爪跡と痛みの棘 5

〜はじめのお詫び〜
土方さん、やっぱ慰め&励まし役に向いてると思いますよ。大人〜(こういうときだけは!)

BGM:ケツメイシ 涙
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「そこにいるのは斎藤か?」

胸に眠るセイを抱えて土方は低い声で呼んだ。セイを呼んですぐにそこに誰かが来たことには気がついていた。障子が静かに開いて、斎藤が顔を出す。

「お前、隣に床を用意してやってくれ。俺はこの通り動けねぇ」

無言で斎藤が頷くと、隣の局長室に床を延べた。そこに土方が眠るセイを抱き上げて寝かせる。布団を掛けてやると、土方と斎藤は顔を見合せて、隣の副長室に戻った。

「斎藤、お前総司には黙ってろよ」

土方が斎藤にわかっているだろうが、といって口止めした。土方の前に座った斎藤はあえて問いなおした。

「それは、あれを慰めたことと、あれが困っていることと、いずれについてでしょうか?」
「両方、いや、全部に決まってるだろ」

セイを慰めたところだけはこっそりばらしてしまいたいところだが、総司の悋気のすさまじさは皆、このところ十分に知っているだけに、よけいな騒ぎは起こしたくなかった。

「仕方ありませんな。代わりにあれが何で困っているのかを教えていただければ」
「お前……食えない奴だな」

土方は仕方なく、斎藤にセイが何を気にしているのかを簡単に話した。

「それは、あれにどうこうさせる前に、男の側がなんとかしてやるべきではありませんか」

斎藤が不愉快さを滲ませてそう言うと、土方が苦笑した。

「そりゃあそうなんだがなぁ。こればっかりは……お前なら言えるのか?」
「言える言えないではなく……いや、そうか」

勢いに任せて言いかけた斎藤は途中で気がついたのだ。
土方は斎藤をみてニヤリとすると立ち上がった。

「お前、総司が戻ってもしこっちに来たら、俺は今日は診療所にいるといってあっちに寄越してくれ」
「承知しました」

そういうと、土方は診療所に向った。

 

 

夜の巡察を終えて戻った総司は、外を回って診療所に向った。障子を開けるとそこに居るはずの人物がいなくて、意外な人物が文机に向かっていた。

「あれぇ?土方さん?セイは?」

きょろっとそう広くない部屋の中を見る。一目見てセイがいないのは分かったものの、何かほかに理由がないかと部屋を見たのだった。

「アイツは向こうで預かってる」

くいっと顎を動かして幹部棟を示した。

「どうかしました?」
「お前に話がある」

夕餉の時の様子といい、土方が何か話があるらしい事は分かっていた。総司は部屋の中に入っていつも自分が座る場所に、文机の傍に座った。

「なんでしょう?」
「はっきり言う。お前、もう少し男としてあいつの立場も考えてやれ」
「……はぁ?」

すぐには意味を飲み込めずに、総司が聞き返した。土方が、はぁ……と溜息をついた。

「だからな、近頃大きな捕り物もなくて落ち着いてるだろうが。そうなると、お前らは格好のネタなんだよ」
「はあ……」
「お前、わかってるか?」
「えーと……」

これだけはっきり言っていても野暮天の総司に分かれという方が難しいのかもしれない。土方が頭を抱えそうになりながら、さらに続けた。

「お前らが一緒にここで働いてるだけででもやっかみのネタになりやすいのはわかるよな?だったら、女の立場も考えてやれ。原田があれだけあけすけに言ってても嫁さんはネタにはなってないだろう?そりゃ、原田が嫁の立場を考えてやってるからだ」
「女子の立場……ですか」
「お前、あいつは遊女でも何でもねえんだぞ?妓が閨の跡をつけてたっておかしくないが、かたや一番隊の組長と幹部扱いのあいつがそろってそんな様をさらけ出してたらどうなる。お前はよくてもあいつは女だ。しかも、気にする奴だってわかってんだろうが」

ようやく話の中身を理解したのか、総司が薄ら赤くなった。

「ひ、土方さん、そんなこと貴方に言われなくても」
「わかってねぇから言ってんだろうが。俺だってこんな無粋なこと言いたくねぇよ。でもな、今まで通りってわけにはいかねえんだ。今まではなんでもない戯言でも女の身で言われる戯言は戯言じゃすまねえ。それをちゃんと分かってやれ」
「……あの人がそんなこと言ったんですか?」
「言うわけないだろ……馬鹿か、お前」

自分達の閨事を指摘されて、恥ずかしさもあって拗ねたように聞いた総司に、土方は思いきり嫌な顔を向けた。

「とにかく!お前、男ならそのくらい考えてやれ」
「……ったってそんなのどうすりゃいいんですか」
「お前なぁ……」

心底呆れかえった土方に、総司は何かをぶつぶつと零している。

「そりゃ、私は皆さんみたいに色んな経験ありませんけど……今更どうしろって……」
「相手のことを考えてやりゃいいだけじゃねえかよ」
「考えてますよぅ」

しばらく黙ってから、総司がぽつりと言った。

「それって……最近の元気がないのと関係あります?」
「それだけじゃないけどな。あとはあいつ自身の問題だろ」

どさっと横で頭を抱えた総司が畳の上に転がった。ようやく話を飲み込んだらしい総司に、土方は再び文机の上に視線を戻した。

「……〜なんで土方さんかなぁ!」
「あ?」

不機嫌そうな総司が転がったまま、唸り声を上げた。

「私だって、あの人が最近元気がないことくらい気がついてましたけどね。なんでその原因を知ってるのが私じゃなくて土方さんなのかなぁ〜……」
「俺だけじゃねぇよ」

唸り声の理由を聞いて、土方が笑った。

「近藤さんだって知ってるぜ?親をなめんなよ」
「えぇ〜……。そういうのってずるいー……」
「まあ、近くにいすぎてわかんねぇっつうのもあんじゃないのか?お前らは元々自分の考えばっかり見て、相手を見ないことが多すぎんだよ」
「そう……なんですかね」

近藤にしても土方にしてもやっぱり、こういう細かいことに気がつくのはさすがというか、伊達に年を食ってないというところかもしれない。悔しい思いと、色々な感情が混ざり合って、考えるのが苦手な総司にはそれだけで頭が痛くなる。

書き物を終えた土方は、立ち上がると隣の予備の部屋に布団を用意した。それにようやく気付いた総司が起き上がった。

「あれ?土方さん、ここで寝るんですか?」
「俺が戻って、自分の部屋で寝てもいいならそれでもいいが?」

そう言えば、先ほど幹部棟で預かる、と土方が言っていたはずである。

「だ、駄目ですよ。あの人、どこにいるんですか?」
「局長室に寝かせてある。誰も知らないから安心しろ」

斎藤だけが知っているのはこの際面倒だから黙っておくことにした。相手が土方であれ、斎藤であれ、総司にとっては変わらないのだから。

総司を小部屋に置き去りにしたまま、土方は横になる。
やれることはやった。あとはこいつら次第だろう。

 

 

 

– 続く –