阿修羅の手 3

〜はじめのつぶやき〜
結婚してどのくらい経ってもこの二人は注目の的というか。

BGM:嵐 Happiness
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新入隊士が来ればそういうことも、よく起こる。入隊の際には、幹部の紹介とともに、幹部であり医師であるセイのことも紹介するのだが、皆、もともと 武士だった者たちも、そうでなかった者たちも、女子が自分達よりも偉くて、顎でこき使うような真似をすることは当然のように眉をひそめる。

唯一の女子であるセイの態度も局長や副長の覚えもめでたいらしいと来れば、生意気だの、なんだのと不満もあちこちにたまっていく。

それでも、この時代にとっては画期的ともいえる完全成果主義、実力主義を貫く新撰組だけに、それも当たり前のことではあった。

望めば自分たちも幹部になれるということが、士気を高める一つでもあっただけに、面と向かっておおっぴらに言い立てる者が少ないのはセイの実力がわかってはいないということもあるのだろう。

山口も相田も、小川も、古参の一番隊隊士たちは皆、総司とセイの夫婦のことは常々気にかけていた。同じように妻帯しているものもいなくはないが、この二人は隊の中でも本当に特殊で、皆が家族のようなものだったからだ。

総司に何かを言いかけたものの、さすがに出過ぎた真似かと反省した小川はそのまま隊部屋を出てきた。ほかの者たちも、総司には声をかける様子がなかったので、きっと今頃は一人、考え込んでいるかもしれない。
考えることが苦手だという割に、セイのことではあれこれ嫌でも考えさせられる総司である。まして、今は跡取り息子も生まれた一家の主でもある。

それでも、野暮天は野暮天で変わりがない。特にセイの仕事復帰に関しても、最後まで反対していたのは夫である総司だったのだ。

新人隊士は山口たちが道場へ連れて行ったらしいが、さてどうしたものかと廊下に出た小川は、こういう場合の一番適任者を探しに隣の隊部屋を覗き込んだ。

思った相手がおらず、おや、と思いながら覗き込んでいた頭を引っ込めたところで、いつもの無表情がそこに立っていた。

「何をしている?」
「うぉぁぁっ!……お疲れ様です。斉藤先生」
「そんなに驚くことはないだろう」

淡々と告げられると、驚くに決まっているでしょう!という突っ込みもできなくなる。首を横に振りかけて、あわてて縦に振るというわけのわからない行動に出た小川は、我に返った。
外出から戻ったばかりらしい、斉藤にあのう、と口を開いた。

「実は斉藤先生に」
「しらん」
「?!な、何がですか?」

言いかけたところに速攻で、しらん、と返ってくると愕然としてしまうが、それでくじけるようでは新撰組の隊士は務まらないと思って、さっさと背を向けて隊部屋に入っていく斉藤に追いすがった。

「待ってください!斉藤先生」
「だから、知らんと言ってるだろう」
「そこをなんとか~!」

―― どうせまたあいつらのことだろう

気のりなどするはずもない。斉藤は、小川が小声で叫ぶのを黙殺して隊部屋に入ると、刀掛けに刀を置いて羽織を脱いだ。
外出用のものではなく、落ち着いた触りのいい羽織に袖を通すと、再び隊部屋を出る。

廊下で肩を落としていた小川は、思いがけず再び姿を見せた斉藤のもとへ駆け寄った。

「斉藤先生!」

ふーっと、深いため息が聞こえて、斉藤は立ち止った。小川をふりかえるといくら仏頂面とはいえ、確かにその顔にはもうごめんだとしっかり書かれている。

「聞くまでもない。どうせまたあいつらのことだろう?話は新人が増えたからというとこだろうが、いい加減、あいつらも自分たちでことを治める術くらい学んだほうがよいと思うが」
「確かに!確かに斉藤先生のおっしゃるとおりでございます!でも、少しだけっ!少しだけお話を聞いていただけると非常に助かるのですがっ!」

斉藤は内心で、なぜよその隊のごたごたを聞いてやらねばならん、と思っていた。まして、組長と、その嫁が絡んでいると来れば、よけいにそうだ。

いい加減、あの夫婦の騒ぎにはかかわりたくないのだ。

何も言わず、再び背を向けた斉藤は、小川を振り切って厠に向かうために中庭に下りた。砂利の音をさせながら庭下駄をつっかけて手水を済ませると、懐の手拭いで洗った手を拭う。

長年の習性だから仕方がないのだと我ながら思うが、ちらりと診療所のほうへと視線を向けた。

―― まったく……。

これでまた面倒に片足を突っ込むことになるのだとわかってはいたが、仕方なく斉藤は小部屋側の階段のほうへと足を向けた。

砂利を踏みしめる音がしていたからだろう。一番下の段で庭下駄を脱いだ斉藤が階段を上がり始めると、小部屋の障子が開いた。

「斉藤先生」
「うむ。隊部屋が少しうるさくてな。こちらで静かに茶でも飲ませてもらおうかと思ったのだが」
「もちろんです。どうぞ」

よいだろうかと問いかけた斉藤に、笑顔でうなずいたセイは、大きく障子を開いた。
斉藤が上がってくる前に、部屋の中の火鉢の灰をかく。鉄瓶に乗っていた湯は少しぬるくなっていたので、火を起こしたのだ。

斉藤が刀を持っていないところを見ると、本当に屯所の中にいてくつろぎたいのだろう。脇差だけの斉藤の姿はあまり目にすることはない。

小部屋の中で座布団を差し出したセイは、診療所のほうへ声をかけに行くと、すぐに戻ってきた。

「ここも急に静かになったな」
「はい。しばらくは随分とお騒がせしました」

診療所の改装までしたにもかかわらず、お里と正一も寿樹も屯所に通わなくなって、十日ほどだろうか。日中の気苦労は減ったような気がするが、どこかさびしい気がしていたのは、セイだけではない。

普段は一分の隙もない斉藤だったがここに来た時と、総司の家にいる時だけはほっこりするのか、少しばかり背を丸めてぼんやりとセイの顔を見た。

「いれば何かと気にかかるが、いなければいないで気にかかるものだな」

斉藤さえも、時折ここに顔を出して、正一と共に子守の真似事をしていたくらいだ。気にかかるのはやはり、気になるのだろう。
じりじりと音をさせ始めた鉄瓶の持ち手を手拭いを添えて握りしめたセイは、空の急須に湯を注いだ。ぐるりと中で湯を回すと、空の湯飲みにそれをあける。
湯飲みが温まったところで、その湯を捨てると、急須にお茶を入れた。

「斉藤先生にも随分ご迷惑をおかけして……」
「いや。不思議と、あんたの子供だからか迷惑ではなかった。俺にも子供をみることができると思ったのも面白い発見だったしな」

とても子供の面倒など見られるものではないと自分でも思っていたが、存外、寿樹は斉藤にもよくなついていた。その両親が斉藤に親しんでいるのだから当然と思うが、本人はそうでもなかったらしい。

セイはくすっと笑って、茶を入れた急須にもう一度湯を注いだ。

 

 

– 続く –