」

南部のところは手伝いの者を入れてはいるが、基本、男所帯なのだ。酒のつまみにもなりそうな魚の麹漬けを包みにしたものをセイに手渡した。
それにはセイも、ほっと一瞬顔をほころばせる。このところ、何か手土産を一つ買い求めることさえできないセイにはその心尽くしがとても助かる。

「ありがとうございます。じゃあ、確かに」

小さな駕籠に入ったそれを受け取って、セイは支度を整えた。小部屋で待っていると、山口と相田が現れた。総司から事情を聞いたのか、こんな朝早くから出かけるというセイに呆れたのか、二人ともあまり機嫌がよさそうには見えなかった。

「行けるのか?神谷」

セイの方が幹部になったとはいえ、その口調はどちらも今までと変わりがない。頷いて立ち上がったセイの荷物を相田が持って、一行は屯所を後にする。

「俺達が言うのもなんだけどよ。本当にここんとこ、忙しいんだよ。沖田先生なんか特に、一日中、特命で出かけられることも多いしな。だからさ、お前もあんまり心配かけるような真似するなよな」

歩きながら交互にセイに向かって言って聞かせようとする山口と相田に、セイはただ黙っていた。だからこそ無駄に過保護にする必要はないのに、と思ったが二人にまで噛みついても仕方がない。

小さく頷いたセイは、南部の家を目指して歩いた。

 

 

 

 

 

– 続く –